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「おめでとう。君たちは今年度の上場企業への就職が内定しました」
学長のその言葉に、大講義室に集められた俺たちはどよめいた。俺の隣の文学部の女子学生は思わず手で顔を覆ってすすり泣き始めた。気持ちは分かる。俺にも痛いほど分かった。
こんな何の特徴もない県立大学に入った以上、上場企業への内定なんてあるはずがないと俺もずっと思っていた。だがそれでも、もしかしたら、ひょっとしたら、という気持ちもまた心の隅のどこかでくすぶっていた。まさか、それが現実になるなんて。学長は神妙な顔つきで話を続けた。
「これから君たちは我が日本国の経済を支える名誉ある仕事に就く。どうか、みなでがんばってこの国を支えて欲しい」
俺の隣の女子学生の泣き声はもう辺り一帯にはっきり聞こえるほど大きくなった。泣き声の合間に、彼女はこうつぶやいた。
「そんな、どうして私が……ひどい!残酷よ!」
俺の前の席の男子学生はさすがに泣き出しはしなかったが、右の拳で机を何度もたたいて、うめくような口調で恨み言を言う。
「なんで俺なんだよ? 俺、前世で何か悪い事でもしたのか?」
俺も必死で平静を保とうとしたが、両手がブルブル震えるのを止められなかった。学長が話を終えると、大講義室の全てのドアから百人近い警官が室内に押し入り、俺たちを並ばせて首に細い金属の輪をはめ始めた。
外見はおしゃれなネックレスみたいに見えるが、一度はめると自分では絶対にはずせない、首輪だ。GPS発信装置が内蔵されていて日本中、いや世界中どこへ逃げようと位置を簡単に特定されてしまう。以前は手首につけるタイプだったそうだが、自分の腕を切り落として逃げた学生がいたため、首輪になったと聞いている。
講義室にいた五十人の学生は次々にその首輪をはめられて校舎のすぐ横に停まっている大型バスに押し込まれる。窓が全部金網で覆ってある警察車両だ。覚悟を決めたやつもいれば、見苦しく泣き叫ぶやつもいた。ある女子学生は首輪をはめられる順番が来ると小さな子供の様に泣き叫んだ。
「嫌よ!内定なんか要らない!家に帰してええええ!」
もちろん泣こうが叫ぼうが状況が変わるわけじゃない。これから俺たちは就職内定者専用の合宿所に連行されて、卒業と同時に各企業に送り込まれる。もう二度と家にもこの町にも帰る事はないだろう。
送迎車という名前の護送車まで歩いていくわずかな距離の間に、俺たちを遠巻きにして見つめている同じ四年生の集団の中に、俺は自分の恋人の姿を見つけた。卒業したらそのうち結婚しようと誓い合った彼女の姿を見た途端、必死で保ってきた俺の理性はあっけなく崩れ落ちた。
「真紀!」
その叫び声はどこか遠い異次元世界からでも響いて来たように思った。それが自分の口から出ているなんて自分で信じられなかった。もちろん側にいた警官にすぐに芝生の上に押し倒されて拘束されたが。
それでも彼女の名前を叫び続ける俺に、恋人の、いやさっきまで恋人だった女は、顔をそむけながらぽつりと言った。
「大企業に就職する人とはもう付き合えないわ。あたしにも将来があるのよ。分かって」
それから俺たち内定者は人里離れた内定者専用宿舎に車で運ばれ、それぞれ個室を与えられて入社までの日々をそこで過ごす事になった。個室にはテレビ、エアコン、中身満杯の冷蔵庫、そして最新型のゲーム機まで用意されていた。くそ、せめて最後の情けのつもりか?
翌日の朝、女子学生用の部屋の方からこの世の物とは思えない悲鳴が聞こえて来た。俺と数人の男子学生がさすがに驚いて駆け付けた。開いたドアの前の床に尻もちをついた格好でへたりこんだ女子学生が、両手で自分の目を覆って泣いている。
部屋の中をのぞいた俺は、すぐに何が起きたのか理解した。部屋の真ん中で別の女子学生の両足が宙に浮いて揺れていた。夜中に首を吊って自殺したわけだ。俺と一緒に駆け付けた男子学生が「チッ」と舌打ちして、納得いかないという口調でぼやいた。
「そうか、こいつ、孤児で身寄りがないって言ってたもんな。いいよなあ、自殺できるやつは」
一度就職の内定をもらった者は入社を拒否する事はできない。当初自殺する者が多く出たため、今では内定者が自分で命を絶った場合、三親等以内の親族全員が死刑に処される事になっている。
つまり俺がもし就職が嫌で自殺したりしたら、両親と高校生の妹が処刑される事になるわけだ。さすがに自分の家族の命を犠牲にしてまで内定から逃れようとする者はいなくなったと聞いている。
それから入社までの期間、俺たちは高いコンクリートの塀に囲まれ、その上には高圧電流が通った棘だらけの金網が乗っている、事実上の強制収容所で様々な訓練を受けた。スーツの着方、名刺交換のマナーなど、ビジネスマンになるための訓練だ。
座学では今の日本の企業社会の仕組みを改めて講義された。今日本の上場企業に入社するのは「国家労働力選抜制度」と呼ばれる仕組みで選ばれた大学生だ。もっとも国民は「カンビュセス・システム」と呼んでいるが。
大昔ペルシャ帝国のカンビュセス2世という王様が、アフリカのある国を征服しようと大軍を派遣した時の逸話に基づく呼び名だ。昔のマンガで有名になった話だが、大まかに言えばこうだ。
その大軍は砂漠を渡りきる事ができず、退却しようにも食料が完全に底をついてしまった。そこで十人一組になってくじ引きをし、当たった一人が仲間の食糧になる。それを繰り返して生き残った奴らだけが帰る事ができた。そういう話だ。
十人に一人という所が同じなので誰からともなくカンビュセス・システムと呼ぶようになったらしい。これというのも、数十年前に始まった生活保護の大盤振る舞いの結果だ。選挙の度に政治家が生活保護の支給金額を競って上げたもんだから、まともに働いた場合の年収よりそっちでもらえる金額の方が三倍にもなってしまい、日本人は誰も働かなくなった。
政府は世界中の発展途上国から百万単位の移民を入れて、工場労働者とか店員とか、そういう仕事は外国人でなんとか埋め合わせた。だけどそれじゃ、日本の経済は回らない。日本企業でホワイトカラーとして働く人間はどうしても必要だ。
そこで政府はある時期から国民全員に四年制大学までを義務教育とし、同時に四十歳定年制を導入した。そして大学四年生の中から無作為に選び、強制的に卒業生を上場大企業に就職させる事にした。
もちろんとんでもなく優秀な学生は別だ。そういう連中は公務員になって、多少の知的労働を課される代わりに普通の国民には夢でしかない豊かな生活が保障される。公務員を四十歳で定年退職すると民間企業に天下りして経営者や管理職になる。
中小企業や個人経営のビジネスは全部外国人に買収されているから、就職と言ったら上場大企業に行くしかない。だが公務員になれない大学卒業生はほぼ全員、生活保護の受給者になる事を選んだ。
だってそりゃそうだろう。なまじ働くより高い金額をもらえるんだし、七十歳になればその名前が生活保護から最低保障年金に変わるだけ。贅沢さえしなければ、憲法で保障されている、ええと何だっけ、そうそう「健康で文化的な最低限の生活」が黙っていてもタダでもらえるんだから。
俺は到底公務員になれるような頭じゃないから、当然大学卒業と同時に生活保護の申請をしてそれで暮らしていくつもりだった。彼女と結婚して生活保護の金額が倍になれば一生食うに困らない、そんな人生が待っているはずだった。
だが、俺の人生設計は根底から狂ってしまった。よりによって上場企業に就職させられるなんて、もう人生は終わったも同然だ。
国民が働こうとしない事に業を煮やした政府は、カンビュセス・システムを導入して大学四年生の十パーセント、つまり十人に一人を強制的に上場企業に内定させ、定年までそこで働く事を義務付けた。
だけど俺たちは知っている。定年になるまで生き残れる社員なんて滅多にいないって事を。上場企業の社員になったら、一年365日、一日24時間、ろくに食事する暇も眠る時間も与えられず働く事を強制される。
一般社員の99.9パーセントは定年になるまでに過労死すると言う。何年かに一度、四十歳の定年まで生き延びて退職した人が出る。その時は全国区のニュースになる。俺も一度だけニュースで見た事がある。だがその人は車いすに乗って会話さえまともにできなくなった、身も心もボロボロの完全な廃人だった。
これが今の日本という国の仕組みだ。カンビュセスのくじ引きと同じじゃないか。十人中九人が生活保護で安楽に暮らすために一人が犠牲にならなきゃいけないなんて。そしてどうしてその一人が、よりによってこの俺なんだ!
やがて大学の卒業式の日になった。俺たち内定者はそのまま収容所で卒業式を挙げ、例の護送車で近くの駅まで運ばれ、内定者専用列車に乗せられた。全ての窓の内側に鉄格子がずらりとはまっている特別列車だ。
これから俺たちは日本各地にある経済特区という都市へ送られる。そこは労働基準法その他あらゆる労働法規を守らなくていいという特別な場所で、俺たちは多分そこで残りの一生を過ごす事になる。
夕闇の中、専用列車は出発の時を待っていた。俺は鉄格子の隙間から線路の下の道路の光景をながめていた。するとバスターミナルに一台の路線バスが滑り込む。運転席の上の表示板に「生活保護センター行」と書いてある。
そのバスに若い一団が嬉々として乗り込んでいく。その中に俺は真紀の、かつての俺の恋人の姿を見つけた。俺は無駄だと分かっていても、そうする事を自制できなかった。
「開けてくれ!」
俺は列車のドアを拳で叩きながら怒鳴った。防弾強化ガラスのドアを何度もたたき続けるうちに手から血がしたたり落ち始めたが、俺は痛みを感じる事も忘れ、ゆっくり動き出した列車の中から必死にそのバスに向けて手を伸ばそうとした。
「お願いだ!俺も連れて行ってくれえええええ!」
俺の叫びは彼女に届くはずもなく、夕暮れの薄闇の中で動き出した列車の音に無情にかき消されて行った。
コメント
1件
わあああ…!これ、めっちゃ怖いけど面白すぎる😭💦 「内定おめでとう」からの地獄すぎる展開に一気に引き込まれたよ…!首輪とか、自♡♡♡たら親族死刑って制度がもう本当に恐ろしい。でも「カンビュセス・システム」って名前の由来がペルシャの話から来てるってところが深くて、ゾッとした。 主人公の「どうして俺なんだ」って絶望感がリアルすぎて胸が痛い…。真紀との別れのシーンも切なすぎる😢 続きが気になりすぎる!早く次読ませてください!!🔥