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「ああ、その話か……」と、チーフが眉を寄せ困った顔になる。
「だから、もういいですから」感情を出さないようなるべく素っ気なく口にして、その場から立ち去ろうとすると、「待ってくれ」と、腕を捕らえられた。
「待ってほしい。ちょっと話を聞いてくれないか?」
「話ってなんですか? もう話なんて……」
今にも涙がこぼれ落ちそうになっていると、矢代チーフがスーツの胸ポケットからハンカチーフを抜いて、私に差し出した。
「泣かせてごめん。でも本当に少し話を聞いてほしい。そこのお店にでも一緒に行ってくれ」
チーフはそう言って、近くのバーへ私の手を引いた──。
「話って、どんなことですか……」
わざわざお見合いをするからという話を伝えられるのなら、改めて聞きたくはないと感じた。
「もうお見合いの件が君の耳に入ってるとは思わなくて、ならもっと早くに言えばよかったよな」
「……別にいいですから。早くても遅くても、もういいんです。お話は、それだけですか?」
席を立とうとすると、
「違うんだ」
と、引き止められた。
「違う、お見合いはしないから」
「……嘘です。だってそれで、昇進も決まっているからって……」
「ああー、そんな噂まで……」
しわの刻まれた眉間を人差し指で押さえると、矢代チーフは苦悶の表情を漂わせた。