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高く、果てしなく澄んだ空。
天界の空気はいつだって静かで、透明で、時間さえ凍っているようだった。
そこに立つのは、一人の天使───不破湊。
彼は神に仕える上位の天使のひとり。
白銀の髪に、雪のように純白の翼。
その存在だけで、あたりの空間が光に包まれてしまうほどの、神聖な美しさを持っていた。
不破湊「……行ってくるね」
誰にともなくそう呟くと、翼を広げ、天界から地上へと降りていく。
朝の光が彼の髪と羽根を照らし、淡く虹色に輝いていた。
手には小さな紙袋───中には、人間界のパン屋で買ったチョココロネが4つ。
不破湊「今日も、あの人たちに会えるかな〜」
ゆるやかに降りていく空の階段。地上の空気に触れるたび、不破湊の表情は少しずつ柔らかくなる。
街の音、車の走る音、人々の話し声、草の匂い、土の温度。
すべてが、彼にとっては“新鮮”で“愛おしい”ものだった。
そして、不破湊が降り立ったのは、街の片隅にある、こぢんまりとした公園。
朝の光が差し込むベンチのそばに、ひときわ明るい声が響く。
三枝明那「ふわっち〜〜!!」
不破湊「明那くん、おはよ〜」
三枝明那が、いつものように元気に手を振ってくる。
そのすぐ後ろ、落ち着いた足取りで甲斐田晴が歩いてくる。
甲斐田晴「今日もちゃんと降りてきたんだね。不破さんの羽、やっぱきれいだなぁ」
不破湊「えへへ〜ありがと〜」
不破湊は恥ずかしそうに羽を小さく畳んだ。
白い羽はふわふわとしていて、光に透けてきらめいている。
三枝明那「それな。マジでどうなってんのあれ、ふわふわじゃん。……さわってもいい?」
不破湊「うん、いいよ〜」
三枝明那「まじで!? わー……ほんとに、天使の羽だ……なんか、あったかいな……」
三枝明那が羽にそっと触れた瞬間、湯気のように優しい温もりが指先に伝わる。
不破湊「地上の空気、冷たいからかな〜。ちょっとだけ熱持っちゃうみたい」
甲斐田晴「やっぱり不思議な存在だな、不破さんは。……で、その袋はなに?」
不破湊「これ? 今日の朝、パン屋さんで買ったの。チョココロネっていうらしいよ〜」
不破湊が紙袋を開けてみせると、ふんわりと甘い香りが立ち上った。
不破湊「この前、明那くんが“チョコ好き”って言ってたから……見つけて、つい〜」
三枝明那「……お、おれのため?」
不破湊「ううん、みんなのぶんもあるよ〜。ちゃんと4つ買ってきたの!」
甲斐田晴「……律儀すぎるな、不破さんって」
三枝明那「なんか、……なんかもう、ありがてぇ〜……」
不破湊「えへへ〜“ありがとう”って言われるの、すごくうれしいの」
天使らしい、でもどこか“子供みたいな”素直さが、不破湊の言葉にはあって、それが一層、彼を一際特別な存在に見せていた。
と、そこへまた声が響いた。
加賀美ハヤト「おや、不破さん。おはようございます」
剣持刀也「うわ、ほんとに来てる。毎日よく飽きねぇな〜天使さん」
不破湊「ハヤトくん、刀也くん! おはよ〜!」
不破湊がにっこりと笑って手を振ると、加賀美ハヤトは落ち着いた微笑みで応じ、剣持刀也は「しゃーねーな」と言いつつも、ちゃんとベンチに座った。
不破湊「はい、2人のぶんのチョココロネもあるよ〜」
剣持刀也「……これ、天使がくれたパンってだけで、宗教とか出来そう」
加賀美ハヤト「不破さん、本当に……毎日こうして降りてきて、我々に会いに来てくれるのですね」
不破湊「うん〜。みんなと話すの、楽しいから」
明那「……ねぇ、ふわっちってさ、毎日どれくらいかけて降りてきてんの?」
不破湊「んーと……階段降りるだけで2時間くらい?」
三枝明那「え、2時間!?」
甲斐田晴「それって往復?それとも帰りも……?」
不破湊「うん、帰りはちょっとだけ速くて1時間半くらい〜」
剣持刀也「どんだけやる気あんだよ……」
不破湊「やる気っていうか〜……会いたいって思うから、来ちゃうの〜」
その言葉に、場が一瞬静まり返った。
全員が、わずかに視線を伏せる。
心のどこかが、確かに揺れた。天使の“好き”や“会いたい”は、きっと意味が違う。
だけど、それでも───
加賀美ハヤト「……それは、我々にとっても、光栄なことですよ。不破さん」
不破湊「ふふっ、こちらこそ〜」
その日の公園は、穏やかで、光に満ちていた。
天使が真ん中にいる日常。
それはあまりに特別で、でも、誰もその時はまだ気づいていなかった。
この“当たり前”が、永遠じゃないことを───
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