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第一章 ――春の光の向こうに
イギリスに初めて出会った日のことを、今でもはっきり覚えている。
あの日も、今日のように空は曇っていた。
けれど、彼のまわりだけが不思議と淡く光って見えたのだ。
誰もが彼のことを「冷たい」と言った。
けれど、僕には違って見えた。
彼の笑顔の奥には、静かに凍った湖のような、深く澄んだ悲しみがあった。
――それを知った瞬間から、目が離せなくなった。
あの丘の上、彼はいつも紅茶を飲んでいる。
春の風に金髪が揺れて、長いまつ毛が影を落とす。
何気ない仕草のひとつひとつが、僕にはひどく愛おしく感じられた。
今日もまた、同じ場所で彼を見つけた。
小さなテーブル、ひとり分のティーセット。
声をかけると、彼は少し驚いたように振り返り――
すぐに視線を落とした。
「……わざわざ来てくださらなくても、よかったのに」
その言葉はやさしく、けれどどこか遠い。
僕は笑って肩をすくめた。
「君に会いたかっただけだよ」
その瞬間、彼の指がわずかに止まる。
カップを持つ手が、かすかに震えていた。
きっと彼は、自分の中にある“感情”に気づきたくないのだ。
けれど――僕は知ってしまった。
あの淡い瞳の奥に、ほんの少し、
「誰かに救われたい」と願う光があることを。
それがどれほど小さくても、僕には十分だった。
あの光を、もう一度見たい。
そしていつか――その光が、僕の名を呼ぶ日を。
「……イギリス、君は本当に、優しいね」
そう言うと、彼はほんの一瞬だけ微笑んだ。
それは世界でいちばん儚くて、いちばん綺麗な笑顔だった。
――その瞬間、僕は悟った。
もう、彼のいない世界には戻れないのだと。