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天界の光は、今日も静かに差し込んでいた。
霞がかった雲の上に立ち尽くすひとりの天使。不破湊の白銀の髪が、ふわりと宙に揺れた。
不破湊「ふわぁ……今日も晴れてる~」
のんびりとした声が、どこまでも透き通って広がっていく。
眩い太陽の光を受けた純白の羽が、ゆっくりと開かれ、風と一体になるように天から地へと滑空した。
人間界に降り立つのは、これで何度目だろう。
数え切れないほどの時を過ごしてきた不破湊にとって、それは特別なことではなかったはず。
けれど、ここ最近はなんだか心がふわふわしていた。
チョココロネを買うためでもなく、風に当たるためでもなく、あの四人に会いたくて地上へ降りている。
自覚はない。
けれど、確実に何かが変わっていた。
人間界に降りてすぐ、彼が最初に向かうのは小さなパン屋。
昔ながらのレトロな店構えで、道を歩く人々が、足を止めては甘い匂いに引き寄せられていく。
不破湊「こんにちは~、チョココロネ、今日もありますか~?」
店の奥から顔を出した店主が、目を細めて微笑む。
店主「湊ちゃん、今日も来たねぇ。あるよ、ちゃんと取っておいた」
不破湊「えへへ、嬉しいな~。あ、5つください!」
店主「また5つ?君みたいに細い体で、よく食べるねぇ」
不破湊「えっ、全部は食べないよ~。お友達の分もだよ~」
そう言って微笑む不破湊の笑顔は、天界の光そのものだった。
誰もが振り返るほど整った顔立ちに、澄んだ瞳。人の姿をしていながら、どこか現実味がない。
それでも、この街に溶け込むように彼はいた。
5つのチョココロネが入った紙袋をぶら下げて、彼はゆっくりと歩き出す。
目的地は、川辺のベンチ。
いつもの場所。いつもの顔ぶれが、きっと今日もそこにいる。
河川敷には、柔らかい風が吹いていた。
木々がざわめき、草が揺れる。そこに、先に座っていたのは甲斐田晴と三枝明那。
甲斐田晴「……来るかな、今日も」
三枝明那「来るに決まってるでしょ。ふわっちってめっちゃ律儀そうだし」
甲斐田晴「律儀、っていうか……うん、天使ってあんな感じなのかなって思った。優しくて、ふわっとしてて、でもちゃんと覚えてて……なんか、変なんだけど、落ち着く」
三枝明那「わかるような、わからんような……てか、ちょっと好きになってね?」
甲斐田晴「バッ……違うし」
照れたように視線をそらした甲斐田晴の頬が、ほんのり赤い。
そこへ、軽やかな足音が近づいてくる。
不破湊「あっ、いたいた~。やっほ~、晴くん、明那くん!」
甲斐田晴「……!」
三枝明那「うおっ……ほんとに来た……いや、毎日来てるけどさ」
不破湊「チョココロネ買ってきたよ~。けど、今日は冷やしてもらったの〜。今日は暑いから、冷たいのが美味しいでしょ?」
甲斐田晴「……すご。チョココロネありがとう」
不破湊「うんっ!はい、晴くんと……明那くんのぶん!」
手渡されたチョココロネは、ほんのりと冷えていて、甘い香りが鼻をくすぐる。
三枝明那が一口食べて、目を見開く。
三枝明那「冷たいの……めっちゃうま!!なにこれ、贅沢すぎじゃね!?」
不破湊「でしょ~?人間界のスイーツって、奥が深いね~。冷たくするとまた違う味がするの!」
甲斐田晴「……不破さんって、ほんとに不思議な人だね」
不破湊「えっ?なんで~?」
甲斐田晴「うまく言えないけど……声とか、言葉とか、仕草とか、全部優しいっていうか。話してると、時間がゆっくりになる感じがする」
不破湊「うわ~……それ、すっごく嬉しい。ありがと~」
そう言って微笑む不破湊は、本当に無邪気で───その“無垢さ”が時々、胸を刺すほどに眩しかった。
三枝明那「てかさ、その天然、ちょっと罪よ?いっつもドキッとするようなことを全然平気で言うよな」
不破湊「えっ?そんなこと言ってるっけ~?あはは、なんかごめんね~?」
三枝明那「……いや、謝られたら余計に刺さるんだけど」
甲斐田晴(……たぶん自覚ないんだろうな)
いつか手が届きそうで、絶対に届かない。そんな存在。
でも、それでも目を離せない。
目の前にいるこの天使の笑顔を、ずっと見ていたいと思ってしまった。
その日、日が沈むまでの間、三人は何気ない話を続けた。
人間と天使。交わることのないはずの関係。
でも、不破湊の声だけが、その境界線をあっさりと溶かしてしまう。
彼の言葉は、まるで風。
彼の笑顔は、まるで光。
彼の存在は、誰かの“当たり前”を、そっと塗り替えていく。
そして誰も気づかないまま、心にひとつ、小さな“芽”が生まれていた。
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