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先日、休日の図書館で偶然、クリス殿下とお会いした。
クリス殿下とわたしの白熱した議論を聞いていた方々も一緒になって、議論を交わせたのはとても充実した時間だった。
市井の人達が議論に加わってきたのに、クリス殿下は一つ嫌な顔をせず、むしろその場を楽しんでいたように思う。
こういうことで、気を悪くしたり怒ったりするような人ではないと思っていたけど、クリス殿下は機転がきき、柔軟な考えの出来る方だとまたひとつ、彼を知った。
こんな方が王族であって良かったとつくづく思う。
ペイトン様とのデートがお茶会になったことを報告した時は、打ち合わせと違うお茶会になったので、長い前髪の奥から心配してくださる雰囲気がヒシヒシと伝わってきた。
その気持ちに本当に励まされる。
今日はペイトン様とお茶会の日だ。
こうやって、あれこれ過ぎた日のことを思い出したり考えるのは、いまから始まるペイトン様とのお茶会がどうしようもなく不安だから、思考が現実逃避をするのだろう。
この間、3人で流行について勉強したとおり、流行を取り入れたドレスを着てみた。
似合っているのかそうでないのかは自分ではわからないけど、家の者達は口を揃えて「よく似合っておいでです!領地に帰ってもたまにはこの服をお召しになってください。留守番のみんなにも見せてあげたい!」と泣きそうな顔で切望してくる。
ペイトン様の前では少しだけでも自信を持ちたいので、ここはみんなの似合っているという言葉を素直に受け取っておくことにする。
ペイトン様はわたしのこのドレス姿を見て、どう思ってくださるのだろうか?
政略結婚をする婚約者だけど、「綺麗だね」というお世辞の言葉とわかっていてもそう言ってくださることを少しだけ期待しても良い?
時間通りに来てくださったペイトン様を玄関で恭しくお迎えをし、応接室へとご案内をする。
今日のペイトン様もそれはそれは美しい。
今日はいつもよりお疲れなのか、少しやつれておられて、それがより一層妖艶な雰囲気を醸し出しているから、この方の色気が半端ない。
わたしは辺境の鈍感田舎娘だから、まだこの色気に耐えられるけど、普通のご令嬢なら卒倒しているに違いない。
「ペイトン様、舞踏会以来ですが少しおやつれになりましたか?騎士団のお仕事が忙しいのですか?」
「そうだね。舞踏会以来だね。今日はシャンディ嬢からのお誘いだったから少しびっくりしたよ。仕事も忙しくいろいろ大変なんだ。そんなに酷い顔をしている?」
「少しお痩せになられたように感じたので。本日は美味しいチーズケーキを用意したのでそれで癒されてくださいね」
出てきたチーズケーキを見て、3人で王都で1番人気のケーキ屋を「見学」したことが思い出される。
あれは楽しかったな。
「ペイント様、このチーズケーキは王都で1番人気のケーキ屋さんのものです」
「知ってるよ。俺も何度か行ったことがある。ここのケーキ、どれも美味しいよな」
「そうなんですね。どれも美味しいんですね。ペイトン様オススメのケーキは何ですか?」
あまり元気のなかったペイトン様の瞳がパァと急に明るくなりケーキについて語ってくださる。
わたしはペイトン様の話しを一生懸命に聞くフリをする。
ねぇ。ペイトン様。
男同士ではケーキについて語れるほど、ケーキ屋に行かないですよね。
季節のケーキや定番のケーキについて、こんなにこのお店のケーキにお詳しいのは何故かしら?
入口で控えていた侍女をチラッと見ると、目が合い複雑そうな顔をされた。
今日のペイトン様は相当お疲れね。
こんな簡単な誘導尋問に引っかかるなんて。
お茶会はきっちり1時間で終了した。
最後の方は机の下に置いた手で握った懐中時計で何度も何度もペイトン様は時間を確認されるので、「お忙しいなら、今日はこの辺で」と切り上げる提案をわたしがすると嬉しそうに頷かれ、あっさり終わった。
満面の笑みで帰られるペイトン様を玄関まで見送り、流行のドレス姿のわたしは虚しさに襲われた。
期待していた訳じゃないけど、期待していた。
「綺麗だね」の言葉を。
クリス殿下、申し訳ありません。
わたしではペイトン様の愛を掴めそうにありません。
彼の瞳にわたしは映らないようです。