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永世⇢ℛNui🌍💫@りむるなあ
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あいつは、うるさい。
声も、態度も、存在そのものも。
すべてが無遠慮で、騒がしい。
「おーい、またそんな顔してんのかよ」
案の定、背後から聞こえる声。
振り返るまでもない。
「……用件を言え、アメリカ」
低く返すと、軽い足取りで隣に並んできた。
「別に。暇だったから来ただけ」
「帰れ」
即答した。
だが、あいつは気にも留めない。
「つれねーな。ちょっとくらい相手してくれてもいいだろ?」
距離が近い。
わざとだと分かっている。
私は一歩だけ離れた。
「無意味な時間に付き合う気はない」
「無意味じゃねーって。ほら」
そう言って、あいつは缶コーヒーを差し出してくる。
「……いらん」
「いいから受け取れって」
半ば強引に押し付けられる。
拒否しきれず、仕方なく受け取った。
「……恩着せがましい」
「素直にありがとって言えねーの?」
軽く笑われる。
癪に障る。
だが、缶の温もりが掌にじんわりと広がった。
冬の空気は冷たい。
指先はかじかみ、感覚が鈍る。
それを分かっていて渡してきたのだろう。
……余計な気遣いだ。
「で、何してたんだよ」
「貴様に関係はない」
「あるだろ。こうして話してんだから」
理屈になっていない。
だが、言い返す気にもならなかった。
沈黙が落ちる。
それでも、あいつは帰らない。
隣に立ったまま、空を見上げている。
「……騒がしいと思ったら、急に静かだな」
「たまにはな」
肩をすくめる。
本当に調子が狂う。
いつもはもっと、無駄に喋るくせに。
「お前さ」
不意に、こちらを見る。
その視線は、やけに真っ直ぐで。
「無理してね?」
「……何の話だ」
「何って、そのまんま」
軽い口調のまま、核心に触れてくる。
「いつもピリピリしてるし、全部一人で抱え込んでそうだし」
「……余計なお世話だ」
「だよな」
あっさり引いた。
だが。
「でも、そう見えるんだよ」
一言だけ、残した。
言葉が、妙に引っかかる。
「貴様に、何が分かる」
思わず口をついて出た。
「分かるかよ」
即答だった。
予想外すぎて、一瞬言葉を失う。
「俺はお前じゃねーし。でもさ」
あいつは、少しだけ視線を逸らしてから。
「分かろうとするくらいは、できるだろ」
そう言った。
――理解できない。
なぜそこまで踏み込んでくる。
放っておけばいいものを。
「……不要だ」
短く切り捨てる。
それ以上、関わるなという意味を込めて。
だが、あいつは笑った。
「そーいうと思った」
まるで分かっていたかのように。
「でも、やめねーけどな」
「……」
言葉が出なかった。
呆れか、苛立ちか。
あるいは、そのどちらでもない何かか。
自分でも分からない。
「なあ」
今度は、少しだけ声が低くなる。
「一人で全部背負うの、カッコいいと思ってんのか?」
「……」
「俺はそうは思わねーな」
はっきりとした否定。
反論しようとしたが、うまく言葉が出ない。
「弱いとか、そういう話じゃねーよ」
あいつは続ける。
「たださ、誰かに任せるって選択もあるってだけ」
簡単に言う。
だが、それは。
「……簡単に言うな」
ようやく絞り出した言葉。
「分かってる」
珍しく、真面目な声だった。
「簡単じゃねーよな」
一歩、近づく。
反射的に身構える。
だが、攻撃してくるわけでもない。
ただ、そこに立つだけ。
「だからさ」
缶を持つ手に、軽く触れてきた。
一瞬、体が強張る。
「せめてこれくらいは受け取っとけ」
触れたのは、ほんの一瞬。
それだけで、妙に意識してしまう。
「……もう受け取っている」
「そーじゃなくて」
苦笑する。
「気持ちの方な」
――面倒だ。
本当に。
何もかもが。
だが。
「……貴様は」
気づけば、言葉が出ていた。
「なぜ、そこまで関わろうとする」
素朴な疑問だった。
あいつは一瞬だけ驚いた顔をして、それから。
「さあな」
肩をすくめる。
「放っとけねーだけ」
あまりにも曖昧な答え。
だが。
それ以上、聞き返す気にはならなかった。
沈黙が落ちる。
今度は、先ほどよりも重くない。
不思議と、居心地が悪くなかった。
「……帰る」
ふと、そう告げる。
「ああ」
あいつはあっさり頷いた。
引き止めない。
それが、逆に引っかかる。
数歩進んで、足を止める。
振り返るつもりはなかった。
だが。
「……アメリカ」
名前を呼んでいた。
「ん?」
振り返る気配。
視線は合わせないまま。
「……その」
言葉が詰まる。
こんなことを言うのは、らしくない。
分かっている。
それでも。
「……悪くはない」
小さく、そう言った。
何が、とは言わない。
言う必要もない。
一瞬の沈黙のあと。
「はは、そりゃよかった」
あいつは、いつもの軽い調子で笑った。
だが、その声はどこか柔らかい。
それ以上は何も言わず、今度こそ歩き出す。
背中に視線を感じる。
だが、振り返らない。
――距離は、まだ必要だ。
すぐに縮めるつもりはない。
だが。
完全に拒絶する理由も、もうなかった。
冷たいはずの風が、どこか和らいでいる。
掌に残る、缶の温もり。
それと同じくらい。
消えない何かが、確かに残っていた。