テラーノベル
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春。
あの日と同じように、桜が咲いていた。
でも、違うのは──
俺が立ってる場所。
『……迷うなぁ、これ』
小さく呟く。
手に持っているのは、分厚い参考書。
見慣れた医学書よりも、少しだけ新しいやつ。
ページの端には、相変わらず俺の字でメモが並んでる。
「ここ意味わからん」
「あとで聞く」
「図にしてみる」
……成長してんのかしてないのか、分からん。
苦笑いしながら、ページをめくる。
正直、まだ全然分からんことの方が多い。
難しい言葉ばっかりで、途中で何度も投げ出しそうになった。
でも。
それでも、やめへんかった。
『ちゃんと知る』
あの日、そう言ったから。
誰に聞かせたわけでもない言葉なのに、
それが、妙に重くて。
──逃げられへんかった。
ふと、空を見上げる。
桜の花びらが、風に乗って舞っていた。
『……なぁ』
小さく呟く。
もちろん、返事はない。
『まだ、全然分からんわ』
笑いながら言う。
『お前、ようこんなんやってたな』
ページを軽く叩く。
白血病。寛解。再発。
何度も見た言葉。
でも今は、少しだけ分かる。
ほんの、少しだけ。
それでも──
前とは違う。
ゆっくりと、本を閉じる。
ベンチの横に、あのノートを置いた。
何度も読んだ。
覚えるくらい、読んだ。
それでも、まだ──
“受け取った”とは思ってない。
『まだ、続いてるからな』
ぽつりと呟く。
風が吹いて、ページがぱらりとめくれた。
あの一文が、目に入る。
『ただ、誰かの隣に居れる人でいてほしい』
静かに、息を吐く。
遠くで、小さな子どもが転んだ。
母親らしき人が駆け寄って、抱き起こす。
泣き声が、すぐに小さくなる。
その光景を、なんとなく見ていた。
胸の奥が、少しだけ動く。
理由は分からない。
でも──
目を逸らさなかった。
『……これも、知るってことなんかな』
誰に聞くでもなく、呟く。
答えはない。
でも、あの日みたいに怖くはなかった。
立ち上がる。
ノートと本を手に取る。
少しだけ、迷ってから。
ノートを、胸に当てた。
『行くで』
あの日と同じ言葉。
でも今は、少しだけ意味が違う。
歩き出す。
ゆっくりと。
ちゃんと、自分の足で。
『俺、まだ途中やから』
空を見上げる。
桜の隙間から、青が覗いていた。
『……見とけよ』
少しだけ、笑った。
風が吹く。
花びらが、ひとひら。
肩に落ちて、すぐに滑り落ちた。
そのまま、前に進む。
振り返らずに。
でも──
隣には、ちゃんと残っている。
見えへんだけで。
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コメント
7件
そろそろ簡潔かな……もう読むたびやばいかもしんない
14話、読み終えました。 春の桜と医学書、そして「まだ途中やから」っていう言葉が、すごく胸に残りました。 「ちゃんと知る」って決めた日の約束を、今もちゃんと持って歩いてる感じがして。 重たいテーマなのに、最後の「見とけよ」が、すごくあったかくて☁️ ノートを胸に当てるシーン、もう……😢 続き、楽しみにしてます。 菜々さんの紡ぐ言葉、ちゃんと受け取らせてもらってます🌙