テラーノベル
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木漏れ日が揺れる獣道に、獣臭い緊張だけが張り詰めていた。
先頭を切って一頭を引きつけているのは、パーティのリーダーであるケインさんだ。その死角へ、二頭目の狼が足音を殺して回り込んでいく。
パーティで唯一の遠距離職である私の役目は、あの二頭目を、ケインさんに気づかれる前に射抜くこと、それだけ。
矢筒から矢を抜き、弦へつがえる。
(狙いは……合ってる。あとは、放つだけ……)
狼の頸へ、まっすぐに照準が重なっていくのを、確かに感じていた。
だが、引き絞る動作が最終局面に差し掛かった、まさにその刹那。
分厚い胸当ての下端が、肋骨の底を締め上げるように食い込んだ。
肺の中の空気が、行き場を失う。
喉の奥で、小さく「ひゅっ」という音が鳴った。
(――え……? 息、が……)
呼吸が、止まる。
(吸えない。吸わないと、でも、今、動いたら……)
次の瞬間には吸おうとする反射が起こり、それが上半身をほんのわずかに、けれど致命的に揺れた。
放たれた矢は、狙っていた軌道からわずかに逸れ、狼の頸ではなく肩口を浅く抉っただけに終わる。
(噓……ッ、外した……いや、外してはいない、けど……急所に当てられなかった……!)
悲鳴を上げた狼は、絶命するどころか怒りに任せてケインさんへと飛びかかった。
「ケインさん、危な……!」
次の矢をつがえるが、間に合わない。
狼の牙が、ケインさんの左腕を捉える鈍い音が響いた。
「……っ、たあっ!」
他の仲間が駆けつけ、なんとか狼を仕留める。
浅傷で済んだケインさんが、腕を押さえながら振り返った。
「大丈夫だ、浅い。……ノラ、お前は無事か?」
「わ、私は……。ご、ごめんなさい……本当に、ごめんなさい……」
(また……。今月に入って、もう三度目だ。狙いは合ってるはずなのに、最後の最後で、いつも……)
討伐が終わり、他の仲間がケインさんの手当てをする輪の外で、私は俯いたまま立ち尽くしていた。
大盾を担いだ小柄な影が、そんな私にゆっくりと近づいてくる。
「……なあ、嬢ちゃん」
「え……? オ、オルガさん……」
「今の、外したっつうより……射る直前に、一瞬固まってなかったか?」
「え……」
「あたいにも、覚えがあるんだよ。装備のせいで、肝心なとこで身体が言うこと聞かなくなる感覚」
オルガさんが、自分の右肩を軽く叩いてみせる。
「あたいの肩も、ちっと前まで似たようなもんだった。図体はちっこいくせに、化け物じみた馬鹿力だけはあってな。人間サイズの盾を無理やり振り回してたら、肩が悲鳴上げてやがった」
「オ、オルガさんがですか!?」
「まぁな。けど知り合いの防具屋に世話になってから、噓みてえに直った。……嬢ちゃんも、一回診てもらった方がいいんじゃねえか」
(防具屋……。でも、知らない人のところに、一人で……)
「で、でも……その、知らない人のところに一人で行くのは、その……」
「なんだ、人見知りか。……分かる分かる、あたいも最初、面食らったからな」
「大丈夫だ、変な男じゃねえ。ちっと言葉はキツいが、腕は確かだ。……なんなら、あたいの名前出していいぞ。『オルガの紹介だ』って言えば、無下にはされねえよ」
(オルガさんの、紹介……)
「……あ、あの、その防具屋さんって……」
「職人街の外れだ。店主はトウヤ、目立たねえ、隠れ家みてえな店だよ。……ケインの怪我、嬢ちゃんのせいだなんて誰も思っちゃいねえ。だが、次も同じことが起きたら――今度は浅傷じゃ済まねえかもしれねえぞ」
その一言が、鉛のように胸に沈んだ。
(……行かなきゃ。今度こそ、ちゃんと……)
○
夕暮れ時、閉店間際の職人街。
オルガさんの言葉を胸に、震える足でようやく辿り着いた店構えを前に、私は何度も踵を返しかけていた。
こんな場所に、一人で来る勇気なんて、本当はなかった。
それでも、今日のケインさんの怪我と、オルガさんの「次は浅傷じゃ済まねえかもしれねえ」という言葉が脳裏を離れない。
震える手で、ドアベルに触れた。
(「オルガさんの紹介です」この一言だけは、絶対に言わなきゃ)
頭の中で何度もその台詞を繰り返しながら、小さな音とともに扉を開ける。
薄暗い店内へ足を踏み入れた瞬間、心臓が痛いくらいに早鐘を打ち始めた。
カウンターの奥、裁断作業をしている男の人の姿を見た途端、頭の中で用意してきたはずの言葉が、綺麗さっぱり消え失せてしまう。
「あ、あの……こちらが、噂の……。……あ、その、オルガさんの、紹介、で……」
声が小さすぎて、途中で消え入るように尻すぼみになった。
「いらっしゃいませ。オルガさんの、ですか。……どうぞ、奥までお入りください」
「は、はい……あ、あの、その……」
もじもじと胸の前で指を組み、なかなか話し出せない。頭の中では言いたいことが渦を巻いているのに、喉から出てくれない。
(言わなきゃ。ちゃんと、説明しなきゃ。……でも、なんて言えば……)
黙って観察しながら、トウヤさんが静かに口を開いた。
「……呼吸が浅いですね。それも、店に入ってきてからずっと」
「へ……!? な、なんで分かるんですか……!」
「入ってきてから今まで、一度も深く息を吸っていません。それに、微かに肩で息をしている」
「そ、そこまで、見られてる……なんて……」
(緊張してるから、なんて言い訳にもならない。この人には、全部見えてるんだ……)
何度も言葉に詰まりながら、私はようやく今日あったことを……、いや、今月に入って三度目になる、あの「狙いが逸れる」という悩みを、途切れ途切れに打ち明けた。
「あの……最近、矢が、なぜか的から逸れてしまうことが多くて……。狙いは、間違ってないはずなんです。でも、放つ瞬間に、いつも、わずかに逸れてしまって……。今日も、それで、仲間が怪我を……」
声が震え、語尾がだんだん小さくなっていく。
話しながら、今日のケインさんの傷の記憶と、オルガさんの真剣な横顔が蘇り、目の奥が熱くなった。
けど、トウヤさんは、その説明を最後まで聞くと、眉一つ動かさずに切り返してきた。
「弓を引き絞った瞬間、呼吸が止まっていませんか」
「え……?」
「息を止めて狙いを定め、放つ瞬間にまた吸おうとする。……ですが、その『吸おう』とする動きそのものが、あなたの上半身をわずかに揺らしているんですよ」
「そ、そんな……。でも、狙いは、しっかり定めているのに……」
「狙いの問題ではありません。あなたの胸当て、明らかにサイズが合っていませんね。……引き絞る動作で肋骨が圧迫され、呼吸のタイミングそのものが崩れているんです」
「呼吸のタイミング……」
指摘は的確すぎて、反論の余地がなかった。
「……や、やっぱり、実力不足……なんですよね。パーティのみんなにも、迷惑かけてばっかりで……。今日だって、私が、ちゃんと当てられていれば、ケインさんは怪我なんて……」
涙目になりながらも、必死に涙が流れるのだけは堪える。
「実力の話ではないと言っています。あなたの狙い自体は、恐らく正確です。狂わされているのは、その先の身体の動きだけだ。……オルガさんも、同じでしたよ」
「え……」
「規格外の膂力を持ちながら、合わない装備のせいで、その力をまともに発揮できずにいました。今のあなたと、根っこは同じです」
その一言に、なぜか少しだけ、肩の力が抜けた。
「……見せていただけますか」
「み、見せるって……そ、その……」
顔を真っ赤にして固まる。頭の中が真っ白になった。
半ば強引に、けれど不思議と嫌な感じはしないまま、私はフィッティングルームへと案内されてしまった。
人前で服を緩めることへの羞恥心と、極度の人見知りが、胸の中でせめぎ合う。
「え、えっと……ここで、脱ぐん……ですか……?」
「上半身だけで結構です。それと、実際に弓を引く構えをしてみてください」
「は、はい……」
震える手で装備を緩めながら、今日のケインさんの怪我と、オルガさんの「あたいも同じだった」という言葉を思い出す。
(恥ずかしい……でも、今日のケインさんの怪我と、オルガさんの言葉を思えば……これくらい……)
これくらいの恥ずかしさは、我慢しなければ。そんな気持ちが、羞恥心をわずかに上回った。
「……で、できました……」
消え入りそうな声で、準備ができたことを告げる。
トウヤさんが、迷いのない足取りで距離を詰めてきた。
「ひゃ……」
反射的に、身を縮める。
(近い……! それに、なんだろう、この人の目……。でも、変な感じは、しない……)
トウヤの指先が、私の肋骨のあたりに、そっと触れた瞬間。
(ひっ……)
喉の奥から漏れそうになった声を、私は必死に噛み殺した。反射的に身を縮め、両腕で胸元を庇うように抱え込む。狭いフィッティングルームには、ランプの淡い灯りと、かすかな革と糸の匂いだけが満ちていた。分厚いカーテンの向こうから店の物音は一切聞こえず、まるで世界からこの小部屋だけが切り離されてしまったかのようだった。
人に肌を見せることさえ、数えるほどしか経験がない。ましてやこんなに間近で、まじまじと観察されるなんて、変に想像してしまったせいで、頭のてっぺんまで熱が上ってしまいそうだった。
「……、っ……」
小さく声が漏れる。恥ずかしさで消え入りたくなったが、それでも不思議と、逃げ出したいとは思わなかった。
(な、なんだろう、この感じ……。恥ずかしいのに、変な感じはしない。ただ、丁寧に、見られてるだけ、みたいな……)
「動かないでください。……アンダーバスト、直下の肋骨可動域を測ります」
「は、はい……」
震える声で答えながら、私はぎゅっと目を閉じた。
冷たい金属のメジャーが、胸の下をつうっと這う。ひんやりとした感触に、思わず肩が跳ねた。心臓の音が、自分の耳にまで届きそうなくらい大きく鳴っている。
でもトウヤさんの指先には、これっぽっちも下心のようなものが感じられない。ただ淡々と、けれど驚くほど丁寧に、肋骨の一本一本の輪郭を確かめるように這っていく。冷たい指先が肌をなぞるたび、産毛がふわりと逆立つような、くすぐったいような、名前のつけられない感覚が背筋を駆け抜けた。
「もう一度、弓を引く構えをしてみてください。実際の動作でどう変化するか、確認します」
「わ、分かりました……」
震える手で、空の弓を構える真似をする。腕を高く上げ、身体をひねりながら引き絞る動作を、いつもの癖でゆっくりと再現していく。
素肌のまま、しかも見知らぬ男の人の目の前で弓を構えるなど、生まれてから一度もしたことがなかった。羞恥で頬が焼けるように熱かったが、それ以上に、注がれる視線があまりに真剣で、迷いがないものだから、私は途中で動きを止めることができなかった。
「……そこです。今、腕を上げてひねった瞬間、胸当ての下端の角度が変わりましたね」
「え……」
思わず動きを止める。
「普段、まっすぐ立っている時のあなたの肋骨と、腕を高く上げてひねった状態のあなたの肋骨では、突き出す角度が違う。胸当てはまっすぐ立った状態を基準に作られているので、弓を構えるその一瞬だけ、下端が肋骨に食い込む形になるんです」
「そんな……。じゃあ、私が矢を外してたのって……」
「あなたの狙いのせいでは、一度もありません。……率直に言うと、この胸当ては、そもそも『弓を引く』という動作を一切想定していない。量産品にありがちな欠陥です」
(一切、想定してない……。じゃあ、私、最初から……)
頭の中が真っ白になった。今まで自分を責め続けてきた日々が、音を立てて崩れていくような感覚だった。
「アンダーバスト、直下肋骨の可動域、腕を上げた際の角度変化……採寸完了です。少々お待ちを」
そう言い残すと、トウヤさんは静かに踵を返し、カーテンの向こうへと姿を消した。
一人残された私は、詰めていた息をゆっくりと吐き出した。まだ乱れたままの呼吸を整えながら、私は自分の身体を、そっと両腕で抱きしめる。
(実力不足、じゃなかった……。狙いは、間違ってなかったんだ……)
安堵と、今まで自分を責め続けてきた時間への複雑な思いが、胸の中でぐるぐると渦を巻いていた。
○
カーテンの向こうから、作業する物音が聞こえてくる。糸を選ぶ小さな音、生地を裁つ鋏の音。無駄のない、けれどどこか急いでいるようにも感じられる、一連の動き。
(早い……。もう、次のものを作ってくれてる……)
その気配だけで、なんとなく胸の奥が温かくなった。
程なくして、カーテンの隙間からトウヤさんの手が伸び、薄い生地の塊が差し出される。
「着けてみてください。それと、もう一度、弓を構えてみて」
「は、はい……」
受け取ったそれは、驚くほど薄く、けれど確かな弾力を持った生地でできていた。指先で撫でると、しっとりと吸い付くような感触が返ってくる。
震える手で、まだ火照ったままの肌に袖を通していく。ひやりとした生地が肌を滑り、けれど少しも締め付けを感じさせない。まるで、初めから自分の肌の一部だったかのように、するりと馴染んでいった。
もう一度、装備を整え、恐る恐る弓を構える。腕を上げ、身体をひねり、そして、引き絞る。
いつもならここで、喉の奥がきゅっと詰まるはずだった。
(あ……)
だが、今日は違った。肋骨のあたりに感じるのは、締め付けではなく、まるで生地そのものが一緒に動いてくれているかのような、優しい追従感。息を吸おうとする動作を、邪魔するものが何もない。
信じられない気持ちのまま、私は思い切り息を吸い込んだ。
肺の奥まで、驚くほど大きく、大きく空気が入っていく。
「……あ」
「どうです」
「息が……止まらない……。今までは、ここで絶対に苦しくなって、息を止めちゃってたのに……」
大きく息を吸い込み、驚いた顔でトウヤさんを見る。
「こんなに、深く吸えるんですか……。胸が、全然、苦しくない……。それに、腕を上げても、生地が全然、引っかからない……」
「引き絞る動作に合わせて、生地自体が伸縮するよう編み込みました。……肋骨の可動域を制限しない設計です」
涙目になりながら、でも今度は嬉しさから、私は声を震わせた。
「わ、私……ずっと、自分の腕が悪いんだと思ってて……。今日だって、ケインさんが怪我したのは、絶対に私のせいだって……」
「腕の問題ではありません。装備が、間違っていただけです。……オルガさんの時と、同じですね」
「……あの、オルガさんに、ちゃんとお礼、言いたいです。今度、会ったら……」
「機会はあると思いますよ」
込み上げてくるものを抑えきれず、私は深々と頭を下げようとして、勢いよく下げすぎ、額をカウンターにぶつけた。
「い、痛……!」
「……お気をつけて」
○
数日後。
グランベルの秋祭りは、朝から賑やかな喧騒に包まれていた。屋台の匂い、子供たちの笑い声、着飾った人々の行き交う声。広場の中央には、射的大会のために組まれた特設の的場が設けられている。
大勢の見物客に囲まれ、私はぎゅっと弓を握りしめていた。
(人前に立つの、久しぶり……。ううん、こんなに大勢の前で弓を引くのなんて、初めて……)
いつもなら、これだけの視線に晒されただけで足がすくみ、逃げ出したくなっていたはずだった。周囲のざわめきが、耳の奥で異様に大きく反響する。
「おいおい、あの子、まだ駆け出しだろ?」
「震えてるじゃねえか、大丈夫か……」
観客たちの何気ない声が、胸に小さな棘となって刺さる。
だが今日の私は、少しだけ違った。
(大丈夫……今なら、息が、最後まで続く……。オルガさんも、乗り越えたんだから……)
あの日フィッティングルームで感じた、確かな解放感を思い出す。肋骨を締め付けていた鉄の枷が消え、肺の奥まで空気が満ちていく感覚。それを、今この身体は覚えている。
「ノラ、無理すんなよ。お前が気に病むことなんて、何もねえんだから」
すぐ側で、ケインさんが心配そうな声をかけてくれる。まだ包帯の巻かれたままの左腕が、視界の端に映った。
(私のせいで、ケインさんは……)
その痛々しい包帯を見るたび、胸が締め付けられる。だからこそ、今日は。
「は、はい……。でも、今日は、ちゃんと当てたいんです」
震える声で答え、私は静かに深呼吸をした。
矢をつがえ、ゆっくりと弦を引き絞っていく。腕を上げ、身体をひねる、いつもなら苦しくなるはずのその瞬間が来ない。
呼吸が、最後まで乱れることなく続いている。
(噓……本当に、苦しくない……)
視界がクリアに澄み渡っていく。狙いはまっすぐに、迷いなく、的の中心へと重なっていた。
静かに、狙いを定めたまま、矢を放つ。
ヒュン、と風を切る澄んだ音。
矢は、迷いのない軌道を描き、的の中心へと深々と突き刺さった。
「……は?」
「まっ、真ん中……!?」
観客のどよめきが、波紋のように広がっていく。
「ノラ、お前……! いつの間にそんな腕に……!」
自分でも信じられないという顔で、私は的を見つめた。
「……あ、当たった……」
(当たった……。今度こそ、ちゃんと……)
気づけば、じわりと目頭が熱くなっていた。込み上げてくるものを堪えきれず、私は震える指先で、そっと目元を拭った。
○
数日後、トウヤの店。
大会での快挙を報告しようと、私は勇気を振り絞って扉を開けた。
カランと鳴った鈴の音に続き、視界に飛び込んできた光景に、思わず声を上げそうになる。
カウンターの前には、大盾を担いだ小柄な人影があった。先日、あの獣道で私の背中を押してくれたオルガさんが、何やらトウヤさんと分割払いの相談をしているところだった。
(オ、オルガさん……!)
人見知りの発作的な緊張が一瞬走ったが、あの日の恩を思い出し、私は勇気を振り絞って声をかけた。
「あ……オ、オルガさん……!」
「ん? おお、嬢ちゃんじゃねえか。どうした、そんな慌てて」
「あ、あの……この間は、その、声をかけてくださって、本当にありがとうございました……! おかげで、私……」
つっかえながらも、私は射的大会での成果を必死に伝えた。
「的の、真ん中に……当てられたんです。ずっと、自分の実力不足だと思ってたのに、そうじゃなかったって……」
オルガさんは目を丸くしてから、くしゃりと相好を崩した。
「……はっ! そうかそうか! よかったじゃねえか!」
バシバシと、力強く背中を叩かれる。予想外の強さに、私は思わずよろけそうになった。
「あたいの見立て通りだったろ? ここの仕立て屋は、口は悪いが腕は確かだ」
「……人を勝手に規格外の力で叩かないでください、オルガさん。ノラさん、大丈夫ですか」
「だ、大丈夫です……!」
「悪い悪い。にしても、嬢ちゃん、この間より声に張りが出たな。いいことだ」
「そ、それも、全部、オルガさんとトウヤさんのおかげ、です……」
込み上げる感謝の気持ちのままに、私は深々とお辞儀をしようとして……、前回の記憶が脳裏をよぎり、寸前で身体が止まった。
「あ、危なかった……」
「……学習しましたね」
「え……あ、は、はい……!」
思いがけない一言に、頬が緩む。
「それはそれとして、ノラさん。射的大会からしばらく経ちましたが、着用感に変化は? 念のため、再採寸を」
顔が一気に熱を持つ。
「あ……あの、その……ま、また今度で……! す、すみません、今日はもう帰ります……!」
ぺこぺこと何度も頭を下げながら、私は逃げるように店を後にした。
「はっはっは! あたいの時とおんなじだな、ありゃ」
オルガさんの豪快な笑い声が、扉の向こうから背中越しに響いていた。
店を飛び出し、夕暮れの職人街を早足で歩きながら、私は無意識のうちに口元をほころばせていた。
橙色に染まる空を見上げる。頬の熱はなかなか引かなかったけれど、それすらも、今はどこか誇らしいような気がした。
(また今度、行かなきゃ……。ちゃんと、お礼も兼ねて)
そんな小さな決意を、誰にともなく胸の内で呟いた。
コメント
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**リオン** 装備が実力に見せかけた悩みだった、って展開、すごく好きです。ノラの「自分のせいだ」っていう罪悪感の描き方が丁寧で、トウヤの「目が合っただけで全部見抜かれる」感が作者さんの腕の見せどころでした。採寸シーン、あの距離感と淡々としたプロフェッショナルな空気、すごく良かった。ラストの射的大会、胸が熱くなりました。