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兵頭拓也が殺される前も儚い思い出。
数年前の桜が咲き誇る春の日、兵頭会本家に大勢の裏社会の人間達が集まっていた。
黒いスーツを身に纏った男達は、次々と兵頭雪哉に挨拶をしている。
「よう、雪哉」
「光臣さん、ご足労ありがとうございます」
「いやいや、この度は誠におめでとうございます」
そう言って、九条会組長である九条光臣は兵頭雪に頭を下げた。
「愚息の為にありがとうございます、光臣さん」
兵頭雪哉が頭を下げようとしたが、九条光臣は手を軽く上げて静止させる。
「なに、気にするな。辰巳」
「こちら、頭からです」
辰巳と呼ばれた20代の青年は、兵頭雪哉に分厚くなっている御祝儀を手渡す。
「すいません、光臣さん。ありがとうございます、伊織」
「分かりました」
兵頭雪哉の意図を読んだ岡崎伊織は、御祝儀を受け取り九条光臣に頭を下げてから、兵頭拓也の部屋に向かって行った。
CASE 兵頭拓也
全身鏡を見ながら、俺は後ろにいる恭弥に声を掛ける。
「なぁ、恭弥。袴の着方って、これで合ってんのか?」
「僕が着せたんだから、合ってるよ。似合ってるよ、拓也」
「いやー、袴なんか着る機会ないだろ?まぁ、お前が着せてくれたから、合ってるか」
「本当に、若頭になるんだね拓也」
恭弥の言葉を聞いて、若頭になるって実感が湧いて来た。
「恭弥がうちの組に入るとは、思ってなかったよ。お前、頭良いから弁護士とかになるのかと…」
「ヤクザの中でも、頭使える奴が居た方が良いでしょ?それに、僕は拓也の側を離れるつもりはないよ」
そう言いながら、恭弥は貰った御祝儀達をアタッシュケースの中に入れていく。
俺の為に、かなりの御祝儀の数を貰っていた。
御祝儀は気持ちの数と言うし、金額も多ければ多いほど良いとも言うが、貰えるだけでも嬉しいよな。
「お?そうなのか?俺としても、椿が居てくれるのは助かるぜ」
「本当?だとしたら嬉しいよ。それに、拓也の舎弟達
も中学の時から仲良かった奴等が殆どじゃん?拓也は本当に男にモテるよな」
「やかましいわ」
恭弥にツッコミを入れていると、伊織が御祝儀を持って部屋の中に入って来た。
「拓也、光臣さんからだ」
「え、光臣さんから!?しかも、なんか分厚いんですけど…?」
光臣さんは、俺がガキの時から可愛がってくれていた九条組の組長さんだ。
顔はかなり怖いが、かなり優しい人で親父も光臣さんの事を尊敬しているのが分かる。
「恭弥ー、ちょっと手を貸して貰いたんだけど」
困った表情を浮かべた𣜿葉が、開かれていた襖から顔を出す。
「何?」
「拓也にって胡蝶蘭が贈られて来てるだろ?もうさ、数が多数ぎて置く場所がねーんだよ」
「え、そんなにあんの?ごめん拓也、ちょっと席を外すね」
「悪りぃな、拓也。恭弥の事、借りてくわ」
恭弥と𣜿葉は話しながら、忙しなく部屋を出て行った。
「しかし、あの生意気なガキだった拓也が、若頭か」
「何?伊織、いきなり親父臭い事言うじゃん。センチメンタルって奴?」
「なってもおかしくないだろ?頭よりも、俺の方が拓也の側にいたんだからな」
「確かに、伊織といた記憶しか残ってないな…、小学校の時は」
そう言いながら、俺は隣に立っている伊織の顔に視線を送った。
***
この辺では名の知られたヤクザで、特に親父は裏社会の人間の中で知らない者はいない。
幼少期の時から、俺の側には組員達がいて、特に一緒に居たのは伊織だった。
伊織は俺の世話係兼、ボディーガードとして親父より
も時間を過ごした。
親父は家に殆ど帰って来ずに、事務所と仕事場の往復ばかり。
俺の家はかなり広いので、住み込みの組員が何人か居たから、よく俺の遊び相手になってもらっていた。
小学校2年生の時、兵頭会と敵対してい組の組員に誘拐されかけた時があった。
知らない車が隣に停まり、数人の男が俺の体を持ち上げ、後部座席に乗せようとした。
「はなっ…!!!」
「おい、ここで騒がれた面倒だ!!!布かなんかで、ガキの口塞いどけ!!!」
「わ、分かった!!!」
「ムグッ!?」
太い男の言葉を聞いた若い男は、俺の口元にタオルを乱暴に押し当てる。
残りの男達は左右から足を掴んで、抵抗出来ない状態にさせた。
この上ない恐怖が全身を駆け巡り、カタカタと体が小刻みに震え始める。
怖い、助けて…っ、伊織!!!
強く瞼を閉じた瞬間、嗅き慣れた煙草の匂いが鼻を通り、左足だけが自由になった。
「何してんだ」
煙草を咥えた伊織が、俺の左足を掴んでいた男の頭を鷲掴みしていた。
「なっ!?いででででででっ!!!」
「何してんだって、聞いてんだよ」
グッと男の頭を掴んだまま後ろに倒し、咥えていた煙
草を男の左の眼球に押し当てる。
ジュウ…。
「グアアアアアア!!!!お、俺の目、目がああああ!!!」
男が泣き叫ぶが、伊織が煙草を押し当て続け、俺の方に視線を向けた。
涙でボヤけた視界の中で、俺の知らない顔をする伊織が映る。
ドサッ!!!
ドカッ!!!
眼球を抑えたまま倒れ込んだ男の顔面に、伊織は思いっきり蹴りを入れた。
「ヴッ!!?ガハッ!!!」
「邪魔だ、雑魚は退いてろ」
「おい、コイツ兵頭会の岡崎伊織だって!!!」
右足を掴んでいた男が、伊織の姿を見て慌てて手を離
す。
「うちの若頭をどこに連れて行くつもりだ、あ?」
「ひっ!?ど、どうすんだよっ」
「殺すしかないだろ!!!」
カチャッ!!!
太い男は銃を取り出し、伊織に向かって引き金を引こうとしたが動きが止まった。
伊織が太い男よりも先に、銃を取り出し引き金を引いていた。
ブシャアアアアアア!!!
太い男の額に空いた穴から、勢いよく赤黒い血が噴水のように噴き出す。
カチャッ。
バシュッ!!!
血の噴水に気を取られていた男達の頭から血が噴き出し、伊織に力強く抱き止められた。
「拓也、怪我はしてないか」
伊織の口から聞いた事のない、優しい口調の言葉を聞いて、俺は大声泣いてしまった。
「うわああああーんっ!!!!いおりぃ…!!!」
「悪かった、来るのが遅くなって」
「うあああああああー!!!いおりぃっ!!!いおりぃ!!!」
「悪かった」
ポンポンッ。
伊織は優しく俺の背中を摩り、同じ言葉を繰り返すだけだった。
俺の頭なんか、撫でた事ないくせに。
こんな時には撫でてくれるのかと思ったら、よけと泣けてきた。
いつもの伊織は俺に意地悪してきて、ガキ扱いしてきた大人だった。
組員の人達は親父の息子だから気を使って来たけど、伊織だけは違ったんだ。
俺の事を、ただの子供扱いしてくれた。
伊織だけが、俺の事を見てくれていたんだ。
タタタタタタタタタッ!!!!
「伊織さん!!!平気っすか!!!」
「若はご無事ですか!!?」
伊織の背後から、兵頭会の組員達が走って来るのが見えた。
「あぁ、若は無事だ」
「よ、良かったです。コイツ等、××組の…」
「頭に連絡を入れておけ、あと車の中に1人隠れてる。引き摺り出して、俺の前に連れて来い」
俺の頭を優しく撫でながら、組員達に視線を向ける。
「マジっすか!!?分かりました!!!」
伊織の指示を聞いた組員達は、車の中に隠れていた痩せ型の男を乱暴に引き摺り出す。
ドサッ!!!
「ひっ!!!」
「テメェ、うちの若頭に何してくれてんだ!!!」
「自分がどうなっても良い覚悟で、手出したんだよなぁ!?」
引き摺り出された男を取り囲み、逃げられないようにした。
伊織は星影に俺を預け、痩せ型の男の前に立ち、冷ややかな視線を送りながら口を開く。
「逃げれると思ったか?俺は優しくないんでね、テメェを逃す気は毛頭ない。お前等、コイツを地下に連れて行け」
「分かりやした。おら、立てや!!!」
組員の1人が痩せ型の男の腕を乱暴に引き、立ち上がらせる。
伊織はすぐに俺の元に帰って来て、星影の腕の中にいた俺を抱き上げたまま、停まっている車まで歩き出した。
その日を境に、伊織が俺の送り迎えをし、伊織に護身術と体術を習わされた。
俺も2度と誘拐されたくなかったので、伊織から護身術を習うのは有り難かった。
親父なりに、俺を心配しての提案して来たんだって事は分かるけど。
「直接、無事だったかって聞いてきてもくれないんだね」
伊織の口からじゃなくて、親父の口から心配の言葉を聞きたかったのに。
「ごめんな、拓也」
そう言って、伊織は優しく俺を抱き締めた。
もはや、俺の父親は伊織なんじゃないかって錯覚しそうだった。
1つだけ変わった事は、俺と夜飯を食べるだけに家に帰って来るように。
会話なんてないし、親父は食べ終わったら仕事に戻って行く。
「何で、帰って来るようになったと思う?星影」
「俺はやっぱり、若と一緒に食べたいからじゃないですかね」
「ふーん」
「若、おかわりしますか」
星影が空になった茶碗を見ながら、しゃもじを軽く振る。
「うん、食べる」
親父には申し訳なかったが、親父が来るより伊織を返
してほしいと言う気持ちの方が強かった。
伊織が親父の代わりに仕事をしてるから、親父が家に帰って来れた。
なんの楽しみのない食事を摂るくらいなら、伊織と近所の牛丼屋に行った方が楽しい。
小学校5年生になり、俺としては力がついてきたと思っていたけど…。
親父が経営している道場で、俺と伊織は体術の手合わせをしていたのだが1本も取れない。
ドサッ!!!
伊織に何回も背負い投げされ、俺は手も足もだなかった。
「クッソ、また伊織にぶん投げられた!!!」
「俺に勝とうなんざ、100年早いわ。まぁ、その辺の小学生相手なら、拓也でも勝てるんじゃないか?」
「伊織に勝たねーと意味ないって!!!」
同学年の男達よりも、伊織に勝ちたかった。
「今日、姐さんの見舞いに行くぞ。汗流したら、表まで来いよ」
「うん、分かった」
伊織は俺の頭を撫でた後、先に道場を出て行く中、憂鬱な気分になっていた。
正直、母さんの見舞いには行きたくない。
見舞いに行っても、母さんっは親父の事しか聞いて来ないのもある。
1番の理由は、周りのお母さんとの見た目の差を思い
知らされるから。
人を寄せ付けない強面な親父と、清楚な母さんが結婚
した事は周りから驚かれていたらしい。
病弱な体な所為なのか、入退院の繰り返しは当たり前。
俺は何で、親父と母さんが結婚したのか不思議で仕方なかった。
母さんと父さんは、お世辞にもお似合いな夫婦とは言えない。
どうして、この2人が結婚するまでに至ったのか…。
家に帰って来ない親父の事を、母さんは今だに好きらしい。
気分が乗らないまま車に乗り、母さんが入院している
病院に向かう。
母さんの好きな水羊羹を途中で買い、個室の病室の前で伊織が足を止める。
コンコンッ。
「姐さん、失礼します」
そう言って病室のドアを開けると、この間よりもかなり痩せた母さんの姿が目に入った。
青白い肌、痩せこけた体、ボサボサの長い髪を後ろで1本に結んでいる。
周りの母さんっはもっと綺麗なのに…。
心の中で毒吐きながら、母さんの顔を見つめた。
俺と伊織で母さんの見舞いに行くと、母さんは必ず最初に聞いてくる事がある。
「伊織さん、雪哉さんは…、今日も仕事?」
あ、今日は機嫌の悪い日だ。
声のトーンで、すぐに機嫌が悪い事を察知した。
「姐さん、すいません。どうしても、抜けられない仕事がありまして…。こちら、頭からです」
そう言って、伊織は母さんに水羊羹が入った小さな箱を渡そうとした時。
パシンッ!!!
母さんは勢いよく伊織の手を払い除け、水羊羹の入った箱を床に落とす。
床に落ちた水羊羹の箱を拾い上げる。
「どうして、雪哉さんを連れて来てくれないの!?私が入院しているにのは、雪哉さんも知っているでしょ!!?」
「すいません」
「謝罪を聞きたい訳じゃないのよ!!!私は、雪哉さんを連れて来てほしいのよ。どうして、私よりも仕事を優先するの!!?」
こうなった母さんは、伊織でさえ止められない。
機嫌の悪い日の母さんは、俺よりも親父に会いたい時だ。
家に帰って来ない親父は当然、母さんが入院している病院にも来ていないのだろう。
親父が来たがらないのは、母さんが綺麗じゃないから?
本当に仕事が忙しいのかよ、俺等にとばっちりが来るじゃねーかよ。
「雪哉さん、外に女でも作ってるんでしょ!?私、知ってるんだから!!!水商売の女の家に出入りしてるんでしょ!!!」
「…」
母さんの言葉を聞こえないように、伊織が俺の耳を塞ぐ。
そんな事はおかまなしに、母さんは叫び続けている。
「母さんが綺麗じゃないから、親父だって浮気するよ。大声出すなよ、伊織に迷惑掛けんなよ」
喉から出そうになった言葉を飲み込み、黙ったまま母さんを見つめる。
「そんな事ありえませんよ、頭は…」
「伊織の言葉を聞きたいんじゃないのよ!!!雪哉さんの口から聞きたいのよ!!!」
ガシャーンッ!!!
母さんが暴れた衝撃で、百合が飾られていた花瓶が床に落ちた。
騒ぎ立てる母さんの騒ぎを聞き付けた看護師達が止めに入り、伊織が俺を病室から出す。
暫く、どこかに行ってろって事か。
伊織の意図を読み、病室を後にしようとした時、隣の個室の病室のドアが開く。
ガラガラッ。
真っ白な髪の同い歳の女の子とぶつかりそうになり、慌てて距離を取る。
「あ、悪りっ!!!」
髪と同じ真っ白な長い睫毛からイエロースポキャライトの瞳が、キラッと光った。
女の子は慌てて顔を逸らし、俺に瞳を見られないように下を向く。
「めっちゃ、綺麗な目だな!!!今まで見た事ねーわ!!!」
「え?」
「隠すなんて勿体ねーよ、せっかく綺麗な目してんだからさ」
「そう?」
俺の言葉を聞いた女の子は、少し照れながら顔を上げた。
「あ、どこかに行く途中だったか?悪い、邪魔だったな」
「邪魔じゃないけど…、隣の人は大丈夫?」
「うるせーよな?俺の母さんなんだけど、今日は特に
機嫌が悪いんだよ。迷惑掛けてたら申し訳ない」
「拓也、帰るぞ」
病室から出て来た伊織に声を掛けられ、後ろを振り返る。
「誰かと話してたのか」
「隣の病室の女の子だよ、目がビー玉みたいに綺麗なんだぜ」
「女の子?お前の後ろにいないけど」
「いない?あ、本当だ」
伊織に言われて振り返ると、ビー玉の目を持った女の子はいなかった。
どこかに行きそうな雰囲気だったし、いなくなっててもおかしくはない。
「拓也、姐さんが言った言葉は忘れろ」
「親父が他所で女作ってるって話?別に、居てもおかしくねーよな」
伊織が何か言おうとしたが、俺は遮るように言葉を続ける。
「俺、伊織の方が大切なんだよなぁ。伊織の方が…、父親っぽいって言うかさ…。とにかく、俺は傷付いてねーから」
「拓也、そう言ってくれるのは有り難いが…。頭の気持ちも汲んでやれよ」
最近、伊織は俺との間に一線引こうとする。
俺と伊織は近いようで、遠い距離に居る事を分からされる。
中学に上がった頃、母さんは死んだ。
死因は肺炎、咳をし過ぎて呼吸困難になり、そのまま苦しんで死んでしまった。
病院に駆けつけた時にはもう、手遅れの状態だった。
葬儀は親族だけの小さなものにし、俺と伊織、数人の
組員達は順番に棺桶の中に花を添えて行く。
親父は悲しい表情もせず、淡々と葬儀を進めて行く。
「少しは悲しそうにしろよ」
俺は思わず、思っていた事を親父に投げ掛けていた。
「何?」
「母さんは親父に悲しんでほしい筈だ。いつも親父に会いたいってうるさかったし、最後くらい母さんを喜ばせてやれよ」
「息子のお前が悲しむ方が、アイツは喜ぶだろ」
「だから、俺じゃなくて親父の方が喜ぶに決まってるだろ!!?何で、分かんねーの?俺よりも親父の方が好きなのに、分からねーのか?俺が母さんに会いに行く度に、親父に会いたいって言われてたんだよ。伊織から聞いてるだろ」
俺の言葉を親父は黙ったまま聞いていたが、すぐに大きな溜め息を吐き出した。
「親父が外で女を作ってる事はこの際、どうだって良い。今まで見舞いに行かなかったんだから、最後くらい母さんに夢を見せてあげろよ」
「伊織、後の事は頼む」
「マジかよ、信じらんねぇ…。こんな時まで仕事かよ」
親父は俺に背を向けたまま、母さんが眠っている棺桶に視線を送らずに葬儀場を出て行った。
中学1年、俺は家に帰らずに友達の家に入り浸るようになった。
親父の行動に納得がいかなかったし、伊織が親父に駆り出されていたし、家にいる意味がないと思っていたからだ。
反発心で開けたピアス、先輩に原付の乗り方や煙草の吸い方を教えられた。
原付には興味があったし、伊織が吸っていた銘柄の煙草を吸っても、親父は何も言わない。
口うるさく言われるくらいなら、ほっとかれる方が都合が良かった。
伊織だけが、家に帰って来いって連絡して来てくれた。
久々に家に帰ると、伊織が両腕を組んで玄関前で待っているのが見えた。
「おかえり、不良息子」
「…、ただいま」
「これからは、ちゃんと帰って来い。心配するだろ」
「伊織、忙しいんじゃないの?親父に言われて、連絡しつこく連絡して来たんだろ」
俺の言葉を聞いた伊織は、優しく俺の頭を撫でながら答える。
「拓也が頭の事を良く思っていない事は分かってる。子供の拓也には理解し切れない世界に、頭は身を置いている。いずれ、拓也が若頭になった時には分かる筈だ」
「…」
「それと、俺自身が拓也に帰って来てほしかったんだ」
「へ、へぇ…、そうだったんだ」
思いもよらない伊織の言葉を聞けて、俺は嬉しかったから家に帰るようにした。
2年に上がり、俺は恭弥と出会った。
深夜過ぎ、原付でウロウロしていた所に、血塗れの恭弥が無我夢中で走っていた。
何となく訳ありな感じがし案の定、恭弥の家庭環境は最悪そのもの。
公園で話を聞いていると、警察官を連れた婆さんが鬼の形相で走って来たのだ。
話が通じない婆さんと話をする恭弥の隣で、俺は警察官に事情を簡単に説明。
恭弥と到着したパトカーに乗り込むが、隣に座る恭弥の体が小刻みに震えていた。
少しでも震えが止まるように、そう思いながら恭弥の手を握る。
恭弥と連絡先を交換して別れてから、1週間後に着信が入った。
そこから、恭弥と連むようになったのだが…、恭弥の狂気的部分を目撃する事になる。
その当時、俺の事を遊びにしつこく誘ってくる男の先輩が居た。
ある日、いつものように先輩から呼び出され、向かっている途中にダチから連絡が来た。
「恭弥の奴がやべーんだよ!!!例の先輩の事をボコッてんだよ!!!かなり殴ってるし、俺等の言葉に耳も傾けねーんだよ!!!」
連れからの連絡を受け駆け付けると、恭弥が先輩に馬乗りになって、鉄パイプを振り続けていた。
歯と鼻を折られ、両手の指が歪みながら曲げられている。
俺の声を聞いて我に帰った恭弥だが、そこから俺に依存するようになってしまった。
どこに行くのも一緒、俺に危害を加えそうな奴等を徹底的に排除しようとする。
だが、恭弥をこうさせたのは恭弥の家族達だ。
そんな恭弥の事を俺は…、突き放す事は出来なかった。
もし、恭弥と出会っていなかったら…、俺は殺されずに済んだのだろか。
そう思った時には、もう手遅れだった。