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「ああ、ピザーラのテリヤキチキンが食いてーー!!」
凪誠士郎は嘆いた。
スマホで宅配ピザの注文に挑むものの、住所入力画面で跳ねられる。
『配達エリア圏外』
ここはブルーロック。山の上に浮かびあがる、青い監獄。
我が儘は言わない。この際、ドミノピザでも、ピザハットでもいいのに。
「山の一つくらい、登ってこいやー! バイクだろ?! こちとら、10キロ走ってコンビニ行くんじゃい!」
スマホの上に枕を敷いて、思いっきり踏みつける。
二度、三度。
「はぁー、はぁー」
そのうち落ち着きを取り戻し、冷静になった凪は、馬鹿らしくなって、スマホを枕の下から抜き取り、寝っ転がって、また、スマホいじりを再開した。
Uberも同じ理由で全滅。
マクド、ケンタ、ロッテリア。
ジャンクフードが食べたい。それらの味を懐かしむ凪だった。
あー、見られてんなー。
朝の食堂で、お盆を運びながら、潔世一はうんざりしていた。
御影玲王の刺すような視線が、今日も痛い。
潔は、御影玲王に不興を買っていた。
凪の件で。
自分が新星のように現れて、凪を虜にしてしまったものだから、悔しくてしょうがないらしい。
ああ、睨まれてるなあ。
そう思いながら、納豆をかき混ぜていると、ドン、と目の前にお盆を置いて、御影玲王が向かい合わせに座った。
潔はあくまで冷静を保って、納豆を白飯の上にかけた。
「……」
御影玲王は無言でクロワッサンに噛みついていた。
「おまえ、お坊ちゃんなんだって?」
潔が口火を切った。
「だからなんだ」
「ばあやがいるとか」
「いちゃ悪いか」
「ここにも親のコネで入ったんじゃねーの」
嫌味の一つも言ってやりたくなる潔だった。
ピシッ。
御影玲王の額に青筋が浮かぶ。
「いいか、凪は俺が見つけた才能と資質だ。センスだ」
それだけが、彼のアイデンティティー。
凪が自分だけのものだと、言いたいのだ。
確かに、凪のプレーを見ていても、サッカー歴半年とはとても思えないが。
「でも、凪が好いてるのは、俺だ」
ふん、と潔が鼻を高くして言ってやると、
「この野郎……!」
真実を告げられて、御影玲王は、ぐうっと押し黙った。
潔は把握している。
プレーに置いても、私生活に置いても、凪が御影玲王から急速に興味を失っていることを。
最近では、ほとんど透明人間みたいにあしらわれていることを。
「潔ー、おはよ」
そこに、凪が現れて、潔の隣に腰を下ろした。
「おはよう、凪」
凪は御影玲王のことには無関心で、視界に入っていない。
「潔。試したい戦術があるんだ」
「おう。選抜に残れるように、がんばろーぜ」
二人は仲良く、会話を交わした。
御影玲王を置き去りにして。
事後、ベッドの中で潔は凪と会話を交わしていた。
「今度、Uー20とテストマッチするだろ?」
「ずいぶん、先の話だな」
凪が、気怠そうに前髪を掻き上げる。
その仕草がセクシーで、潔は内心、ドキリとする。
「それに合わせて、女性誌の『an・an』でブルーロック選抜の特集やるらしいんだ」
「へぇ」
「そのグラビアのモデルに、凜と、何故か俺が選ばれたらしい」
「表紙とか飾ったりすんの?」
「うん。凜は分かるけど、なんで、平々凡々な俺が選ばれたんだろ。凪の方が絶対見栄えするのにさ」
常識に照らして見れば、そうだ。
「オレは……無表情なオレより、表情豊かで笑顔の可愛い潔のが適任だと思う」
「そっかなぁ」
潔は照れた。
「うん、絶対そう」
「次の日曜、撮影行ってくる」
「合法的に外に出かけられて、いーなー」
「いーだろ」
ぱちん、と潔は凪の形の良いおでこに、デコピンをしたのだった。
そして、撮影当日。
潔は支給された、フォーマルな装いに着替えていた。
それは、身体にぴったりとフィットして、気味が悪いくらいだった。入所時に全身採寸されたので、それでだろうが。
この歳で、オーダーメイドスーツとか超贅沢だ。
エントランスで、糸師凛と合流する。
凜はさも当然という顔で、パリッとスーツを着こなしていた。
「今日は、よろしく」
「ああ」
形式的な挨拶をして、ロータリーに横付けされたミニバンに乗り込む。
助手席には、マネージャー役の帝襟アンリが座り、二列目の窓際に凜が、一席空けてその左隣に潔が、それぞれ座っていた。
車が走り出しても、凜は車窓の風景を眺めるばかりで、無言を貫いている。
これを契機に親交を深めるべきか?
話しかけるべきか?
考えに考え抜いて、潔はついに言葉を発した。
「モ、モデルなんて、緊張するよなっ!」
こちらを振り向いた凜は、
「別に」
平常通り、落ち着き払っていた。
間近で見る凜の顔立ちは整っていて、潔はまじまじと観察する。
うっわ。
下睫毛、なっが。
「Uー20のメンバーにいる、糸師冴って凜の兄貴なんだろ? やりにくくねえの?」
すると、凜の表情が一気に殺気立った。
「その名前を二度と口に出すな。次、言ったら、ぶっ殺す」
うわあ。
こいつ、目がマジだ。
「ご、ゴメン」
別に悪くもないのに、謝ってしまう、潔だった。
「フン」
凜はまた、車窓に目をやった。
それっきり、会話は途絶えた。
到着した現場は、こじんまりとしているが、黒くペイントされた螺旋階段を降りた先にある半地下のスタジオだった。
中に入ると、プロデューサーだろうか、イケオジの男性が二人を出迎えた。
「二人とも、スタイルいいねぇ。特に糸師凛くん。君は絵になるよ、きっと」
へーへー、どうせ俺はハナから凜のおまけですよ。お星様の引き立て役Bですよ。
等と、潔はひがんでいたが、そんな間もなく、撮影の準備が始まる。
まずは、メイクとヘアセットだ。
ちゃっちゃと三人がかりで弄られる。
「肌キレイだし、美形だから、直すとこほとんどないわね」
「そうすか」
「お肌のハリが羨ましい。若いって良いわぁ」
「はあ」
ミラーに映る自分が、どんどん変わって行く。
マジックみたいだった。
そして、白いスクリーンの前に立たされて、遂に撮影が始まる。
「いいねぇ。目線、こっち頂戴! 笑顔で」
カメラマンはとにかく被写体を担いでいるのか、褒める。乗せるのが上手い。なので、潔もだんだんその気になってポーズを決め始める。
生花とか持たされたりして。
「あっちぃ」
焚かれた照明が熱い。汗が浮き出る。
すると、すぐに助手の人が飛んできて、コットンで汗を抑える。
カメラのシャッターが切られる都度、逐一、メイクさんやスタイリストさんやヘアメイクさんたちが入ってきて、微細な点を修正する。忙しい。
撮影って大変だ。
生半可な覚悟では出来ないな、と思う。
「じゃあ、ユニフォームに衣装チェンジしようか」
着替えて、また、撮影。
とりあえずボールを持たされて、リフティングやシュートをする瞬間などを撮られる。
「上、脱いでみよう」
「え」
潔はカメラマンの要求に戸惑った。
こんな、たくさんの目がある前で肌を晒すのには抵抗があったが、
「サービス、サービス」
女性誌だし、需要があるのだろう。潔は諦めて、大人しく上を脱いだ。
「すごい腹斜筋だねぇ」
そんな褒められても。
潔は恥じらいつつ、カメラのフレームに納まった。
撮影を終えると、PC上で、撮影した写真が、凜と合わせて何百何千枚と、まとめて並ぶ画面を見せて貰った。デジタルなので際限ない。そこには潔の知らない自分自身がいた。こうやって切り取られるのか、と感嘆する。
その次は、インタビューを受ける。
女性ライターと一対一でQ&A。
想定問答集には一通り目を通したが、頭が真っ白になって、気の利いた受け答えが出来たかどうか。そこだけ、緊張で記憶が飛んでいる。
凜は淡々とインタビューに答えていた。
さすがだ。
「今日は一日お疲れさん」
「お疲れ様でした」
ちやほやされて、一日がかりの撮影は終わった。
また、着てきたスーツに着替えて、
「これがアイドルってやつなのかなぁ」
外の空気を吸って、潔は伸びをした。
「興味ないね」
凜がどこかで聞いたような科白を吐いた。いや、そりゃ兄貴のだろう。なんつて。
車に乗り込んで、帰途に就く。
「あ、ちょっと寄って欲しいとこがあるんすけど」
折角都会に出て来たんだ、こんなチャンス滅多にない。
帝襟アンリに頼んで、寄り道して貰う。
「うっし」
『土産買ったから、楽しみにしてろ』
と、凪にLINEを送る。
すっかり夜の帳が下りた頃、忌むべきブルーロックに帰還した。
エントランスを抜けた、チェッカーの向こう側に、凪の姿があった。
「潔! おかえり!」
「ピザーラに寄って貰って、テリヤキチキン買ってきた。食いたいって言ってたろ。お持ち帰りは二枚目無料だったから、マルゲリータもあるぜ。食堂行って、あっため直して食おーぜ」
手に持った、ピザが入ったビニール袋を示す。
「潔、しゅきーー!」
凪が飛びついてきた。
土産で凪が釣れた。
ここはブルーロック。
飢えたケダモノの吹きだまり。
ずっと後日。
刷り上がったばかりの『an・an』が送られてきた。
「潔、すげー。アイドルみたい。かっちょいー」
凪がベッドでパラパラ雑誌を捲っている。
「写真写り、いーな!」
「母さんが、十冊買って、近所に配るって息巻いてた。圏内の書店巡って、勝手に息子が表紙の『an・an』を平積みにして回るんだってさ」
「張り切ってるなぁ」
折しも、世間はUー20とのテストマッチの話題で持ちきりだ。
その効果も手伝って、雑誌の売れ行きは絶好調らしかった。
運命の日、ピッチ上に立っているのは——。