テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
CASE四郎
ペチッと、頬を誰かに叩かれた感触がした。
重たい瞼を無理やり開けると、見慣れない景色が視界に広がる。
壁と床がコンクリートの打ちっぱなしのデザインで、天井からぶら下がっている豆電球のオレンジ色の明かりだけが、この部屋を明るく灯す。
広さは1Kぐらいか…?
小さな冷蔵庫、風呂場に繋がるであろう部屋の扉が見える。
カチャンッ。
音のした方に視線を向けると、左足首に鎖が付いていた。
しかも、左の手首にも手錠が付けられている。
「何だこれ…、拘束器具か」
「良かった、死んなかったみたい」
女の声がした方に顔を向けると、モモにソックリなショートヘアの女が隣に座っていた。
瞳の色が違う、イエロースポキャライトJewelryPupilだ。
この部屋に似つかわしい、ピスタチオグリーンのドレスを着ている。
女も俺と同じように手首と足首に錠が付けられていたのが見えた。
この女、もしかして…、モモの母親か?
そう思っていると頑丈な扉がゆっくりと開き、現れた人物を見て状況が理解出来た。
「おはよう、玲斗君。新しい新居はどうかな?」
黒いワイシャツを着た椿が、ホットコーヒーの入ったマグカップを2つ持っている。
「あはは、説明が欲しいって顔をしてるね?覚えてない?」
「覚えてねーから聞いてんだろ」
俺の言葉を聞いた椿は、俺と女の足元にマグカップを置きながら説明を始めた。
「玲斗君が話してる途中で倒れたんじゃないか」
「途中で倒れた?俺が?」
「やっぱり、血を吐きながら倒れたんだよ。それも急に」
椿の話を聞いて、段々と記憶が脳裏に蘇り始めた。
***
そうだった、あの時。
椿が俺の素性と家族構成について調べ上げた事と、ボスがモモの存在を隠す為に、闇市場のオーナーに預けて
いた事を聞かされた。
1枚の資料に目を通すと、闇市場に出品する際に必要な契約書のないよが書かれている。
これは、本物の契約書だ。
何故これが本物なのか分かったかと言うと、出品者の名前の下に血判(ケッパン)が押されているからだ。
*血判とは指先を切って血を出し、契約書や起請文にその血で署名の下に捺印または、指紋を押す事*
血判を押す理由としては、契約の固さを示す事と誠意を強調すると言う意味表示でもある。
闇市場に出品する出品者は必ず、本人の名前と血判が必要とされていた。
この契約書は、ボスの名前とボスの血の血判が押されてる。
年数も日付の丁度、今から7年前のものだ。
ボスが誰からモモの隠そうとしていたのか、相手は椿だろう。
7年前、この時期は椿会が兵頭会にカチコミを入れていた頃だ。
兵頭会本家では人の出入りも激しかったし、銃の仕入れもしていたし、お互いの組から大勢の死人が出ていた。
組員増営、昼夜問わず命を狙われ続けている中で、赤子のモモを育てるのは無理だ。
モモの母親は行方を眩まし、モモを育てられる大人がボスしかいない。
「まぁ、四郎君…いや、玲斗君が考えてる通りだと思うよ?雪哉さんは僕から、拓也さんの娘を隠したかったんだと思うよ。あの人の考えそうな事だ」
そう言って、椿はウイスキーで口の中を潤す。
「7年前は雪哉さんを殺す事で頭がいっぱいだったし、子供を殺す事まで頭が回らなかった。僕も
自分の組を作ったばかりだったし、いっぱい殺されちゃったからねぇ。神様は不運にも、僕と君を会わせた。2人の子供のモモちゃんも一緒にね?どう言う意味だと思う?」
「は?知らねーよ」
俺の言葉を聞いた椿は体を前のめりのさせ、俺の顔を覗き込んでくる。
オレンジダイヤモンドの瞳が、嫌らしく光って輝いていた。
「モモちゃんは白雪似だね、瞳の色が違うだけ。玲斗君は拓也に似ているね。目元も鼻も唇の形も、肌の白さもね」
「人の顔をジロジロ見てんじゃねーよ」
「僕に殺しても良いよって、言われているみたいだ。
拓也と白雪の娘であるモモちゃんを」
ピッ!!!
テーブルに置かれていたペーパーナイフを手に取り、椿の右頬に刃を当てる。
「テメェ、頭に何してくれてんだ!?」
「あぁ、良いよ、騒ぐ事じゃない。それに、拓也の弟に傷を付けられるのも悪くない」
椿が騒ぐ立てる組員を静止させ、俺に優しく微笑み掛けた。
「マゾか、テメェ」
「君に関してはマゾかもしれないね?それも悪くない。つまらなくなった生活だったけど、君のお陰で楽しくなりそうだ」
「さっきから、訳の分かんねー話ばっか広げやがって。周りくどく話してねーで、さっさと言え」
コイツが俺に、何か言いたい事は分かってる。
ここに呼んだ時点で、話がある事は明白だ。
俺が兵頭拓也と腹違いの兄弟であり、ボスの息子だと知っている事を言いに来たのか。
ボスの事を殺したい椿なら、考えられるが…。
「君を今、ここで殺すのは惜しいよね?鬱陶しい存在だったけど、今となれば可愛いものだ。雪哉さんの様子が変だったのも、分かった」
「変だ?」
「玲斗君も気付いてるんじゃないのかな?ボスと言うよりも、父親になってきているだろ?君の事を、道具として使えなくなった」
椿の的を得た言葉を聞いて、思わず眉間に皺が寄せた時、肺に激痛が走った。
ズキンッ!!!
「ゔっ」
こんな時に限って、薬が切れやがったっ。
激痛の所為で、椿の前で声を出してしまった。
「大丈夫?顔色がいきなり悪くなったけど」
「お前に関係ないだろ。くだらない話をするなら、俺はもう行く」
そう言いながら腰を上げ、部屋を出ようとした時。
左右から椿会の組員達が、ジワジワと銃を構えて迫って来ているのが見えた。
持っていたペーパーナイフを右側の男の額に向かって、投げ付ける。
ビュンッ!!!
グサッ!!
「ヴッ!?」
投げたペーパーナイフが男の額に刺さり、男の手から銃が滑り落ちる。
パシッ!!!
滑り落ちた銃を素早くキャッチし、左側にいる男の太ももに向かって引き金を引く。
パシュッ!!!
ビュシャッ!!!
「このっ!!」
男の太ももから血が噴き出し、体勢を崩したタイミングで、再び引き金を引く。
パシュッ、パシュッ!!!
2発の弾丸は男の右胸と左の眼球を貫いた。
視界の端で右側にいた男が、銃口を向けている姿が見えた。
「図太いな」
ドカッ!!!
カチャッ!!!
俺は力強く、銃を持っている男の手を蹴り上げる。
男に向かって、銃口を向け引き金を引く。
パシュッ、パシュッ!!!
「グハッ!!!」
弾丸が男の体に命中し、血を吐きながら床に倒れ込んだ瞬間だった。
背後に椿の気配を感じ、振り返ろうとした時、首に小さな痛みが走る。
チクッ。
うん、椿の糞野郎が、俺の首筋に注射器を刺しているのが見ていなくても分かった。
「何しやがんだっ」
ドカッ!!!
急いで椿の腹に蹴りを入れ、距離を取ったが視界がぐにゃっと歪み始める。
気持ち悪い感覚に襲われながらも、フラフラな足で扉の方に向かう。
何、注入しやがったんだ。
あの糞野郎、クソ反応が遅れた。
「とにかく、ここから出ねぇと…」
ガバッと、椿が背中に抱き付いてきやがった。
まるで愛しい恋人に抱き付くような、そんな感じの抱き締め方をしている。
「何しや…」
「なんで、僕は忘れてしまっていたんだ、こんな大切な事を…」
椿はブツブツと、訳の分からない事を分からない言葉を言って…。
「離れろっ」
力を入れて椿の事を振り払おうとしても、椿は離れないようとしない。
寧ろ、離そうとする度に力を入れて来ている。
視界がぐわんぐわんと回って来やがった。
ヤバイ、意識が飛びそうだ。
「もう、離さないよ」
椿の悲痛な声色の言葉を聞きながら、俺の意識が離れた。
***
椿に何か打たれてから、意識が飛んだんだった。
「俺に何を打ち込んだ」
「安心してよ、ただの睡眠剤だから。君をここから出す気はないよ?最初に言っておくけど」
「監禁するって事かよ」
「そうだよ?君がおじいちゃんになって死ぬまで。僕がお世話してあげるよ。ご飯もお風呂も、何もかも」
突拍子のない言葉を椿は言いやがった。
この発言からして、俺の面倒を見いたいように聞こえる。
「何で、私の事まで連れて来たのよ。部屋で監禁するんじゃないの」
女の言葉を聞いて、確証に変わった。
この女が行方不明になっていたモモの母親だと。
「お前、裏でコソコソ動いてただろ」
ガシッ!!!
椿が乱暴に女の髪を掴みながら、女に尋ねた。
「だったら?アンタが私の事を嫌っている事は知ってる。一度たりとも、私の事を好きになってない。本当に気持ち悪かったわ、アンタに持たれていた事が」
「何で、君の事が好きで仕方なかったんだろ?最近になって分かったんだよね?僕が本当に、愛していた相手がね」
「いつから解けたの、Jewelry Words」
「何だって?」
女と椿の会話を聞いていて、思わず言葉を発していた。
椿はJewelry Wordsの影響で、この女の事が好きだったと言う事か。
「誰が僕に掛けたかは分かってるけどね、佐助が気付いてくれて良かった。テディベアの中に、スマホを隠してたなんてね?アイツが隠したんだろ」
パシーンッ!!!
そう言って、椿は女の頬を強く叩いた。
ドサッ!!!
叩かれた衝撃で、女はバランスを崩して床に倒れ込む。
「本当にムカつく女だよ、お前は。僕の拓也を奪った尻軽女が」
穏やかな顔付きから、怒りに満ちた顔付きに変わって行く。
「だったら、殺せば良かったじゃない。憎いんでしょ、拓也に好かれた私が…っ、グハッ!!」
倒れている女の腹に、椿は容赦無く蹴りを入れる。
「殺してしまったら、お前が拓也の所に行けちゃうじゃん。死んだら楽になれるだろ?楽にさせてやるかよ、生き地獄を味わってもらわないと」
「ゴホッ、ゴホッ!!まさか、私を殺さなかった理由は、そ、それだけ?」
「それ以外、何があるんだよ。お前の価値は、血だけだろ?今となったら、Jewelry Wordsも使えなく…」
女はムクッと起き上がり、椿に飛び付いた。
ガバッ!!!
「ふざけないでよ!!ふざけんな!!私はアンタにっ、拓也を殺されただけでも、この世界は地獄よ!!それだけで飽き足らず、私と拓也の娘まで殺すつもりなんでしょ!!」
「兵頭会の偽善で生かされた分際で、拓也に手を出した。お前、拓也の優しさに漬け込んだだけだろ」
椿の言葉を聞いた女は、ピタッと動きが止まる。
その様子からして、図星なのだろう。
この女にも非が無い訳じゃないのか?
この2人の関係性、、本質的には似ているのかもしれないな。
「はは、図星かよ、本当に嫌らしい女。絶対に死なせてやるか、お前が自殺しようが生き返させてやるからな」
ドンッ!!!
そう言って、椿は女の体を押す。
「玲斗君、君の体は癌に犯されているだろ??」
「俺を呼び出した時に言おうとしていたのは、この事か」
「お爺さんから聞いたよ。僕も、あの人には色々とお世話になっているから。大丈夫、ちゃんと痛み止めも貰って来たたから」
椿は俺の前に白い紙袋を置き、ポケットからスマホを取り出した。
バイブの音が聞こえて来るから、電話が来ているのだろう。
「僕は少し、出て来るよ。食料はそこの冷蔵庫の中にあるから、適当に食べて」
そう言って、椿は部屋を出て行った。
「アンタ、モモの母親で合ってるか」
「ええ、そうよ。あの子は…、元気?」
「元気と言えば元気」
「ふ、何その答え方」
俺の答え方がおかしかったのか、女かクスクスと小さく笑う。
その姿と笑い方、仕草がモモと似ていた。
「本当に親子なんだな、アンタとモモ」
「どうしたの、いきなり」
「笑い方と仕草が、モモに似てる」
「貴方は拓也と顔が似ているけど、話し方が違う。淡白で、無表情。拓也が生きていたら、喜びそう。あの人、一人っ子だから弟か妹が欲しいって…」
女は瞳を潤ませながら、話を続ける。
「拓也…、私は拓也に助けられたから生きてられている。そんな事、アイツに言われなくても分かってる!!アイツが、アイツが私達の生活を壊した。アイ
ツの所為でっ」
「おいおい、落ち着け」
「ご、ごめんなさい、取り乱しちゃって…」
「アンタ、誰と協力して何をする気だったんだ」
俺は椿と女の会話を聞いていて、不思議に思っていた事を尋ねた。
「神楽ヨウよ、今は嘉助。だけど、椿のお人形の佐助にバレちゃった」
「どうして、佐助にバレた。あの男が隙を見せるような、男とは思えないが」
「ヨウのJewelry Wordsが解けてしまった所為ね。彼の能力は、違う記憶に置き換える事が出来るの。椿は私の事が好きで、拓也が憎かったと言う記憶に置き換えたの。私の娘を殺させない為に、拓也への強い気持ちだけでJewelry Wordsを解いてしまった」
女の話を聞いて、椿が粘着質なのは十分に分かる。
「最悪、これで椿の事を騙せなくなった。何の為に、モモを雪哉さんに預けたのか分からない」
「どう言う意味だ」
「モモを預けた理由?長くなるけど、気く?」
「どのみち、俺等はここを出る術がない。話を聞くくらいの時間はある」
俺の言葉を聞いた女は壁に背をくっ付け、ゆっくりと話出した。
***
四郎が行方不明になって、丸2日経っていた。
一郎達のアジトの中は殺伐とした空気が漂う中、キーボードの叩く音が響き渡る。
兵頭雪哉の命令により、別で暮らす事になった七海が天音とノアと共に、アジトに訪れていたのだった。
七海を取り囲むように立ち、一郎達はパソコン画面を覗き込む。
「四郎のスマホの中にあるGPS機能が遮断されてる。椿恭弥側の機械に詳しい奴が、手を回したんだと思うけど…」
「はぁ!?じゃあ、見つけれねーじゃねーかよ!!!」
「うるさっ、けどって言ったでしょ。ほら、復活させたから」
五郎の大声を聞かないように耳を塞ぎながら、七海はパソコン画面を向けた。
「おおお、流石だな七海!!」
「それはそうだよ、マスターは天才なんだからな!!」
七海は少し照れながら、説明を始める。
「ちょ、五郎もノアも褒めなくて良いから!!このGPアプリは僕が作った事、忘れてたんでしょ。1日毎にどこに行ったのか、履歴が残るようにしたんだから。ほら、遮断される前の四郎がいた位置が残ってた」
「場所はどこになってるんだ?七海」
そう言って、一郎は七海に尋ねた。
「軽井沢で遮断されてる」
「軽井沢…、長野県の東端、群馬県境に位置する高原の町だったな」
「うん、四郎が軽井沢にいる可能性が高くなったね。これを見て、高速道路の監視カメラの映像なんだけど」
再びキーボードを素早く叩いた七海は、パソコン画面に監視カメラの映像を一郎達に見せる。
黒い高級車ベンツ、ナンバープレートの数字に一郎と二郎は見覚えがあった。
「この車、怖いお兄ちゃんが乗ってた車だ」
そう言ったのはリンだった。
リンは芦間啓成が生きていた頃、何回か椿が所有する車に乗った事があり、見覚えがあったのだ。
「本当?リンちゃん」
「うん、乗った事があるから」
「思い出してくれてありがとう、リンちゃん。その車に椿が乗っていたのよ!!」
リンの事を抱きしめながら、六郎はパソコン画面に向かって叫ぶ。
「三郎の事、起こすか?」
「いや、モモちゃんのタイミングで起こして貰おう。今は、2人の邪魔をしない方が良い」
「あー、そうだな…。アイツの落ち込んだ顔、初めて見た気がするわ」
二郎の言葉を聞いた五郎は、三郎の部屋がある方向を見つめた。
ガチャッ。
リビングの扉を開けた天音は、一郎と二郎に目配せをし、廊下に誘導する。
天音の視線に気付いた2人はすぐに廊下に出て、一郎が天音に問い掛けた。
「どうした」
「アンタ等、この中でヤクザ関連の仕事を担当しているだろ」
「まぁ、ボスの側近をしてる事が多いけど…。それが、どうかしたの?」
二郎はそう言って、天音に言葉を投げ掛ける。
「神楽組の若頭、誰だか知っているか」
「神楽ヨウだよね、椿に殺されたと聞いていたけど?何か関係してるの」
「僕等がマスターを救えたのは、神楽ヨウの騎士になったからだ。本人から、アンタ等に自分の事を明かしてくれって、頼まれたんでな」
天音の言葉を聞いた二郎は、驚きながら天音に尋ねた。
「は、はい?神楽ヨウは死んだ筈じゃないの?生きてるって事?」
「神楽ヨウは死んでなんかいない。嘉助として、椿の側近をしていた。尋ねられる前に説明しとくが、神楽ヨウはJewelry Wordを使って、椿恭弥の記憶を上書きさせた。椿恭弥に関わらず、兵頭雪哉や地自信の父親の記憶を上書きしていたと言う事だ」
「神楽ヨウがJewelryPupilなのは、耳に入っていた。神楽組は兵頭会の傘下の組の1つだったからな、自然と耳に入って来る。成る程、Jewelry Wordsを使っていたのか…」
天音の話を聞きながら、一郎は頭の中を整理して行く。
「神楽ヨウのJewelry Wordsが切れ始めてるらしくてな。本格的に動き出すのと、自分の存在を椿恭弥に明かす時が来たらしい」
「僕等に神楽ヨウの存在を明かしたり…」
プルルッ、プルルッ!!!
二郎の言葉を遮るように、一郎のスマホの着信音が鳴り響く。
ズボンのポケットからスマホを取り出し、着信相手を確認すると兵頭雪哉からだった。
***
兵頭雪哉が一郎に通話を掛ける30分前、神楽俊典が兵頭会本家に訪れていた。
「俊典さんが直接、俺に話があるとは珍しいですが…。今でないと駄目な用件ですか」
「すみません、これだけは電話で済ませる訳にはいきませんので。あまり、お時間を取らせるつもりは、ありませんから」
いつにも強気な神楽俊典の言葉を聞いた兵頭雪哉は、苛立ちを抑えながら煙草を咥える。
兵頭雪哉の心情は行方不明になった四郎の行方と、四郎の体の事で頭がいっぱいだった。
兵頭会の組長として、自分の傘下に入っている組の組長の事を無碍に扱う事も出来ない。
神楽俊典も兵頭雪哉が苛ついている事も気付いていたが、神楽俊典にも譲れない用件だったのだ。
「担当直入で申し上げます。私の息子、神楽ヨウの若頭就任式を早急に執り行いたいのです」
「何?俊典さん、貴方の息子は…。いや、本人が俊典さんの前に現れたんですね。若頭就任式をやるにしても,最低は1週間は掛かりますが、その所はどうなんですか」
「私の息子は優秀なので、既に招待状を送っています。そこで…」
トントンッ。
神楽俊典の言葉を遮るように、襖が軽く叩かれた。
「頭、お話の所すみません。神楽ヨウさんがいらっしゃいました」
「入れろ」
兵頭雪哉は組員に声を掛け、神楽ヨウが部屋の中に入って来た。
「お忙しい所、失礼します。親父から、大体の話を聞けましたか」
「ヨウ、お前が何の考えもなしに言い出したとは思っていない。若頭就任式を急ぐ理由は」
「椿に掛けたJjewelry Wordsが解けて来る頃なんです。どうやら、僕への信頼も薄れて来たようで。そろそろ、動き出す頃合いだと思いまして」
「ヨウ、お前の計画には乗るつもりだ。だが、今は緊急事態なんだよ」
兵頭雪哉の言葉を聞いた神楽ヨウの顔付きは、どんどん冷たくなって行く。
「四郎君の行方不明、椿恭弥が動き出したって事です。何故、椿恭弥が動き出したと思います?四郎君が、拓也さんと腹違いの兄弟だと知ったからです。闇闘技場の会場にあるVIP部屋に資料が落ちていたでしょ」
「三郎が資料を見ていたが、俺は見ていない。椿が四郎だけを攫う理由は?」
「単純な事ですよ、アイツは四郎君を拓也さんと重ねて見ているんです。分かりますよね?椿恭弥は、拓也さんの事が恋愛感情の方で好きなんです。アイツは、四郎君と一緒にいる気なんですよ。その為に奴は、別宅を買ったんです。拓也さんとの思い出のある軽井沢に」
そう言って、神楽ヨウは兵頭雪哉を見つめた。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!