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私と先輩のキス日和

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私と先輩のキス日和

11 - 第十一話『旅行中のキスー後篇ー』

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39

2025年03月09日

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その一


二泊三日の一日目が終わり、翌朝笑理は梢を起こさないようにゆっくりと起き上がると、朝風呂へと向かった。

露天風呂に浸かりながら、笑理はいつから自分が女性しか愛せなくなっていたのかを思い出そうとしていた。少なくとも小学校の時は、そういう考えにはなっていなかったはずである。

高校入学以降、男子生徒に告白をされた際に断ったのは、母の面倒を見なければいけないのが本来の理由であったが、表向きには勉強や部活を理由としていた。だがよく考えてみれば、何人もの男子生徒に告白をされても、一度たりとも嬉しい気持ちにならなかったのは、やはり父親である高梨のことがあるからだろうと考えた。

昨日祖母に梢との交際を打ち明けた際にも、祖母は否定せず、女性しか好きになれない性的指向になるのも無理がないというような考えであった。家族崩壊の元締めとも言うべき高梨や久子のことはずっと恨み続けてきたが、今となっては梢と引き合わせてくれた高梨には、憎悪の気持ちは少なからず減っていた。

湯を顔にかけ、今日は母の墓地の前で梢を紹介しようと、笑理は決めた。


広間での朝食は、川魚を中心とした和定食であった。昨晩は飛騨牛にばかり意識が行っていた梢は、飛騨産コシヒカリを使った白米が甘いことに気が付いた。また、味噌汁は東海地方特有の赤味噌を使った濃い味付けだったが、これも梢にとっては珍しい味で興味津々で口に運んでいた。

他の宿泊客たちは既に食べ終え、笑理がトイレに行くと言って席を立つと、広間にはゆっくり食事をする梢だけが残った。

「失礼いたします」

房代がそこへ入ってきた。昨日の藍色の着物とは違い、今日は萩模様の刺繍が施された薄紫色の着物である。

房代は梢のもとへ来るなり、三つ指を立てて深々と頭を下げると、

「昨晩はとんだ失礼をいたしました。いくら笑理のお連れ様とは言え、日頃のお疲れを癒していただくために当館をご利用いただきましたお客様の前で、あのような振る舞いをしましたことをお詫び申し上げます」

「大女将……」

「あの子たちの父親は、何より私の娘を不幸にした男ですので、つい恨みつらみを申し上げることになってしまいました。あの子が同性を好きになるのも、父親の言動のせいだと思います。それでも笑理は、梢さんと一緒にいることで幸せになってるんです。梢さん、笑理のこと、どうぞよろしくお願いいたします」

もう一度頭を下げる房代を、梢はただじっと見つめていた。



その二


昼前になって、辺りでは雪がしんしんと降り始めた。

朱理から傘を一つ借りて、梢と笑理は相合傘をして徒歩五分ほどのところにある霊園を訪れた。ここに、笑理の母も眠る村田家の墓がある。

墓石には既に花が供えられていることに梢は気がついた。

「これ、おばあちゃんが毎朝来てるんだって」

笑理は小さく呟くとしゃがみこみ、線香を立てて合掌をした。笑理に雪がかからないように、後ろから梢が傘を差している。

「お母さん、久しぶり」

傘を笑理に渡すと、梢も線香を立てて合掌をする。

「初めまして、山辺梢です」

梢はじっと墓石を見つめて言った。

笑理が傘を持ったまま隣にしゃがみ、

「お母さん、私、梢と付き合ってるの。不思議な縁でさ、梢、お父さんの会社の部下なの。梢を紹介してくれたのも、お父さん。お母さんとあんなに喧嘩して、私も嫌いだったお父さんに、感謝する日が来るなんて思ってもみなかったよ」

梢はじっと、笑理が語りかけているのを聞いている。

「お母さんは、亡くなる前にごめんねって言ったけど、お母さんが私に謝るようなことをしたなんて思ってない。私はお母さんの分まで幸せになる。だから私たちのこと、ずっと見守ってて。それから、おばあちゃんやお姉ちゃんのことも」

やがて雪は更に降り出し、墓石に少しずつ積もり始めた。笑理はしばらくそこから離れようとせず、ずっと墓石を眺めていたが、梢は何も言わずに付き添っていた。

「そういえばさ、梢の家族は、今どうしてるの?」

「両親も兄ちゃんも、みんな元気にしてるよ。去年、兄ちゃん夫婦に息子が生まれてさ、とっくに定年迎えた父さんも母さんも、今は孫の面倒を見るのが生きがいなんだって」

「同居してるの?」

「うん、三世代で」

「楽しそうだね……」

梢はふと、自分たちのような平凡な家族への暮らしに憧れを抱いているのかもしれないと、憂いを帯びた笑理の表情を見て思った。

「お母さん、きっとまた来るから」

最後にそう言うと、笑理はゆっくりと立ち上がった。

「もう大丈夫?」

梢が優しく尋ねると、笑理は大きく頷いた。

笑理が傘を持ち、密着するように梢が肩を寄せて、二人は霊園を後にした。

「ねえ」

霊園を出てすぐの道で、梢が呼び止めた。

「どうした?」

梢は笑理にそっと口づけをした。笑理が傘を下げたので、反対側からこちらを歩いてくる人たちには、その瞬間がちょうど隠れた状態になった。

「笑理は一人じゃないからね」

言い聞かせるように梢はささやいた。



その三


梢と笑理は近くの食事処で山菜うどんを昼食に摂った後、タクシーで平湯大滝へ赴いた。

落差六十四メートル、幅六メートルの平湯大滝は飛騨三大名瀑のひとつと言われている。水の落ちる轟音が周囲に鳴り響き、梢と笑理はじっと悟りを開いたように、水の落ちる様を眺めていた。

滝を背景に、梢は笑理の手にしたスマホで記念写真を自撮りした。母の墓参りという目的を果たした笑理には、清々しい笑顔が戻っていると梢は写真を見て思った。


夕方になって旅館に戻ると、ちょうどフロントで房代が仕事をしていた。

「お帰りなさいませ」

顔を出して房代が迎えてくれた。

「お母さんにも、ちゃんと報告してきたよ」

笑理がそう言うと、房代も安堵の笑みを浮かべ、

「笑理が来てくれて、雪乃も喜んどるわ。それに、梢さんも一緒にお参りしてくださって、ありがとうございます」

「いえ……。私、決めましたから。笑理とずっと一緒にいるって」

「梢……」

「明日お帰りになるんでしたら、最後の夜はゆっくりお風呂に浸かって、お食事も楽しんでいらしてください」

「はい」

梢は頷くと、笑理を笑顔で見つめた。


夕飯を終え、風呂から戻った梢と笑理は、交代しながらドライヤーで相手の濡れた髪を乾かしあった。

「旅行も、今日で最後だね。奥飛騨って初めて来たけど、良いところだね。都会とは全然違って静かで、空気も美味しくてさ。気に入っちゃった」

少し寂しそうに梢が呟くと、笑理は微笑んで、

「またいつでも来られるよ。まあ旅行っていうのは、たまに行くから良いと思うけど、何ならこれからはさ、一年に一回、私たちのイベントとしてこっちに来ようよ」

「良いね、それ。おばあちゃんやお姉さんにも会えるしね」

「うん」

「あのさ、笑理。私、今朝おばあちゃんに会ったの」

梢は、今朝の食事の際に交わした房代との会話のことを笑理に告げた。

「そう……おばあちゃんが、そんなこと言ってくれたんだ……」

「都会で一人で生きてる笑理のこと、ずっとおばあちゃん、気にしてたと思う。確かに私たちのことを何て言われるのかは気になったけど、笑理さえ幸せに生きてくれたら、それでおばあちゃんは十分なんじゃないかな」

すると笑理は思い立ったように、振り向いた。

「どうしたの?」

「ごめん、ちょっと出てくる」

髪はまだ完全に乾いていなかったが、笑理は慌てて客室を飛び出していった。

一瞬唖然としたものの、すぐに梢は笑理の向かった先に見当がついていた。



その四


笑理はフロントの奥にある事務所で仕事をしていた房代と朱理のもとを訪れていた。

「実はさ、ちょっと二人に相談があって」

「何?」

不思議そうに房代が見つめた。

「いつか、ここにお父さんを連れてきたいの」

「あんな男に、うちの敷居を跨がせるわけないだろ」

房代は眉間に皺を寄せて少し声を張るように言ったが、朱理がふと、

「私も、お父さんに会ってみようかな」

「朱理……」

朱理は諭すように房代に体を向けると、

「おばあちゃんにとっては憎い娘婿かもしれないし、私たちにとっても家庭を壊した嫌な父親ってことに変わりはない。でも、いつか分かり合える時が来るんじゃないかって。笑理が現に、梢さんと知り合ったのだって、お父さんが繋いでくれた縁だもんね」

「お姉ちゃん……」

「来るのは勝手だけど、ちゃんと雪乃に謝る姿を見せないと、敷居は跨がせない。そもそも、雪乃やあんたたちが許したって、私は許しませんから。あの人に伝えときなさい」

祖母が何とか折れたことに安堵し、笑理は姉と顔を合わせ笑顔で頷いた。


「やっぱりね」

笑理から事の次第を聞かれた梢は苦笑した。

「どうしても、おばあちゃんたちに伝えときたくてさ」

「高梨部長には、私から伝えとく。旅行で奥飛騨に行くって話したから、私が高梨部長と笑理が親子だっていう事実を知ることも察してると思う」

「そうだね……」

「高梨部長とは、またやり直せると思うよ。私が言うと何の説得力もないけど、家族の縁ってそう簡単に切れないと思うし。いくら相手が憎い人でもね」

笑理は改まったように正座をすると、梢に頭を下げた。

「ありがとう、梢。本当はね、三回忌でもこっちには帰ってこないつもりだったの。お母さんのこと考えると辛くてね。でも、梢が一緒だったから満足のできる良い旅行になった」

「お母さんは、笑理が帰ってきてくれて絶対喜んでると思う。それに、私も現実逃避できる良い旅行になった。ありがとう、笑理」

にっこりと、梢は微笑んだ。

「梢、今日抱いても良い?」

笑理の視線が自分の襟元に向けられていることに気づいた梢は、襟元の着崩れに気付くと慌てて直し、小さく首を縦に振った。

その後、布団の中で体を重ねた梢は、笑理にゆっくりと浴衣の帯を解かれた。白い肌が露わになり、くっきりと浮かぶ鎖骨を優しく撫でられる。思わず息が漏れながらも、その笑理の撫でる手を梢は強く握りしめ、お互いの指を絡ませながら何度も唇を重ねていった。



その五


翌朝、房代と朱理に見送られ、梢と笑理は奥飛騨を去っていった。

高速バスの中で仮眠をし、二日ぶりにマンションへ戻ってきたときには、日の入りが早くなったこともあり辺りはすっかり薄暗くなっていた。


旅行の余韻浸りながら、梢は翌日いつも通りに出社をし、奥飛騨のお土産のクッキーを同僚たちに配った。そこへ高梨も出社してきたのでクッキーを渡すと、何かを悟ったような顔になった高梨から、後でミーティングルームに来るように言われた。

「失礼します」

しばらくしてミーティングルームに梢が入ってくると、既に高梨が来ていた。

「奥飛騨に行ったってことは、全部知ったんじゃないのか?」

高梨に唐突に言われたが、梢は冷静に頷いた。

「正直、びっくりしました。高梨部長が、笑理のお父さんだったなんて」

「娘たちには、今でも申し訳ないことしたと思ってるよ。もちろん、離婚した女房にもな」

「西園寺先生とのことも、笑理から聞きました。笑理がやたらと西園寺先生のことを嫌っていた理由も、ようやく分かりました」

「あの女とは、とっくに終わった。それだけは言っておく」

「笑理、言ってましたよ……」

高梨が訝しそうな顔をすると、梢は奥飛騨で笑理が祖母や姉と話した一件を伝えた。

「笑理が、そんなこと言ってたのか……」

「私にとっても笑理にとっても、今回の奥飛騨の旅行は良い機会になりました。敷居は高いかもしれませんが、必ず笑理と一緒に、いつかお墓参りに行ってあげてください」

「ああ……」

高梨は小さく頷いた。

「こんなことのために呼び出してすまなかったな」

と、高梨は申し訳なさそうに出ていこうとすると、立ち止まってもう一度梢のほうを振り向いた。

「今更父親面なんかできない俺が言うのもなんだが、笑理のこと、よろしく頼む」

深々と頭を下げた上司を見て、梢は優しく微笑んで、

「笑理は幸せ者です。家族みんなから祝福されて」

「山辺君……」

「離婚しても、高梨部長が笑理の父親ということに変わりはありません。これからも父親として、娘の幸せをずっと見守っててください。私は、笑理と一緒に幸せになりますから」

涙ぐんだように鼻をすすった高梨は大きく頷いて去っていった。

これで、笑理と高梨はもう一度父娘としてやり直せるだろうと梢は感じていた。


その頃笑理も、小説家三田村理絵として執筆活動を再開。年始から始まる週刊誌の連載の第一話の原稿を書き終えて、嬉しそうに原稿データを梢のメール宛へ送った。

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