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それは、ほんの一瞬の出来事だった。
信号無視をしたトラックが、俺に向かって真っ直ぐ突っ込んできた。
全てがスローモーションに見えて、あ、俺死ぬかも、なんて頭の中は意外と冷静だった。
死ぬ間際は全てがスローモーションに見えるって話、どこかで聞いたな、なんて。
トラックで目の前がいっぱいになった瞬間、なぜか俺の体は横へぶっ飛んだ。
咄嗟に受け身を取って転がる。顔を上げると、人影が__俺を突き飛ばしたであろう__トラックにぶつかって人形のようにぶっ飛んだのが見えた。
凄まじい悲鳴と、怒号が飛び交う。
少し遠くで落ちたその人の周りが、赤い血で染まっていく。
俺は少しでも状況を判断しようと、よろよろと立ち上がる。
血の池の中のその人の顔を確認した瞬間、大きな絶望の波に飲み込まれた。
体を張って俺を守ってくれた彼は、俺の最愛の人__涼ちゃんだった。
「うぇ、う、」
思わず吐き気がして、上がってきたものを道路に構わず吐き捨てる。大きな絶望と後悔の中、俺は気を失い、地面へ吸い込まれるように崩れ落ちた。
どのくらい眠っていたのだろう。
目を覚ますと、無機質な白い天井が見えて、目覚めたのが天国ではなくて少し安心する。
ぴっぴっと繰り返しなる機会音に耳を傾けていると、
「も、とき?」
下から乾いた声がした。
そちらを見ると、泣き腫らした目を虚にしてこちらを見上げる若井がいた。
「りょ、、、、、が、、、、ん、、、った。」
なんと言ったか聞き取れなくて、聞き返すも、声は掠れて音にならなかった。
でも、このまま聞かなかった方が良かったかもしれない。
そんな俺を見て、届いていないことがわかったのか、若井はもう一度言った。
「りょうちゃんが、死んじゃった。」
頭を何かで殴られたような衝撃を受けた。
りょうちゃんが死んだ。その一文で、世界が暗転したように感じた。
なんで?なんで?なんで涼ちゃんが!?
はっ、はっと口から荒い息が溢れる。
「最後にさ、、、しばらくはっ、顔見たくないからねって、言って、」
若井がまた泣き崩れる。
俺が呑気に寝ている間、彼は一度目を覚ましたのだ。最後に一言でいいから彼に気持ちを伝えたかった。彼の温もりに触れたかった。その手で握りしめて大丈夫だって言って欲しかった。
俺を守ったせいで、と言う絶望と。愛する彼の最期に立ち会えなかった、と言う後悔と。
言葉にできないようなドス黒い感情が、胸の中で渦巻く。勝手に涙が溢れ、握りしめた手に力がこもる。
キャパを超えた俺の脳は、再び気を失った。
線香の煙が鼻につく。目の前で笑う写真の涼ちゃんは、儚くて美しい。今より少し若いその笑顔は、あどけなさを残していた。 胸元のネクタイをきゅと締めて目を閉じ、式に集中する。
涼ちゃんのお葬式にはたくさんの人が訪れた。長野からすっ飛んできた家族や親族。お世話になっているディレクターや、スタッフ、マネージャー。お友達である俳優さんやアイドル。ファンから届いたファンレターもたくさん飾った。
いつでも笑顔で、かなり抜けているところが愛おしくて。でも、自分に自信がなくて。そのわりに、人の不安にはいち早く気がついて。たくさんの人に幸せと笑顔を届けた彼の死に、たくさんの人が涙を流した。それだけ、彼は愛されていたのだ。
葬式が終わると、俺と若井に慰めや励ましの言葉を残して、散り散りに帰っていった。
俺も若井も帰路に着いたが、涼ちゃんがこの世にいないことを今だに信じられなかった。
いや、信じたくなかった。藤澤涼架という光がいなくなった俺の心は真っ暗だ。希望の一つも見えやしない。
あれだけ永遠はないと歌っていたのにも関わらず、心のどこかで僕ら3人はずっと一緒なんだと思っていた。
誰か1人が欠ける未来なんて想像する由もなかった。
そんな可哀想な俺に、神様が最後の夢を見せてくれたのだろう。
「おかえり。」
そう言ってはにかむ彼は、紛れもなくあの日突然失った、俺の最愛の人だった。
第一話。
自分なりにかなり満足です。ちょっと重いけど。
最後まで読んでくれてありがとうございました。
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