コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
「んぅっ……ぁっ、はっ……新藤さ……ん……」
激しく口づけされ、指が絡み合い、厭らしい声が勝手に漏れた。
濃いブラウンで出来た開放的な木の手すりに押し付けられ、そこから二階の階段下まで落ちそうになる。
大丈夫だろうけれど気を抜くと本当に落ちてしまいそうで、必死に目の前の彼にしがみついた。悪い顔を見せながらこの人は私が怖がる様子を愉しんでいる。
「やめて、こわ……ぃっ、あう、んっ、は、っ……!」
濃紺のスーツから微かに漂う、男物のコロンの香りが鼻腔をつく。
長身の彼は私を落としたりしないよう、しっかりと抱き留めてくれている。
これは私に罰を与えようと、ほんの少し意地悪をしているように思えた。高い所は苦手ではないけれど、落ちそうになると流石に怖い。三階から見下ろす二階へと続く階段下は、思いのほか高かった。
「へえ、これかぁ。律(りつ)が気に入ったソファーって」
三階の手すりの隙間から見える真正面の一番奥の廊下に佇む赤いソファーを見た新藤さんが笑った。
普段の装いと違うからどうしても恥ずかしくてつい『新藤さん』と呼んでしまう。
「それでは、インタビューを始めましょうか、律さん」
新藤さんと言ってしまったものだから、わざと『律さん』と呼んでくる。
彼の最後の仕事――マイホームに添えるエピソードについてのインタビューを始められた。次の顧客のために自ら担当し建設までに至った経緯・空間・壁紙等の紹介をするのに、簡単なアピール文がいるらしい。それらを私に質問して答えを引き出し、レポートにまとめていく。
手に入れたばかりのマイホーム三階スペースは、この家一番のこだわり。
値は張ったけれど、本好きの私がくつろげるために四方を本棚に囲まれた空間に鎮座するソファーは夫の光貴(こうき)と様々な家具屋を見て回り、ようやく手に入れたもの。渋いワインレッドのベロア生地で手触りも良いから一目で気に入った。
狭い廊下部分を囲うようにして作った本棚に沢山の本を収納し、ベンチの代わりにこの赤いソファーを置いた。壁紙もシックなダークグレーを採用して、古代図書館のような雰囲気になっている。
赤いソファーはまるでこの家のために作られたかのように丁度よいサイズで、廊下の隅の本棚スペースに余すことなく収まり、開放的なブラウンの手すりから存在感をアピールし、赤がよく映えていた。
想像以上の空間の出来栄え。お気に入りのこの場所は、まるでアーティストがポーズをつけて撮影したような、CDのジャケット写真にでも使えそうな妖艶で映える雰囲気がある。
だからこの空間と壁紙に大変満足している、素晴らしいハウスメーカーで家を建てる事が出来て良かったと、インタビューを締めくくった。
「オーケー。これを提出して終わり。それよりこのソファー、いつ買った?」
「あ。少し前かな。昨日届いたばかりなの」
「うん。めっちゃいいな、このソファー。だったら、ここでシようか、律」
「えっ……?」
「早く俺の傍に来い」
腕を引っ張られた。
彼を見つめると、痛いほどに心臓が跳ねる。
サラサラの黒く短いストレートヘア。ハウスメーカーの社員として、真面目そうに見えるように少しだけ伸ばされた前髪。これまた真面目そうに見えるように掛けられた、細いメタリックシルバーのフレームの伊達眼鏡。
この男――新藤博人(しんどうひろと)は、全部カムフラージュの、偽の男。
一見誠実で真面目そうな容姿だから、こんなに意地悪で酷い男だと誰も気づかない。私も気が付かなかった。
「急がないと、さっき俺に挨拶して出てった旦那が帰って来るやろ。今日は俺ともうシたくないか? それともヤッてる時に鉢合わせしたいか? だったら、ゆっくり時間かけてしてもいいけど。旦那に見られたら、めっちゃ興奮するかもな?」
時折混じる関西弁のイントネーションに言葉尻。端正な彼の顔とは相反するようなものだと思うけれど、どういうわけか聞き馴染んでしまった。それは恐らく自身が関西出身の人間だからというつまらない理由ではなく、目の前の彼の体内に染み付いた、この人の生き様のようだったから。
そして先程から意地悪な笑みを浮かべている。笑う時、少しだけ鼻に皺が寄る彼のこの笑い方、めっちゃ好き。
でも、それだけじゃない。
時折覗かせる全てを射殺すような鋭い目線も、無情な所も、細く長い指も、綺麗な鎖骨も、意外に筋肉質で逞しい二の腕をしているその身体も、全部。
全部、好き。
そんな笑顔の彼に、ぎゅっと強く胸を掴まれた。
それだけで私の内部が熱を帯び、わき目もふらずに彼を愛したい、愛して欲しいと願い、歌ってしまう。
「律」
甘く低い私の好きな声で名前を呼ばれた。
光貴は私のことを結婚する前から恥ずかしがって「おい」、とか「なあ」としか呼んでくれなくなった。私の名前はもう一生呼ばれることは無いだろうから、『律』と名前を呼ばれるだけで嬉しくなる。
光貴とはもう随分長い間肌を重ねてない。あんなことがあったから、夫婦揃ってそこへ踏み込めないでいる。
傷を埋めるには抱き合うしか無いのに、私は――それを拒絶した。
だから今、私はこんなことになっているのだと思う。本当だったらこのマイホームで、家族で幸せに暮らしていくはずだった。
でも、私が光貴を拒絶するきっかけを作ってしまった。彼自身にもいくつか原因はあったと思う。ただ、原因があるからとはいえ、他の男と逢瀬する言い訳にはならない。光貴を裏切ってる私が一番最低だ。
「新藤さん――」
赤いソファーへ乱暴に腰を落とした彼が、私を強引に抱き寄せた。
「呼び方。どう教えた? 今は何の時間? ハウスメーカーの新藤とシたいのか? 律が好きな男は誰や、答えろ」
「あ――……博人さ……ん……」
この人の名前を呟くだけで、欲にまみれた花が開いていく。
いつでも私は罪の歌を口ずさみ、堕ちていく。あなたに奪われる――
「博人って教えたよな? 呼べよ、ホラ」
「っ……博人」
「よくできた、律。ご褒美や、受け取れ」
激しく口づけされた。彼の口内から溢れる蜜を舌と共に押し付けられる。喉を鳴らしてそれを飲んだ。
博人――名前を呼ぶだけで、高揚して、胸が切なくなって、身体が熱くなる。
未だに名前を呟くだけで苦しくなる。
泣きそうな顔をしていると、めっちゃいい顔、そそられる、と博人が鋭い目をして笑った。
あぁ……博人のその顔、好き。サディスティックで、狂気的で、見るもの全てを射殺してしまうような――
「博人」
彼の名を呟いて、自分から口づけた。
貪るようにキスを交わして、彼の胸に飛び込んだ。「博人、して?」
「だったら自分で脱げ。旦那にバレた時、律一人だけ言い逃れはさせへん。証拠物件、いつも通り撮らせてもらう。地獄へ堕ちる時は一緒やで。連れてくから」
博人にスマートフォンを向けられた。見覚えのある、黒い本革のケースに包まれた彼のものだ。「門外不出になるかどうかは、律次第やで」
あなたに触れられる悦びが、もう既に私の正常な思考を犯し尽くしていて、勝っているから抗えない。
絶 対 服 従 ――
私はもう、光貴に申しわけないと思う事すらできなくなってしまった。
迷うこと無く博人の手を取ってしまう。
この人の名前を呟くだけで、欲にまみれた花が咲く。
私は、罪の歌を口ずさみ……
その瞬間、録画ボタンが押された。既に乱された衣類を纏いながら、今、博人の向けた画面に映っているのは、言い逃れは一切出来ないオンナの顔をした私。
行為に及ぶ時、博人はいつも私を撮影する。
私が求めるまで、カメラを向けて意地悪をするのだ。
「博人……好きっ。ぁ、地獄でもどこでも一緒に行く。連れてって……っ! あ、ぁああっ……――」
乱れた着衣のボタンを外そうとしていた私の指に、博人の指が絡められ、更に服の上から敏感な先を捕らえられると、吐息が甘くなった。
「いい声やん」
カメラの向こうでサディスティックに笑う博人。彼のその姿に心が締め付けられる。
スマホのカメラを向けながら器用に私を弄ぶ博人は、狂気的な笑顔を湛えて私の言葉を待っている。
「もっと俺のために歌え」
「あ……お願いっ、博人、早く来て! っ……もうっ、我慢できない……っ!」
光貴が見たら絶望と殺意を持つような台詞に違いない。でも、自分からは止める事はできなかった。
光貴を傷つけたくないのに。今でも光貴は大切なパートナーなのに――私が博人を愛してしまったから、光貴を裏切ることしかできない。光貴に悪いと思いつつも、この人を求めてしまう。
結婚してマイホームまで建てておいて、光貴とどうやったら上手く離婚できるのか――我ながら最低なことを考えた。
ここまで来て、もう引き返せない。第一、どう光貴に伝えるつもり?
『好きな男ができたから、別れて欲しい』――そんなこと、言えるはずがない。
ただ、このまま光貴を裏切り続けて博人との関係を続けるのはもう限界だった。どうしたらいい? どうしたら……。
罪の歌を歌いながら、私の目から涙が零れた。
私に泣く資格なんか、どこにもないのに。
「俺以外の男のこと、今は考えるな」
怒った博人は乱れた衣類を上手く掻き分け、敏感な先を弄り始めた。乱暴に甘噛みされて思わず悲鳴のような声が漏れた。
博人は、野獣。まるで獰猛で、私を喰い殺してしまいそうな程の熱で、愛してくれる――
「なんでっ……結婚してんねん。お前は、俺が好きなんやろ……裏切者…………っ」
博人にしたら、珍しくぼそぼそとした声で呟いた。低くてもよく通る声ではっきり喋るのに、今の声はあまりに低く、自分の甲高い嬌声のせいで全然聞こえなかった。
「ぅんっ……? なに……聞こえなっ……ぃっ! ああぁっ、はぁっ、んっ……」
「なんでもない」
その途端攻めが激しくなった。力が抜けて崩れ落ちそうになるのを、しっかり抱き留められた。
「俺のこと好きやったら、もっと乱れて歌え」
「あぁあっ――……!!」
新築でお気に入りの空間の
昨日届いたばかりのお気に入りの赤いソファーの上で
私は
旦那ではない男に、甘く激しく乱され
奪われ、貫かれる――……