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昼下がりの、自宅近くのファストフードショップでの出来事。
目の前の光貴が、そろそろ結婚しよかぁー? と疑問符を付けながらなんの前触れもなく言い出した!
今、言う事? しかも疑問形?
ありえない。
「そんな結婚の申し込みの仕方、無いでしょ」
私、吉井律(よしいりつ)。三十歳。
もうすぐ付き合って六年目に突入する、目の前の荒井光貴(あらいこうき)から、なし崩しプロポーズをされたところ!
アラサーだから、結婚はできれば早くしたいけど!
でも、これは無いでしょう!!
「思い立った時に、パッと言った方がいいやん」
ポテトをかじりながら光貴が文句を垂れた。
光貴とは知り合ってから十年、男女関係になって六年と、十六年の付き合いがある。思えば随分長い付き合いだ。
彼は短髪の刈り上げに天然パーマでチリチリ髪。おさるのモンチッチみたいな髪型をしている。
目が大きくて身長も私と同じ百六十五センチくらいしかなくて、昨今の男性にすれば身長はやや低め。そして童顔なので、度々大学生に間違えられている。現在二十九歳で、私のひとつ年下。同じアラサーなのに、大学生のアンケート受けたりするから腹が立つ。一緒に歩いていて、光貴のお姉さん扱いされたこともあるのだ。
光貴はいい男性だと思う。付き合っているし、好きではある。結婚するとそれはいい伴侶になるだろう。
でも肝心のプロポーズがお粗末なのは赦せない。
「ごめんね、もう一回出直してきてくれる?」
にっこり笑って私は席を立った。食べ終わったゴミを捨て、トレイをバンと乱暴に置いて、ついでに光貴も置き去りにして店を出た。
「ちょ、ちょっと待って」
焦った光貴が私を追いかけて来た。「ごめん、場所変えよっ。あ、あそこでゆっくり、話の続きはどうでしょーか。僕が支払うから……」
彼の指先を見ると、すぐ傍の路地裏に立っている、派手なピンクの壁にひび割れが入っているような、激安ラブホテルに向けられていた。
「いい加減にして!」
プロポーズの続きが激安ラブホとか勘弁して欲しい。
完全に怒った私は今度こそ光貴を置き去りにして、独り暮らししているマンションの自部屋に帰った。
ロマンスの欠片も無い男!
男は――特に光貴はダメ。女性の気持ち、なにひとつ解ってない。
その日はプリプリ怒って帰ったから、光貴から届くメッセージや電話の着信は完全に無視した。この『光貴の最低プロポーズ事件』を友達に報告すると、逆に私が呆れられた。
それだけ付き合っていて、プロポーズらしい台詞を言ってくれるだけまだマシ、だって!
もう若くないから、夢見るのは卒業した方がいいよ、と窘められた。
なにそれ!
私が悪いの!?
幾つになっても女は乙女。ロマンチックなプロポーズとか憧れますから!
別に『スイートハニー、君だけを一生大切にするよ』なんて、歯の浮いたような台詞でプロポーズを決めて欲しいなんて、そんなことは思っていないし、誰も求めていない。
もう少しロマンチックな場所で、僕と結婚してくれないか、幸せにするから、くらい言って欲しい!
ファストフード店は、プロポーズする場所と違う。
ドラマや少女漫画みたいなスゴイの――例えば夜景の見えるホテルで、綺麗な景色見ながら結婚しようとか言われるヤツ――は、別に期待してませんから!
でも、これが原因で婚期逃したら、私一生独り身のお馬鹿さんになっちゃう。
人見知りするから婚活は難しそう。今から出会いを求めて彷徨うなんて私にはハードルが高すぎる。
しかも別れた理由、絶対に人に言えない。だからもうこの際、淡い期待を抱いていたプロポーズは諦めるしか……。
妥協しないといけない年齢になったのも事実。私みたいな引きこもりのバンドオタク女、貰い手があるだけマシだと思って、光貴にオーケーの返事をした方がいいよね……。なんて、自分で言ってて切なくなってきた。
「ラーララーラー、ルールルー」
切なくなっていると、メロディーと歌詞が突然頭の中に舞い降りてきた。
「あーなたーにー あーったー」
節が出来上がったので、この調子でどんどん書いていこうと思い、歌詞をメモする時に使うノートにペンを走らせた。
『貴方に逢った瞬間 恋に堕ちた
夢と幻 紡ぎ合わせて 愛、ハナス
絡み合う指と指 触れ合う唇
お前を一生離さない――囁いて』
あー、めっちゃいい! このフレーズ。
RBの影響をもろに受けまくった歌詞になっちゃうけれど。
私は時々こうやって曲を作って歌詞を書いて、自己満足している。