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テレンスがゾルダークへ遊びにきてから二日経ち、今日はライアン様の往診がある。月の物はまだきていない、本当に宿ったんだわ。あんなに注いでもらったんだもの、ハンクのおかげよ。寝台横に飾られている黒鷲を撫でる。私を包み込む大きな体のように翼を広げて鎮座する。
扉が叩かれジュノがライアン様の来訪を報せる。
「こんにちはキャスリン様」
「こんにちはライアン様、座ってください」
ライアン様にソファを進め、私も座り紅茶の用意をする。
「月の物はきていないようですね」
「はい。痛みも出血もありません」
ライアン様の前に紅茶を置き、姿勢を正す。
「おめでとうございます。ご懐妊ですね。こんなに早いとは僕も驚いていますよ。これからは異常がなければ月に一度の診察です」
ライアン様から確定をもらって下腹を撫でる。
「一月待たずにカイラン様へ伝えるとか、キャスリン様は大丈夫ですか?」
一月経ってから話した方がいいとライアン様から助言があったのよね。精神的に強い衝撃がよくないと。
「強い衝撃とはなんでしょう?カイランが私にひどい言葉を言い私が傷つくかもしれないと心配してくださってますか?」
ライアン様は頷き話し出す。
「かなり動揺、いや普通なら激昂される。キャスリン様に手を上げたりはしないでしょうが、人というのは何をするかわからない」
「カイランがいくら騒ごうとも事実は変わりません。閨を拒否したのはカイランですもの。それに閣下が側から離れないと約束してくださいました」
ライアン様は紅茶を飲み黙ってしまった。考え込んでいる様子だ。反対なのかしら。
「キャスリン様の意思はわかりました。閣下が側にいるのなら、カイラン様も手を出すことはできないでしょう。しかし、用心はしてくださいね。大事な時期です。何かあれば早馬を」
ゾルダークの後継を宿しているんだもの、侍医として心配よね。でも私はカイランのことは怖くないのよね。罵詈雑言を吐かれても、目の前で泣かれても強い衝撃は想像できない。
「今後、妊娠症状として吐き気や食欲の増減など起こります。ひどいようなら呼んでください。キャスリン様、おめでとうございます」
私はライアン様に頷き頭を下げる。これからもお世話になる。
ライアン様はこれからハンクの元へ行き報告するようだ。それを見送りソファに座る。ジュノを呼び、隣に座ってもらう。ジュノの肩に頭を預け下腹を撫でる。
「ジュノ、私はこの子を立派なゾルダークにしなければならないわ。理想は閣下よ。閣下に社交性を足すの。素敵な子になるわ…こんなこと考えるのは早すぎるわね、浮かれてるわ。ジュノ、側にいてね」
「いつまでもお側に」
私はジュノに頭を預けたまま動けないでいた。
「おめでとうございます閣下。お父様ですよ。僕は女の子が見てみたいですが、一番目は男が安心ですね。何回孕ませるか今から楽しみですよ。僕の助言は聞かないそうで、カイラン様に伝えると、キャスリン様は強いですね。閣下のことを優しいなんて言える凄い女性だ。なんて言うんです?お前が悩んでいる間に孕ませたよって堂々と?彼が愚か者でも同情しますよ」
ライアンはカイランのような愚は犯さないが、父親に妻を寝とられ孕まされたら狂う。恋愛婚の自分に置き換えてだが。最近のカイラン様はキャスリン様を気にかけていた。少し時間をあげていれば…真っ当な夫婦になれたろうに。キャスリン様は許してないんだな。これからゾルダークはどうなるのか。商売相手としてハンクを選んだが、ハンクが当主を譲る時がきたら危ないことからは手を引こうと決意した。
「あれが望んだのなら叶えるまでだ」
随分と嵌まり込んでしまって。下から、閣下…なんて瞳を潤ませてお願いされたらなんでもしそうだな。キャスリン様を味方に付ければ閣下も付いてくるな。これは漏らせないや。
「キャスリン様も閣下が離れないから心配するなって嬉しそうに話してましたよ。守ってあげてくださいね。いっそ邸を出て二人で暮らす、のは無理か。閣下は目立つもんな。人間というものは追い込まれると何をするかわからない。一見、情けないカイラン様でも突飛なことをされるかもしれない」
「ああ」
ゾルダークの料理番の作る菓子は美味しいな。何個か包んで持って帰ろう。
「この前の倶楽部に王太子が顔を出しましたよ。カイラン様とディーゼル様に用があったようで三人で話されていたとか。密偵の話ではアンダル様のことを話し、夫人は二度と男爵領から出られない。出たら消す許可だとか。ミカエラ様のことも気にしていたそうです。カイラン様はキャスリン様に好いた相手がいると気づいたそうで、ディーゼル様に騎士のことを聞いていたようです。的外れ。残念。ディーゼル様は煩わしそうにしていても、ちゃんと話を聞いてあげるんだから、優しい人なんですね。なので指示通り、手紙もディーターの馬車に忍ばせました。かわいそうに、話し込んだだけで…震えてますよ」
本当に残念だ。かすりもしてない。真実を告げる場を盗み見したいなぁ。ソーマさんは侍るんだろうなぁ。羨ましい。滞在しようかな…
「何かあってからでは遅い、僕がゾルダークに滞在しましょうか。侍医なら不自然じゃないでしょう。ソーマさん、菓子を何個か包んでくれます?恋人のお土産にしたくて」
「王都を離れるなよ、何かあったら呼ぶ」
滞在は駄目か、建ててる医院の方が近いからそこに寝泊まりしておくかな。カイラン様はあれでも閣下の子だからな、警戒しておいたほうがいい。
「建設中の医院にいますよ、後は内装だけなんで暫く寝泊まりします。そこなら馬車で往復半時はかからない。馬ならもっと早い」
頷いてるな、満足したようだ。キャスリン様のせいかな、雰囲気が柔らかくなったなぁ。
ハンクはソーマから袋を受け取りライアンへ投げる。前回よりも多く入れてある。当分ライアンの休みはない。非常事態にはきてもらわなければならない。ライアンは中身を確認して頷いている。布に包んだ菓子を大切に鞄に仕舞い退室していった。
いつ奴に告げるか。あれに決めさせるか、俺は側にいればいい。
「夜、あれのところへ行く」
ソーマは頷き、伝えるか聞いてくる。別に必要ないだろう。無言で否を伝える。
夜遅く、湯上がりの髪が乾いた頃、ハンクが寝室に訪れた。ジュノとライナが下がり二人きりになる。近寄り向かい合って見上げてもハンクは何も言わない。ただ黙って私を見下ろしている。私の頭を撫で、毛先までするすると指ですき、跪いて下腹に頬をつけ、腕は私に巻き付けている。私は下腹にあるハンクの頭を撫でる。喜んでくれているのよね。まだ子の音なんて聞こえないだろうに、可愛いことをするのね。この大きな人が愛しくて、頭を撫で続ける。
「よかったな」
「はい。嬉しいです」
私の下腹で話すから、子に話しかけているようだわ。こんなハンクは誰も知らないだろう。
「いつ話す?」
カイランによね。本当にいつでもいいのよね。私は一人ではないもの。ハンクが側にいてくれるなら怖いこともないだろうし、明日でもいいくらい。
「明日の夕食後に話します?」
悩みもしない私が不思議だったのか顔だけ上を向き私を見つめる。いつものように眉間に皺があるわ。私は微笑みながらハンクの眉間に触れ撫でる。目尻には皺もある。柔らかくなった顔に指で触れ撫でていく。
「側にいてくれますでしょう?」
下から私を見つめる黒い瞳が約束してくれたのだから。
「ああ」
私は微笑み頷く。私の子の父親がハンクでよかった。こんなに嬉しい。
ハンクはそのまま立ち上がり、私を寝台に寝かせる。掛け布を二人にかけて抱き締め合う。
「痕をつけてくださいな」
ハンクは掛け布の中に潜り私の夜着を捲り、下腹に吸い付いている。これだけで気持ちがいい。沢山つけているようだ。ハンクは夜着を戻し上に戻ってきた。
「ありがとうございます」
笑顔でお礼を言う。目の前の大きな体にしがみつく。
「ハンカチを買いました。ありがとうございます。待っていてくださいね」
ああ、と低い声が胸から私に届く。
「あれも買ったのか」
たぶん黒い鷲のことを言っている。寝台に横になると目に入るところにあるもの。
「はい。閣下に似てます」
そうか、と声が返る。
「黒檀に彫ってありますの。とても綺麗でしょう?」
ああ、と答えてくれる。上を向くとハンクは私の黒鷲を見ていた。気に入ってもあげられないのよね。一点ものだもの。
「いくら閣下でも渡しませんわ」
私の言葉に下を向き目を合わせる。ハンクは微笑み私の頭を撫で髪を指に絡めて遊んでいる。
「お前の鷲だろ。また見に来る」
私は、はいと答え口を開けるとハンクは屈み舌をくれる。私は体を伸ばしその舌を口に含み絡める。伝わる唾液を飲み込み厚い舌に歯を立て満足するまで離さない。