テラーノベル
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放課後、吹奏楽部の部室前。
今日はギター部の練習が早く終わった俺と若井は、
涼ちゃんの練習が終わるのを待っていた。
廊下の向こうから、あの澄んだ音色が聞こえてくる。
……が、それは途中でふいに途切れた。
「ん?」
若井が眉をひそめる。
直後、ガシャッという金属の鈍い音と、低く短い声が響いた。
部室の扉を開けると、涼ちゃんが楽器ケースの横で固まっていた。
フルートの管体が床に横たわり、キーのひとつがわずかに曲がっている。
「……あ」涼ちゃんの口から、息が抜けるみたいな声が漏れた。
「やっちゃった……」
俺と若井は慌てて近づいた。
「ケガは?」
「ううん、僕は平気。でも……」涼ちゃんは膝をついて
慎重にフルートを拾い上げた。
金色のケースが机の端からずれていて、
中の布が少しはみ出している。
おそらく置くときにバランスを崩して落ちたのだろう。
「これ……直る?」
若井が小声で俺に訊く。
俺は楽器に詳しくないが、明らかにキーが少し歪んで見えた。
「……専門の人に見てもらったほうがいいな」
涼ちゃんはしばらく楽器を見つめたあと、小さく笑った。
「大丈夫。こう見えて、フルートって案外タフなんだよ」
その笑顔は、少しだけ無理しているようにも見えた。
結局、俺と若井は涼ちゃんに付き添って、商店街にある楽器店まで一緒に行った。
店内には木の匂いと金属の光沢が漂っていて、壁にはいくつもの楽器が並んでいる。
店員に見せると、あっさりと「すぐ直りますよ、15分くらいで」と言われた。
「え、そんな早く?」若井が拍子抜けした声を出す。
「ほら、言ったでしょ?」涼ちゃんが肩をすくめる。
修理を待つ間、俺たちは店の奥にあるカフェスペースでホットココアを飲んだ。
窓越しに見える夕暮れは昨日より少し薄く、空気は冷え始めている。
涼ちゃんはマグカップを両手で包みながら、小さく呟いた。
「……もし、これが直らなかったらどうしようって、一瞬思った」
その声には、兄から受け継いだ楽器への思いが滲んでいた。
俺も若井も、あえて何も言わなかった。
代わりに若井が「じゃあ、直ったら3人で音色祝いしようぜ」と笑った。
15分後、ほぼ新品みたいに戻ったフルートが涼ちゃんの手に返された。
「おかえり」涼ちゃんが楽器に向かって微笑む。
その光景は、まるで人と人の再会みたいだった。
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