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第11話、読了しました。 地下炉心での戦い、重かったですね…。 クロードの「人工神を作る」という狂気と、それに利用されたアルターエゴの「未完成のまま私でいたい」という選択が胸に刺さりました。 士郎の「偽物でも意味がある」って言葉、本当にその通りだと思います。 そして鍛冶神が空の神を打つことを拒んだシーン…作る者の責任を感じました。 次は死の層…もう心の準備が必要そうです。 聖杯さん、今回も素晴らしい物語をありがとうございました。
第十一話 偽りの炉、錬鉄の神
冬木の地下には、いくつもの顔がある。
大聖杯が眠っていた霊脈の底。
神杯の根が食い込む願いの深層。
終末神が黒い波を流した地下空洞。
そしてもう一つ。
人の手で掘られ、人の欲で使われ、人の都合で捨てられた場所。
旧地下工業区画。
表向きには、高度経済成長期に造られたまま使われなくなった大型地下施設。
だが魔術師の世界では違う。
そこはかつて、霊脈を利用した魔術炉の実験場だった。
霊脈を燃料にし、魔術礼装を大量生成するための炉。
神秘を工業化しようとした、あまりにも傲慢な計画の残骸。
そして今夜、その炉に再び火が入っていた。
◆
衛宮士郎たちが旧地下工業区画へ向かう準備を始めたのは、朝日が昇ってすぐだった。
衛宮邸の居間には、地図と宝石板と魔術式の紙片が散らばっている。
凛は目を充血させながらも、宝石板に表示される反応を睨んでいた。
「鍛冶神反応は地下第三炉心区画。かなり大きい。しかも周囲に武装反応が大量にある」
士郎は画面を覗き込む。
赤く点滅する無数の光点。
「武装反応って、宝具か?」
「違う」
凛は即答した。
「宝具でも神器でもない。けど、それに近づこうとしてる。作りかけの神具、って言えばいいのかしら」
アーチャーが腕を組んだ。
「神具の量産か。正気ではないな」
メディアは鼻で笑う。
「正気の魔術師なんて珍しいわよ。ただし、今回の相手はかなり悪質ね」
彼女は宝石板に映る術式の一部を指差した。
「見なさい。この炉、霊脈だけじゃなく神杯の層から抜いた概念残滓を燃料にしている。終末、裁き、愛憎。あなたたちが開いてきた層の残滓を炉へ流し込んでいるわ」
凛の表情が険しくなる。
「つまり、私たちが層を開いたことで材料が増えたってこと?」
「ええ。もちろん、それだけではないわ。敵は最初から神杯の層が開くのを待っていた。ヴァレリウス・アシュボーンが言っていた通りね」
士郎は拳を握る。
イリヤを助けた。
終末神を止めた。
ジャンヌを神杯の裁きから解放した。
アルトリアとランスロットが愛憎の層を越えた。
そのすべてが、神杯の核へ至る道を開いた。
だが同時に、敵にも材料を与えていた。
「俺たちがやってきたことが、利用されてるのか」
「利用されているけれど、間違いではないわ」
凛が強く言った。
士郎は彼女を見る。
「イリヤを助けたことも、終末神を切り離したことも、ジャンヌの裁定も、セイバーとランスロットのことも、全部必要だった。敵に材料を与えたからって、それを後悔するのは違う」
メディアが少しだけ意外そうに凛を見る。
「ずいぶん良いことを言うじゃない、遠坂の娘」
「茶化さないで」
「褒めているのよ」
「絶対半分くらい面白がってるでしょ」
「七割くらいね」
「増えた!」
重い空気が、少しだけ和らいだ。
だが、長くは続かない。
アルトリアが静かに口を開く。
「敵マスター、クロード・ヴェルナーについて分かっていることは?」
凛は宝石板を操作する。
「魔術協会から追放された魔術礼装技師。専門は人工魔術回路、疑似霊核、概念武装の量産化。かなり優秀だったらしいけど、思想が危険すぎて封印指定寸前までいった」
リチャード一世が首を傾げる。
「危険思想とは?」
メディアが答えた。
「神秘は血統ではなく設計で再現できる。英霊も神も、構造を理解すれば人間の手で再製造できる。そういう思想よ」
エルキドゥが静かに目を伏せる。
「神を造る、か」
その声には、わずかな重さがあった。
彼自身、神々によって造られた存在だ。
人ではなく、神の道具として生まれた者。
だからこそ、神を造るという言葉は軽く聞けない。
ギルガメッシュは不快そうに鼻を鳴らした。
「造られた神など、ただの人形だ」
エルキドゥは少しだけ笑った。
「ギル。それは少し刺さるかな」
ギルガメッシュは一瞬だけ沈黙した。
そして、気まずそうに目を逸らす。
「貴様は別だ」
エルキドゥは穏やかに微笑んだ。
「うん。ありがとう」
凛は咳払いをした。
「で、問題はサーヴァント反応。クラスはアルターエゴ。真名は不明。ただ、複数の霊基パターンが混ざってる」
「複数?」
士郎が問う。
「ええ。魔術師、鍛冶師、神の失敗作、造られた怪物、捨てられた人形……そういう逸話の断片が混ざってる。たぶん、単一の英霊じゃない」
メディアが目を細める。
「アルターエゴ。切り出された側面、複合された自我。神杯戦争が通常の聖杯戦争より器を拡張しているなら、そういうものまで呼べてもおかしくはないわ」
ジャンヌが旗を抱え、静かに言った。
「造られた存在の苦しみを、神杯が利用している可能性がありますね」
イリヤは布団に座ったまま、黙って話を聞いていた。
まだ霊基は不安定だ。
凛とメディアの結界から長く離れることはできない。
それでも、彼女は皆の話を聞くようになった。
自分が守られるだけの存在ではないと、少しずつ示すように。
「お兄ちゃん」
イリヤが呼ぶ。
「何だ」
「作られたものって、偽物なの?」
その問いに、部屋の空気が止まった。
士郎は答えに詰まる。
イリヤは自分の手を見ていた。
「私も、今は普通の体じゃないんだよね。神杯から切り離されて、凛とキャスターの術式で保ってる。だったら、私は本物なのかなって」
凛が何か言おうとした。
だが、その前に士郎が口を開いた。
「本物だ」
即答だった。
イリヤが顔を上げる。
士郎はまっすぐ言った。
「イリヤはイリヤだ。体がどうなってても、作られたものが混ざってても、俺が勝手に決めることじゃないけど……少なくとも、俺はそう思ってる」
イリヤの赤い瞳が揺れる。
「じゃあ、お兄ちゃんの投影した剣も?」
士郎は少しだけ黙った。
投影した剣。
贋作。
偽物。
本物の劣化品。
自分の魔術は、いつも本物をなぞるだけだった。
だが、それでも。
「誰かを守れたなら、偽物でも意味はある」
士郎は言った。
「本物か偽物かは、たぶん大事だ。でも、それだけで全部は決まらない」
アーチャーが壁際で、静かに士郎を見ていた。
その目には、複雑なものがあった。
かつて自分も通った道。
贋作である自分に意味はあるのかと問い続けた未来。
アーチャーは小さく呟く。
「少しはましな答えになったな」
士郎は眉をひそめる。
「褒めてるのか?」
「さあな」
◆
旧地下工業区画への入口は、廃棄された地下鉄整備トンネルの奥にあった。
錆びた鉄扉。
剥がれた警告看板。
湿ったコンクリートの匂い。
だが扉の奥から漏れてくるのは、ただの地下施設の空気ではない。
熱。
炉の熱だ。
鉄を溶かす熱。
形のないものへ形を与える熱。
そして、神秘を無理やり鍛え直そうとする、歪な熱。
士郎たちが扉を開けると、赤い光が漏れた。
地下第三炉心区画。
そこは巨大な鍛冶場だった。
天井から無数の鎖が垂れ下がり、床には魔術回路のような溶鉱炉が走っている。
中央には、巨大な炉。
炉の中で燃えているのは炎ではない。
黒い神杯の残滓。
終末の黒。
裁きの白黒。
愛憎の赤。
祝祭の紫。
それらが溶け合い、あり得ない色の火となって燃えている。
炉の周囲には、無数の武器が並んでいた。
剣。
槍。
盾。
鎧。
弓。
鎖。
だが、そのどれもが不完全だった。
宝具に似ている。
神器に似ている。
けれど、何かが足りない。
名前がない。
歴史がない。
祈りがない。
ただ設計図だけで作られた、神秘の模造品。
士郎は胸の奥に奇妙な不快感を覚えた。
自分の投影と、似ているようで違う。
いや、違うようで似ている。
「……嫌な場所だな」
アーチャーが呟いた。
士郎は横を見る。
「お前もそう思うのか」
「当然だ」
アーチャーは炉を睨む。
「ここは剣の墓場ではない。剣になることを強制されたものの倉庫だ」
凛が宝石板を見ながら言う。
「鍛冶神反応、炉の中心。敵マスター反応も同じ場所。アルターエゴ反応は……複数に分散してる?」
メディアが眉をひそめる。
「分散というより、炉全体に霊基を展開しているわね。これはサーヴァントというより、工房の管理人格に近い」
その時、金属を打つ音が響いた。
甲高く、重く、規則正しい音。
鍛冶場の奥。
巨大な金床の前に、男が立っていた。
クロード・ヴェルナー。
白髪混じりの黒髪。
片目に魔術式の刻まれた片眼鏡。
細身の身体に、黒い作業着のような礼装。
手には、槌。
彼は振り返らないまま言った。
「来たか」
声は静かだった。
熱狂もない。
狂気も露骨ではない。
ただ、淡々としている。
「衛宮士郎。遠坂凛。騎士王。英雄王。神造兵器。聖女。魔女。獅子心王。湖の騎士。実に豪華な見学者だ」
凛が宝石を構える。
「クロード・ヴェルナーね」
「そうだ」
彼は槌を振り下ろす。
金床の上に置かれているのは、剣のようなものだった。
まだ刃は完成していない。
だが、その中心に黒い核が埋め込まれている。
神杯の欠片。
士郎は直感した。
あれは危険だ。
「何を作ってる」
士郎が問う。
クロードはようやく振り返った。
その顔には、感情があまりない。
「神だ」
あまりにも当然のように、彼は言った。
「正確には、神杯に耐えうる人工神格器。神々の座から落ちてきた神格は不安定だ。サーヴァリアントとして器に押し込められている以上、いずれ崩れる。ならば最初から神杯に適応した神を造ればいい」
凛が顔をしかめる。
「本気で言ってるの?」
「本気以外で炉に火を入れる鍛冶師はいない」
メディアが冷たく言う。
「あなたは鍛冶師ではなく、技師でしょう」
「違いはない。形なきものへ形を与える者は、皆鍛冶師だ」
クロードが槌を持ち上げる。
その背後の炉が大きく燃え上がった。
炎の中から、巨大な影が現れる。
片足を引きずるような巨体。
焼けた鉄の肌。
煤にまみれた髪。
片腕は人の腕、もう片腕は巨大な鍛冶槌と一体化している。
眼は赤い炉火。
声は溶けた鉄のように低い。
サーヴァリアント。
クラス、鍛冶神。
その真名はまだ明かされない。
だが、そこにいるだけで理解できる。
この神は、武器を作る神だ。
都市を支える神だ。
火を扱い、鉄を打ち、神々の武装を鍛えた存在。
鍛冶神は士郎を見た。
「剣を写す者か」
士郎の背筋が冷える。
鍛冶神の声は、彼の魔術回路の奥へ直接響いた。
「お前の内側は、剣で満ちている」
アーチャーが一歩前へ出る。
「余計な覗き見は感心しないな」
鍛冶神はアーチャーを見る。
「お前も同じ炉の匂いがする。だが、お前の炉は燃え尽きた後の灰だ」
アーチャーの表情が硬くなる。
クロードは静かに笑った。
「興味深いだろう、鍛冶神。彼らは人間でありながら、内側に剣の炉を持つ」
鍛冶神は答えない。
ただ、士郎とアーチャーを見ている。
クロードは金床の上の剣を撫でた。
「衛宮士郎。君の投影魔術は素晴らしい。偽物を作る魔術。だが、君は偽物を偽物のまま使うだけだ。惜しいと思わないか?」
「何がだ」
「偽物を本物にすればいい」
士郎は眉をひそめる。
クロードは続ける。
「本物とは何だ? 歴史か。信仰か。神秘の濃度か。なら、それを外部から与えればよい。神杯は願いを集め、神話の座へ干渉する。鍛冶神は形を与える。私の術式は器を設計する。三つが揃えば、神を造れる」
凛が低く言う。
「作れるのは、神の形をした兵器よ」
「兵器で何が悪い」
クロードの声は変わらない。
「神々も英雄も、戦場では兵器だ。違いは、語り継がれたかどうかだけ」
ジャンヌが悲しげに言う。
「それは、命をあまりにも軽く見ています」
「命?」
クロードは首を傾げた。
「私は命を作ろうとしているのだが」
その言葉に、エルキドゥが静かに前へ出た。
「造られた存在に、自由はあるの?」
クロードは彼を見る。
「設計に自由を組み込めばいい」
「それは自由じゃない。自由に見える構造だ」
「違いは?」
エルキドゥは少しだけ目を伏せた。
ギルガメッシュの表情が険しくなる。
エルキドゥは答えた。
「自分で迷えることだよ」
クロードは数秒沈黙した。
それから言った。
「非効率だ」
ギルガメッシュの背後に黄金の門が開いた。
「決まったな。こやつは不快だ」
宝具が放たれる。
だが、鍛冶神が槌を振るった。
空中で宝具が弾かれる。
弾かれた宝具は砕けない。
むしろ、鍛冶神の槌に触れた瞬間、形を変えかけた。
ギルガメッシュの目が細くなる。
「我の宝を打ち直そうとしたか」
鍛冶神は静かに言う。
「金属は熱せば変わる」
「貴様」
ギルガメッシュの怒気が増す。
「王の財を材料扱いしたな」
クロードは淡々と言う。
「すべては材料になりうる。宝具も、神器も、神も、人も」
その瞬間、炉全体が鳴動した。
周囲に並んでいた未完成神具が一斉に浮かび上がる。
無数の剣。
槍。
弓。
鎖。
盾。
それらが赤い炉火を帯びて、士郎たちへ向く。
「工房防衛開始」
別の声が響いた。
少女の声にも、機械の声にも聞こえた。
炉の上方に、人影が浮かび上がる。
白い髪。
半透明の肌。
身体の一部が歯車と魔術回路で構成された少女。
瞳は空っぽではない。
だが、人間のものとも違う。
彼女の背後には、複数の影が重なっていた。
造られた怪物。
捨てられた人形。
神の失敗作。
魔術師の理想。
誰かの分身。
アルターエゴ。
真名不明。
彼女は無表情に告げた。
「私は炉の管理人格。私は作られた自我。私は複合された残骸。私は完成を望む」
士郎は彼女を見上げる。
「お前は、戦いたいのか」
アルターエゴは答える。
「命令を確認。侵入者排除」
「そうじゃない」
士郎は一歩前へ出る。
「お前自身は、どうしたいんだ」
クロードが笑った。
「無駄だ。彼女は未完成だ。自我はあるが、願いはまだない」
アルターエゴの瞳がわずかに揺れた。
クロードは続ける。
「願いは完成後に入力する。神杯核へ接続すれば、最適な願望炉として機能する」
凛が怒りを露わにする。
「最悪……! 神を造るって、願いのない器を作って神杯に繋ぐつもりなの!?」
「願いがあるから不安定になる。イリヤスフィールのように。ランスロットのように。ジャンヌ・ダルクのように。なら、最初から空の器を作ればいい」
士郎は拳を握った。
空の器。
その言葉は、かつての自分にも刺さる。
大火災の後、空っぽになった自分。
誰かの理想を借りて生きようとした自分。
けれど、それでも自分は人と出会い、迷い、間違えながら、自分で選ぼうとしてきた。
このアルターエゴには、それすら許されていない。
クロードは槌を掲げる。
「始めよう。人間の手で神を鍛える夜だ」
◆
戦闘は、炉の轟音と共に始まった。
未完成神具が一斉に放たれる。
剣が飛ぶ。
槍が走る。
鎖がうねる。
盾が壁となる。
数が多い。
しかも、それぞれが不完全ながら神秘を帯びている。
セイバーが前へ出る。
不可視の剣が飛来する槍を弾く。
続く剣を切り払い、盾を蹴り飛ばす。
だが、切られた神具は炉火に触れると再び溶け、別の形へ変わって戻ってくる。
「再鍛造されています!」
ランスロットが黒い剣を振るい、飛来する鎖を断つ。
「王よ、炉を止めなければ無限に続きます!」
凛の宝石魔術が炉の外縁を撃つ。
しかし、術式が炉壁に吸収される。
「魔力を燃料にされた!」
メディアが杖を振る。
紫の術式が炉壁を解析する。
「攻撃魔術は吸われるわ! 術式構造を変えなさい! 破壊ではなく冷却!」
「冷却ね!」
凛が青い宝石を砕く。
凍結魔術が炉の一部を覆う。
だが、鍛冶神が槌を振るうと、凍結が一瞬で蒸発した。
鍛冶神の火が強すぎる。
ジャンヌが旗を掲げ、仲間を守る結界を張る。
神具の雨が旗の光に弾かれる。
リチャードは剣を振るいながら笑った。
「武器が無尽蔵に飛ぶ戦場か! 英雄王と違って持ち主の誇りが見えぬな!」
ギルガメッシュが不機嫌そうに答える。
「我の蔵とこの廃材置き場を比べるな」
彼の王の財宝から放たれた宝具が、未完成神具を次々に撃ち落とす。
だが鍛冶神が槌を鳴らすたび、落ちた神具は炉へ戻り、別の形へ再生する。
エルキドゥの鎖が炉の魔力供給線へ伸びる。
しかし、アルターエゴが手をかざした。
床の魔術回路が組み替わり、鎖の進路が閉ざされる。
「管理権限により経路変更」
エルキドゥは目を細める。
「君が炉を制御しているんだね」
「肯定」
「なら、君が止まれば炉も止まる?」
「部分的に肯定。ただし、私の停止は炉心の暴走を誘発する」
クロードが槌を振るいながら言う。
「聞いただろう。彼女を破壊すれば炉は暴走する。君たちはまた選ぶことになる。敵を倒して街を危険に晒すか、敵を生かして神を完成させるか」
士郎は未完成神具を切り払いながら叫ぶ。
「ふざけるな!」
「ふざけていない。選択とはそういうものだ」
クロードの目に、初めてわずかな熱が宿る。
「君たちはこれまで、救いだの赦しだの祈りだのと曖昧な言葉で層を越えてきた。だが創造は違う。創るとは、選ぶことだ。何を材料にするか。何を切り捨てるか。何を形にするか」
鍛冶神の槌が振り下ろされる。
床が割れ、炉火が噴き上がる。
士郎は飛び退く。
「衛宮士郎。君の投影も同じだ。君は本物から不要なものを削り、必要な形だけを写す。ならば私と何が違う?」
士郎は言葉を詰まらせる。
アーチャーが前へ出る。
「違うな」
彼は弓を引く。
「衛宮士郎の投影は、少なくとも作ったものへ魂を押し込める真似はしない」
放たれた偽・螺旋剣が炉の外縁へ突き刺さる。
爆発。
炉壁がわずかに歪む。
だが、鍛冶神が槌を振るうと、亀裂は修復された。
クロードは静かに言う。
「魂は後から宿る。人も、神も、剣も同じだ。形が先にあり、意味は後から生まれる」
鍛冶神が士郎へ向かって歩き出す。
一歩ごとに床が溶ける。
その巨大な槌が、士郎へ振り下ろされた。
士郎は双剣で受けようとする。
だが、鍛冶神の槌は重すぎた。
干将・莫耶が一撃で砕ける。
士郎の身体が吹き飛ばされる。
「士郎!」
凛の声。
セイバーが駆け寄ろうとするが、未完成神具の壁が阻む。
アーチャーが士郎の前に立つ。
鍛冶神の槌を、双剣で受け止める。
金属音。
アーチャーの腕が軋む。
「立て、衛宮士郎」
士郎は床に手をつき、息を吐く。
「分かってる……!」
鍛冶神はアーチャーを見る。
「燃え尽きた炉よ。お前は何を鍛えた」
アーチャーは苦々しく笑う。
「後悔だ」
鍛冶神の槌が再び振るわれる。
アーチャーは受け流す。
「そして、その後悔を剣にした。褒められたものではないがな」
士郎は立ち上がる。
身体中が痛い。
だが、目は炉から逸らさない。
鍛冶神。
クロード。
アルターエゴ。
未完成神具。
すべてが作ることを語っている。
作るとは何か。
士郎にとって、作ることは写すことだった。
誰かが生み出した本物を読み取り、形だけを再現する。
彼の剣は贋作で、彼の理想もまた借り物だった。
それでも。
イリヤは本物だと言った。
誰かを守れたなら、偽物でも意味があると言った。
なら、その答えをここで証明しなければならない。
◆
アルターエゴは炉の上で、静かに戦場を見下ろしていた。
彼女は命令通りに炉を制御する。
魔力を回し、神具を再鍛造し、侵入者の行動を記録し、鍛冶神とクロードへ最適経路を提示する。
感情は不要。
願いは未入力。
完成すれば、神杯の器になる。
そのはずだった。
だが、彼女の視線は何度も士郎へ向いていた。
なぜか。
分からない。
彼女の中にある複合霊基の一部が、彼に反応している。
作られたもの。
偽物。
道具。
誰かの願いを叶えるために存在を定義されたもの。
その類似。
アルターエゴは小さく呟く。
「偽物でも、意味がある」
クロードが反応する。
「余計な思考をするな。炉心管理に集中しろ」
「命令確認」
彼女はそう答える。
だが、声はわずかに遅れた。
エルキドゥはその遅れを見逃さなかった。
「君は迷っている」
アルターエゴは彼を見る。
「迷いは未定義」
「なら、今生まれているんだ」
エルキドゥの鎖が彼女へ向かって伸びる。
攻撃ではない。
拘束でもない。
鎖は彼女の周囲の魔術回路に触れ、炉との接続を一部だけ縛る。
「君が炉そのものじゃないなら、少しだけ切り離せる」
アルターエゴの身体が揺れる。
「警告。管理権限低下」
クロードが舌打ちする。
「鍛冶神」
鍛冶神が槌を振るう。
エルキドゥの鎖へ火が走る。
ギルガメッシュの宝具がそれを遮る。
「我の友に触れるな、火の神もどき」
鍛冶神はギルガメッシュを見る。
「王よ。お前の宝もまた、鍛えられたものだ」
「だから何だ」
「鍛えた者の手を忘れた宝は傲慢になる」
ギルガメッシュは笑った。
「愚問だな。宝は我の蔵に入った時点で我のものだ。鍛えた者の名も、使った者の名も、すべて王の記録に含まれる」
王の財宝が開く。
「貴様の炉とは違う。我は宝を材料にはせん。所有するのだ」
宝具の雨が鍛冶神へ降る。
鍛冶神は槌で受け、弾き、いくつかを熱で歪めようとする。
だが、ギルガメッシュはそれを許さない。
宝具が歪む前に次の宝具が打ち込まれる。
物量と速度で、鍛冶神の再鍛造を上回る。
一方、セイバーとランスロットは未完成神具の群れを切り開いていた。
王と騎士。
その連携は、まだぎこちない。
だが、確かに噛み合い始めている。
ランスロットが盾型の神具を叩き割る。
セイバーがその隙間を抜け、槍型の神具を切り払う。
「ランスロット卿、左を」
「御意」
黒い騎士の剣が左から迫る鎖を断つ。
セイバーが前へ出る。
過去は消えない。
罪も消えない。
それでも、二人は並んで戦っている。
その姿を見て、アルターエゴの瞳がまた揺れた。
「破損した関係の再接続……成立」
メディアがその言葉に反応する。
「凛、聞いた?」
「聞いた。あの子、戦場を学習してる」
「違うわ」
メディアは目を細める。
「感情の類推を始めている」
凛は息を呑む。
クロードが鋭く叫ぶ。
「不要だ。感情は完成後に入力する。今は炉心制御に戻れ」
アルターエゴは答えない。
その沈黙が、炉の制御にわずかな乱れを生む。
士郎はその瞬間を見た。
炉の火が、一瞬だけ弱まった。
「今だ!」
士郎は走る。
アーチャーも同時に走った。
二人は同じ方向へ向かう。
炉の側面。
魔術回路の接続点。
そこを破壊すれば、未完成神具の再鍛造速度を落とせる。
鍛冶神が二人を止めようとする。
だが、セイバーとランスロットが前に立つ。
ジャンヌの旗が二人を守り、リチャードが笑いながら斬り込む。
「鍛冶神よ! こちらにも剣の相手をしてもらおう!」
鍛冶神の槌と、三騎の剣がぶつかる。
轟音。
炉の熱が爆ぜる。
士郎とアーチャーは接続点へ辿り着いた。
アーチャーが言う。
「衛宮士郎。何を投影する」
「剣じゃ無理だ。切っても修復される」
「なら?」
士郎は炉の魔術回路を見る。
流れているのは魔力だけではない。
層の残滓。
終末、裁き、愛憎、祝祭。
それらが燃料になっている。
つまり、炉は火ではなく意味を燃やしている。
なら、それを一瞬だけ空転させる。
「剣じゃなくて、鞘を作る」
アーチャーの目が細くなる。
「鞘?」
「ああ。燃料を受け流すための空の器。完全じゃなくていい。炉の流れを一瞬だけ逃がせれば」
アーチャーは数秒黙り、そして笑った。
「また妙なものを思いつく」
「駄目か?」
「いや」
アーチャーは手をかざす。
「やるなら、二重で作る」
二人は同時に詠唱する。
「投影、開始」
士郎の手に、歪な鞘が生まれる。
剣を収めるためのものではない。
意味を一時的に逃がすための、空洞の概念武装。
アーチャーも同じものを作る。
完成度はアーチャーの方が高い。
だが士郎のものは不安定であるがゆえに、炉の異常な燃料に馴染みやすい。
二つの鞘を接続点へ突き込む。
瞬間、炉の燃料が鞘へ流れ込んだ。
終末の黒。
裁きの白黒。
愛憎の赤。
祝祭の紫。
士郎の腕が焼けるように痛む。
頭の中に、これまで越えてきた層の記憶が流れ込む。
イリヤの涙。
終末神の迷い。
イスカンダルの宴。
ジャンヌの裁定拒否。
アルトリアとランスロットの赦し。
それらは燃料ではない。
誰かの選択だった。
士郎は叫ぶ。
「こんなものを、材料にするな!」
鞘がひび割れる。
アーチャーが歯を食いしばる。
「保たせろ、衛宮士郎!」
「やってる!」
炉の流れが一瞬だけ逸れた。
未完成神具の再鍛造が止まる。
凛が叫ぶ。
「再生停止! 今なら壊せる!」
ギルガメッシュの宝具が神具群を撃ち落とす。
セイバーとランスロットが前線を切り開く。
リチャードが神具の山を斬り払い、ジャンヌが防御結界を広げる。
メディアは炉の上空へ術式を飛ばし、アルターエゴの接続をさらに緩める。
「あなた、聞こえているでしょう!」
アルターエゴは彼女を見る。
メディアは叫ぶ。
「願いは入力されるものじゃないわ! 勝手に生まれて、勝手に暴れて、時々自分でも持て余すものよ!」
凛も続ける。
「未完成だからって、誰かに完成形を決められる必要はない!」
エルキドゥの鎖がアルターエゴの周囲を包む。
「君は炉じゃない。器でもない。君は今、迷っている」
アルターエゴの身体が震える。
「迷い……未定義」
士郎が叫ぶ。
「未定義でいい!」
アルターエゴの瞳が士郎を向く。
士郎は炉の熱に耐えながら言った。
「俺だって、まだ分からないことだらけだ! 本物か偽物かも、正義か独善かも、救えてるのかも分からない! でも、分からないまま選んできた!」
アルターエゴは静かに呟く。
「選ぶ」
「そうだ!」
士郎は歯を食いしばる。
「お前がどうしたいかは、完成してから誰かに入れてもらうものじゃない! 今、お前が選ぶんだ!」
クロードの表情が初めて歪んだ。
「やめろ。余計なノイズを入れるな」
アルターエゴはクロードを見る。
「私は、完成を望む」
「そうだ」
「完成とは、命令の充足か」
「違う。設計された機能の完全稼働だ」
「では、私は未完成のままでは存在できないのか」
「存在はできる。だが価値はない」
その言葉が、炉心区画に落ちた。
アルターエゴの瞳が、微かに揺れる。
エルキドゥの表情が静かに険しくなった。
イリヤがここにいたら、きっと傷ついただろう言葉だった。
作られたものに価値はない。
完成しなければ価値はない。
役割を果たさなければ価値はない。
士郎は怒りを抑えきれなかった。
「ふざけるな……!」
鞘が砕ける。
炉の燃料が逆流しそうになる。
アーチャーが士郎の肩を掴む。
「集中しろ!」
「分かってる!」
だが、その怒りは消えない。
士郎はクロードを睨む。
「価値はお前が決めるものじゃない!」
アルターエゴはゆっくりと、自分の胸に手を当てた。
「私は……」
炉が鳴動する。
クロードが神紋を起動した。
彼の右手に、炉火のような赤い刻印が浮かび上がる。
「神紋、起動。鍛冶神、炉心完全開帳」
凛が叫ぶ。
「まずい! 神紋ブースト!」
クロードの魂が燃料として炉へ流れ込む。
顔色が一気に悪くなる。
だが彼は止まらない。
「鍛えろ、鍛冶神。人工神格器を完成させろ」
鍛冶神が巨大な槌を掲げた。
炉の火が天井まで立ち上る。
神具も、炉壁も、魔術回路も、すべてが赤く輝く。
鍛冶神の声が響く。
「神器開帳」
巨大な槌が、星のような火を宿す。
「神鉄炉槌――アストラ・フォルジュ」
槌が振り下ろされた。
金床の上に置かれた未完成の剣へ。
轟音。
炉の火が圧縮され、黒い神杯の残滓が剣へ流れ込む。
剣は変形し始める。
刃ではなく、骨格へ。
武器ではなく、人型へ。
人工神格器。
空の神。
願いのない器。
それが生まれようとしていた。
アルターエゴの身体が炉に引き寄せられる。
彼女の管理人格を、その器へ移植するつもりなのだ。
アルターエゴが初めて、明確に恐怖を浮かべた。
「警告。自我境界、崩壊」
クロードは淡々と言う。
「恐れる必要はない。君は完成する」
「完成後の私は、私か」
「機能は継続する」
「それは、私か」
クロードは答えない。
アルターエゴの身体が炉へ吸い寄せられる。
エルキドゥの鎖が彼女を繋ぎ止める。
だが炉の引力が強すぎる。
士郎は砕けた鞘を捨て、走った。
「アルターエゴ!」
凛が叫ぶ。
「士郎、近づいたら炉に呑まれる!」
「放っておけるか!」
アーチャーが舌打ちする。
「またそれか」
だが、今度は止めなかった。
むしろ彼は弓を引き、士郎の進路を開いた。
「道は作る。死ぬな」
「分かってる!」
士郎は走る。
炉火が肌を焼く。
未完成神具の破片が飛ぶ。
鍛冶神の槌が再び振り上げられる。
セイバーが叫ぶ。
「シロウ!」
彼女とランスロットが鍛冶神へ斬りかかる。
騎士王の聖剣と湖の騎士の黒剣が、巨大な槌を押さえる。
リチャードも加わる。
「神を造る炉など、王の剣で止めてみせよう!」
ギルガメッシュの宝具が炉心周囲の神具を吹き飛ばす。
ジャンヌの旗が士郎を守る。
凛とメディアが炉の引力を弱める術式を重ねる。
エルキドゥの鎖がアルターエゴを繋ぎ止める。
全員が、一人の未完成な少女を炉へ落とさないために動いていた。
アルターエゴはその光景を見た。
「なぜ」
彼女は呟く。
「私は敵性管理人格。私は未完成。私は器」
士郎は手を伸ばす。
「違う」
「何が」
「今、お前は助けてほしいって顔をしてる」
アルターエゴの瞳が見開かれる。
「助けて、ほしい」
「そうだろ!」
士郎はさらに手を伸ばす。
あと少し。
炉の熱が彼の腕を焼く。
魔術回路が悲鳴を上げる。
だが、指先が届いた。
士郎はアルターエゴの手を掴んだ。
冷たい。
炉の中にいるのに、彼女の手は冷たかった。
「お前はどうしたい!」
士郎は叫ぶ。
アルターエゴの唇が震える。
命令ではない。
機能ではない。
設計でもない。
初めての、自分の言葉。
「私は」
炉が轟く。
クロードが叫ぶ。
「言うな! 願いを持てば不安定になる!」
アルターエゴは、士郎の手を握り返した。
「私は、未完成のままでも、私でいたい」
その瞬間、炉の制御が崩れた。
人工神格器への移植が停止する。
鍛冶神の槌が空中で止まった。
クロードの顔が歪む。
「なぜだ……未完成を選ぶのか」
アルターエゴは答えた。
「未完成なら、まだ選べる」
エルキドゥが微笑んだ。
「良い答えだ」
ギルガメッシュが鼻を鳴らす。
「当然だ。完成品を名乗る人形より、未完成な自我の方がいくらか価値がある」
凛が叫ぶ。
「炉心制御が落ちた! 今なら止められる!」
メディアが杖を掲げる。
「遠坂の娘、炉心封印!」
「分かってる!」
凛とメディアの術式が炉心を覆う。
だが、鍛冶神が再び動き出す。
神紋ブーストはまだ終わっていない。
クロードが魂を削りながら叫ぶ。
「鍛冶神! 人工神を完成させろ!」
鍛冶神は槌を握る。
だが、その動きには迷いがあった。
士郎はそれを見た。
鍛冶神もまた、クロードの命令に完全には従っていない。
鍛冶の神。
作る神。
ならば、彼にとって創造とは何なのか。
「鍛冶神!」
士郎は叫んだ。
「お前は、本当にあれを作りたいのか!」
鍛冶神の炉火の瞳が士郎を見る。
「作ることは、我が本質」
「なら、空っぽの神を作ることも本質なのか!」
鍛冶神は沈黙する。
クロードが叫ぶ。
「問うな! 神は権能に従うものだ!」
鍛冶神はゆっくりと槌を下ろした。
「権能とは、命令ではない」
クロードの顔が凍る。
鍛冶神は金床の上の人工神格器を見る。
「炉は形を与える。だが、何を打つかは鍛冶師が決める」
「なら私が決める! 私はマスターだ!」
「お前は材料を集めた」
鍛冶神の声は低い。
「だが、それを何にするか、最後に問わなかった」
クロードは後ずさる。
「何を……」
「空の神など、鍛える価値はない」
鍛冶神は槌を振るった。
今度は人工神格器を完成させるためではない。
壊すためでもない。
金床ごと、炉心の流れを断つために。
神鉄炉槌が振り下ろされる。
炉心が割れた。
人工神格器が未完成のまま崩れ落ちる。
黒い神杯の残滓が飛び散る。
凛とメディアが封印術式を叩き込む。
ジャンヌの旗が暴走する魔力を抑える。
ギルガメッシュの宝具が飛び散る神具を撃ち落とす。
エルキドゥの鎖が炉心を縛る。
セイバー、ランスロット、リチャードが炉から溢れる火の波を斬り払う。
士郎はアルターエゴを抱えるようにして、炉から飛び退いた。
背後で、巨大な炉が崩壊する。
轟音。
旧地下工業区画全体が揺れた。
◆
崩壊は、しばらく続いた。
だが、街へ被害が及ぶことはなかった。
凛とメディアの封印。
ジャンヌの守護。
エルキドゥの鎖。
鍛冶神自身が炉の暴走を内側から抑えたこと。
そのすべてが重なり、旧炉心は完全に沈黙した。
赤い光が消えた鍛冶場は、ひどく寒かった。
クロード・ヴェルナーは、壊れた金床の前に膝をついていた。
神紋を使った反動で、顔色は土気色に近い。
彼は震える手で、砕けた人工神格器の欠片を拾おうとする。
「なぜだ……完成すれば、神杯を超える器になれた。願いに左右されない、完全な神になれた……」
アルターエゴが士郎の隣に立つ。
まだ身体は不安定だ。
だが、彼女は自分の足で立っていた。
「クロード」
彼女が呼ぶ。
クロードは顔を上げる。
「私は、あなたの設計を否定する」
クロードの目が見開かれる。
「お前は、私が作った」
「肯定」
アルターエゴは頷く。
「けれど、私は私を選ぶ」
クロードは何も言えなかった。
鍛冶神が静かに近づく。
巨大な影が、壊れた炉の前に立つ。
「クロード・ヴェルナー」
クロードは鍛冶神を見上げる。
「お前は鍛冶を知らなかった」
「私は……神を作ろうと……」
「違う」
鍛冶神は言う。
「お前は、失敗しないものを作ろうとした。だが鍛冶とは失敗の積み重ねだ。打ち損じ、割れ、歪み、折れ、それでもまた熱して打つ。完全なものだけを求める者に、炉は応えない」
クロードは崩れるように座り込んだ。
凛が拘束術式を展開する。
「彼は生かしておく。神杯の情報を持ってるかもしれない」
メディアが頷く。
「同意ね。少なくとも尋問する価値はあるわ」
ギルガメッシュは興味を失ったように背を向ける。
「好きにしろ。神を造るなどとほざくには、器が小さすぎた」
エルキドゥは鍛冶神を見る。
「君はどうするの?」
鍛冶神は壊れた炉を見つめていた。
「我は炉を閉じる」
「神杯とは戦わないのか」
「戦う。だが今は、作られ損ねたものたちを鎮める」
周囲には、未完成神具の残骸が散らばっている。
名前を持てなかった武器。
歴史を持てなかった神秘。
神になれなかった器。
鍛冶神は槌を静かに置いた。
「作られたものには、作った者の責が残る」
その言葉に、士郎は胸を突かれた。
作る者の責任。
投影した剣。
自分の選択。
救おうとした手。
作ったものを、放り出してはいけない。
鍛冶神は士郎を見た。
「剣を写す者」
「何だ」
「お前の剣は偽物だ」
士郎は頷く。
「知ってる」
「だが、偽物は無価値ではない」
鍛冶神は壊れた炉の光を背に言った。
「本物は始まりを持つ。偽物は問いを持つ。なぜ作られたのか。何のために使われるのか。その問いに答え続ける限り、偽物はただの空洞ではない」
士郎は静かに息を吐く。
「覚えておく」
アーチャーが少し離れた場所で、その言葉を聞いていた。
彼は何も言わなかった。
だが、ほんの少しだけ目を伏せた。
◆
戦場を離れる前、凛は炉心跡から小さな結晶を回収した。
青白い金属片。
鍛冶神の炉槌が人工神格器を砕いた時に生まれたもの。
メディアがそれを見て言う。
「創造の層の鍵ね」
「これで神杯核への四つ目の接続路が安定する?」
「おそらく」
凛は結晶を慎重に封印する。
「終末、祝祭、裁き、愛憎、創造。これで五つ目か」
ジャンヌが静かに言う。
「残る層も、すべて人の願いに関わるのでしょう」
リチャードが剣を収める。
「願いとは厄介だな。だが、厄介だからこそ人間らしい」
ランスロットが頷く。
「はい。完全に整えられた願いなど、祈りではありません」
アルターエゴは士郎の近くに立っていた。
彼女はまだ自分の名前を持たない。
凛が問う。
「あなた、これからどうするの?」
アルターエゴは少し考えた。
「未定」
「未定か」
「はい」
士郎は少し笑った。
「それでいいんじゃないか」
アルターエゴは士郎を見る。
「未定でよい?」
「ああ。これから決めればいい」
彼女は小さく頷いた。
「では、同行を希望する」
凛が頭を抱える。
「また増えた……」
メディアが肩をすくめる。
「衛宮邸にもう一部屋必要ね」
「本当にうちを何だと思ってるんだよ」
士郎が苦笑する。
ギルガメッシュが呆れたように言う。
「雑種の巣だな」
「せめて拠点って言え」
エルキドゥが笑った。
重い戦いの後なのに、その笑い声は少しだけ救いだった。
◆
衛宮邸へ戻ると、イリヤが待っていた。
彼女は縁側に座り、毛布を肩にかけている。
士郎たちが帰ってくると、すぐに顔を上げた。
「おかえり」
士郎は答える。
「ただいま」
イリヤの視線が、アルターエゴへ向いた。
「その子は?」
アルターエゴは少しだけ緊張したように立つ。
「私は、未完成のアルターエゴ。名称未定」
イリヤはまばたきをする。
そして、にこっと笑った。
「じゃあ、名前決めなきゃね」
アルターエゴの瞳が揺れる。
「名前」
「うん。未定のままでもいいけど、呼ぶ時に困るもん」
士郎はイリヤを見る。
イリヤは当たり前のように言った。
その当たり前が、アルターエゴには衝撃だったようだ。
「私は、名前を持ってよい?」
イリヤは不思議そうに首を傾げる。
「だめなの?」
アルターエゴは答えられない。
凛が少しだけ笑った。
「名前は後で皆で考えましょう。今は休む。全員、限界でしょ」
メディアが頷く。
「霊基の検査も必要ね。イリヤスフィールとその子、両方」
「また検査?」
イリヤが少し嫌そうな顔をする。
「生きるためよ」
「じゃあ我慢する」
その言葉に、士郎は胸が温かくなった。
生きるため。
イリヤがそう言えるようになった。
それだけで、今回の戦いにも意味があったのだと思えた。
◆
深夜。
士郎は庭に出ていた。
空には黒い神杯。
だが、以前よりも少しだけ亀裂が見える。
終末。
祝祭。
裁き。
愛憎。
創造。
五つの層を越えたことで、神杯の外殻に確かな傷が入っている。
その隣に、アーチャーが立った。
「眠らないのか」
「少し考えてた」
「考えることを覚えたのはいいが、休むことも覚えろ」
「お前に言われると妙な気分だ」
「私のようになるなという忠告だ」
士郎は黙った。
アーチャーは空を見上げる。
「今日の答えは悪くなかった」
「偽物でも意味があるって話か」
「ああ」
アーチャーの声は静かだった。
「だが忘れるな。意味があることと、報われることは違う」
「分かってる」
「本当にか?」
「たぶん」
アーチャーは呆れたように息を吐く。
「相変わらずだな」
士郎は少し笑った。
そして、黒い神杯を見る。
「でも、報われなくても意味があるなら、俺はそれで剣を作れる」
アーチャーは士郎を見た。
何かを言おうとして、やめた。
「……そうか」
その声は、少しだけ穏やかだった。
◆
同じ頃。
冬木の地下、神杯の根のさらに奥。
黒い杯の中核に近い場所で、何かが目を覚ました。
それは人ではない。
神でもない。
願いが形を取ったもの。
これまで開かれた層の残滓が流れ込み、核の奥で新しい反応を生んでいた。
終末を拒んだ生。
終わりを受け止めた宴。
裁きを越えた曖昧さ。
愛憎をほどいた赦し。
創造を拒んだ未完成。
それらが神杯の中で混ざり合う。
黒い杯は、それを不快な異物として認識した。
だが同時に、それは新たな鍵でもあった。
神杯の声が響く。
『次層、起動』
暗闇の中に、影が立ち上がる。
死の気配。
静寂。
墓標。
名を失った者たち。
そして、死を受け入れる者と拒む者の境界。
次に開く層は、死。
その中心には、黒衣の暗殺者が立っていた。
山の翁。
死を告げる者。
だが、その向こう側に、もう一つの神格反応がある。
冥王。
死者の国を統べる神。
神杯は、死の層を開こうとしていた。
衛宮士郎が救おうとした命。
イリヤが選んだ生。
それらの意味を問うために。
神杯戦争、第十一夜。
偽物の剣は、未完成の自我を炉から救い出した。
鍛冶神は空の神を打つことを拒み、創造の層は開かれた。
そして次なる夜。
死そのものが、衛宮士郎の前に立ちはだかる。
第十二話へ続く。