フローリングに直接置いてある、古臭い、青く縁取られた金魚鉢。中には何も入っていない。
あの金魚鉢の役割は、カーテンのない窓から降り注ぐ陽光を歪めて床に落とすだけ。
ただそれだけ。
たまに中に積もった埃を取って、また蹴飛ばさないくらいの位置に戻す。外から何の音もしない時は、この部屋が世界の全てで、この行為は狭い世界の形骸化した儀式の様だと思った。
「え、どういうこと」
「だから、そのまんま。私も金魚鉢もってる」
「いや、それって金魚鉢なの?」
「金魚鉢だよ」
「…………そうかなぁ」
……俺の金魚鉢は、金魚泳いでるよ。
だからなんだ。
金魚鉢として売られていたんだから、確かにあれは金魚鉢だ。何処からどう見ても金魚鉢なのだ。
確かにあれの中で金魚が泳いだことも、水で満たされたことも無い。しかし、 だとすればそれは金魚鉢ではないのだろうか。ただの器に成り下がるのだろうか。
この議論には胸を張って違うといえた。そもそもあれは何も入っていないけれど、空っぽではないのだ。
何故ならあの金魚鉢は……
「あの金魚鉢は空で満たされてるから、金魚鉢なんだよ」
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