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#異世界転移
花月夜れん
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目が覚めると、私は医務室の無機質な白い天井を見上げていた。消毒液のツンとした匂いが鼻腔をくすぐる。「リリー! 目が覚めたかい!?」
その切迫した声にゆっくりと顔を向けると、ベッドのすぐ横に兄が座っていた。普段の気品漂う佇まいからは想像もつかないほど心配そうな表情を浮かべ、私の右手をごつごつとした両手でぎゅっと握りしめている。
「おにい……様? 私……は……?」
喉がカラカラに乾いていて、かすれた声はまるで自分のものではないみたいだった。
「部屋で倒れていたところを、アリサが見つけたんだ。大丈夫かい? 頭が痛むとか、気持ち悪さはないか?」
私は、重い頭を少しずつ動かしながらゆっくりと首を横に振った。
「ああ、よかった……! 今、アリサを呼んでくるよ。じっとしているんだぞ」
心底安心したように胸を撫でおろし、急ぎ足で部屋を出ていくお兄様の背中を見送りながら、私はもう一度、ぼんやりと天井を見つめた。
私は──
そっと目を閉じると、脳裏に一筋の鮮烈なメロディーと、忘れもしない光景が奔流となってよみがえってくる。 ……如月鈴。
そう。私はこの世界のリリー・アルベールであって──同時に、あの世界で生きていた「如月鈴」でもあるのだ。
すべての記憶が繋がった。音楽、愛おしい仲間たち、心から愛した歌、そして──誰よりも大切だった彼のこと。
きっと、押し寄せてきた膨大な記憶のフラッシュバックに身体が耐えきれず、倒れてしまったのだろう。昔から胸の奥に感じていた正体不明の違和感は、これだったのだ。
「なーんだ……そういうことだったんだ」
ひとりごちた瞬間、医務室の重厚なドアが勢いよく開いた。
「お嬢様……! お嬢様!!」
今にも泣き出しそうな真っ青な顔をしたアリサが飛び込んでくる。その手には、さっきまで私が音楽室で演奏していた一枚の楽譜が握られていた。
ぼんやりとそれを見つめながら、ふと、記憶を取り戻す直前に自分が呟いた言葉を思い出す。
『この曲の作者に、会ってみたいわ』なんて……。
あんな言葉をよくも言えたものだ。この曲は──私が溢れる想いを言葉にして、怜央が命を吹き込むように音にしてくれた、ふたりだけの宝物だったのに。
何も知らずに放った言葉が、愛おしさと切なさとなって胸に強く刺さる。
どうして忘れていたのだろう。あんなにも強い想いを込めた旋律を、自分自身で──一音一音、紡いだはずなのに。
「これ……床に落ちていました。あの時、お嬢様が弾いていらした……大切なものかと思って……」
アリサが差し出してきた楽譜を、私は静かに受け取った。指先で、五線譜の上に並ぶ愛おしい音符たちをそっとなぞる。
「ええ、ありがとうアリサ。これ、私にとって何よりも大切なものなの」
そう口にしながら、自分の手が小さく震えているのが分かった。胸の奥から熱いものが溢れ出し、視界が涙でじんわりと滲んでくる。
「大丈夫ですか、お嬢様? まだお顔色が……」
「うん。大丈夫、心配いらないよ」
会わなきゃ。一刻も早く、みんなに──怜央に。
「お嬢様……?少し様子が────」
「やらなきゃいけないことができたの。アリサ」
「……はい?」
「私はもう大丈夫。きっと」
あの曲を……もう一度、彼らの前で奏でたい。
もう一度……あの人に会いたい。
────
夜、静まり返った医務室。窓の外に、微かな人の気配を感じた。視線を向けると、月明かりが届かない暗がりの中、じっとこちらを見つめる見覚えのあるシルエットがあった。
ドクン、と心臓が大きく跳ね上がる。
(今日も……来てくれたんだ)
私は足音を殺して窓辺へ寄り、そっと静かに窓を開けた。
「こんばんは」
「今日は部屋にいなかったから探すのに苦労したぜ。こんなところにいたのか」
闇の向こうから聞こえたその低い声に、胸がキュッと締め付けられる。
(ねぇ……怜央……)
私、ここにいるよ。ずっと探していた鈴は、ここにいるんだよ。
「……あの 」
「ん?」
「怜──」
彼の名前を口にしようとした、まさにその瞬間だった。
──バンッ!
部屋の扉が暴力的な音を立てて開いた。
「リリー、大丈夫かい!? さっき、窓の外に不審な人影が見えて……!」
兄の緊迫した声だった。
「おいっ! そこにいるのは誰だっ!」
懐中電灯の光が窓辺を照らし出す。しまった、見つかった!
「そこの者、何者だ! 妹に何をするつもりだ!」
威圧感を込めた厳しい声が部屋中に響き渡る。怜央は一瞬だけ私の方を振り返り、困ったように肩をすくめた。
「やば……今日は帰るわ。またな」
低く呟くと、彼は身軽な動作で窓枠を乗り越え、そのまま夜の闇の中へ飛び降りていった。
「待っ……て!」
私は窓の外へ身を乗り出し、必死で叫んだ。けれど、私の声は夜風にかき消され、怜央の背中は闇の中に紛れて綺麗に消え去ってしまった。
「リリー! 大丈夫かい!?」
お兄様が青ざめた顔で駆け寄ってくる。
「え、あ……はい。大丈夫です。ありがとうございます、お兄様……」
言えなかった……。どうしよう。こんな目にあって、彼はもう二度と来てくれないかもしれない。
それに、もし奇跡的に話せたとしても「私が鈴だよ」と口頭で伝えただけで、彼が信じてくれる保証はどこにもないのだ。
どうすれば私だと証明できるのだろう。何か、私だけにしかできない確実な方法は……。
そこで思い出した。たしか怜央は、この世界で冒険者をやっていると言っていた。
ならば──もし「依頼」という形で彼らを公式に呼び出すことができたなら?
大勢の前で私の音楽を、歌声を届けることができたなら。それこそが何よりの証明になるはずだ。
「お兄様……お願いがあります」
「なんだい? 何でも聞くよ」
私は意を決して、お兄様の目を真っ直ぐに見つめた。
────
「しばらくは、あそこへ行くのは控えた方が良さそうだな」
自室の窓辺で呟いた声に、苦い笑いが混じった。
東の空から朝日が差し込み、街を白く照らし始めていく。眠たい目を擦りながら、昨夜の出来事を思い返していた。
これほど用心深く行動したのは久しぶりだ。
去り際、彼女が何かを必死に言おうとしていた気がする。けれどあの時は逃げることで精一杯だったし、あの過保護そうな兄の怒鳴り声にかき消されて、結局何も聞き取れなかった。
(……まあ、顔は見られてない。たぶん)
部屋の明かりは点いていなかったし、向こうから見えたのは俺のシルエット程度のはずだ。もし顔まで割れていたら、とっくに騎士団がこの宿屋に乗り込んできているだろう。
──無事に帰ってこられたんだ、今はそれで十分だ。
そう自分に言い聞かせていたその時、ドアがノックもなしに勢いよく開いた。
「玲央! ちょっとこれ見てくれよ、変な依頼が来たんだ!」
跳び込んできたのは隼人だった。手には、見慣れた冒険者ギルドの羊皮紙が握られている。だが、その表情はあきらかに妙だった。
「依頼……? ?」
受け取って目を通すと、そこには俺、隼人、そして明里の三人の名前が指名欄にしっかりと記載されていた。なのに、一番重要な依頼主の名前が綺麗に空欄になっている。
「しかも依頼内容を見てみろよ。『魔法学園の学園祭のステージを観覧すること』だけだぜ? 護衛でも討伐でもない。変すぎるだろ」
「ああ……確かに、怪しい依頼だな」
生真面目に考察する隼人の横で、俺の胸の奥に言い知れぬ引っかかりが生まれていた。
「……ねえ、行ってみようよ」
隣の部屋から、明里がそっと顔を覗かせた。
「指名されてるってことは、絶対に何か特別な理由があるはずでしょ。普通の依頼じゃないのは確かだよ」
「まあ、わざわざ俺たち三人を特定して指名してくるってのは……確かに引っかかるな」
隼人が腕を組み、唸るように呟く。
俺はもう一度、手元にある依頼書に視線を落とした。
頭から離れない。あの時、窓越しに見た彼女の切なさを含んだ瞳。
何かを必死に伝えようとしていた表情。
最後に、俺の名前を呼ぼうとしていたような──あの声。
(……まさかな)
即座に頭を振る。考えすぎだ。そんな都合の良い奇跡があるはずがない。
でも──。
「──この依頼、受けよう」
胸の騒めきを抑えきれず、俺は力強く言葉を吐き出した。
「確かめたいことがある」
明里と隼人が驚いたように顔を見合わせる。
これが単なる偶然じゃないのだとしたら。
いや、たとえ全てが俺の自惚れや偶然だったとしても──俺はもう一度、あの場所へ行って確かめたいんだ。
コメント
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えー第37話読んだよー!!😭💕 リリーがついに如月鈴としての記憶全部取り戻したシーン、胸がぎゅってなった…!「この曲の作者に会ってみたい」って過去の自分にツッコミ入れたくなる気持ちめっちゃわかる〜!!そして窓辺で怜央ともう少しで名前呼べそうだったのに兄貴に邪魔されるもどかしさ…!最後の依頼書で「確かめたいことがある」って怜央が動くの、次の展開が気になりすぎるよ…!!続きめっちゃ待ってる🌸