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「偽聖女フォリア、私はお前を追放し、真なる聖女メイヴェル嬢と婚約して妻とするっ!」
高らかな叫びが、自分の歌を切り裂いて響く。
ベルナレク王国王太子ヘリックの生誕祭、その祝宴でのことだ。
「そんな、偽物だなんて、私っ」
当然、聖女フォリアが異を唱えようとしている。白銀の髪に、紫色の瞳を持つ可憐な美少女だ。今年で18歳になったばかりである。
その神聖な魔術による数々の功績を認められ、平民の出でありながら、王太子の婚約者とされた。
聖女としての務めを幼いうちから懸命にこなしてきた姿は国民の心にも響いている。自分も同様だ。
「黙れっ!貴様がメイヴェルの手柄をすべて奪ってきたことぐらいは調べがついているのだ」
端正な赤髪の美男子ヘリックが言い切った。
証拠など無いことはよく知っている。言ったもの勝ちというやつだ。
なお、ヘリック王子にすがりつく黒髪の美少女がメイヴェルである。腕の陰でニヤニヤと笑っていた。
(嫌な笑顔だ)
歌を中断せざるを得なかった。
祝宴を盛り上げるべく式場で歌っていたカドリは思う。
いつものように水色の、袖口がダボッと広い上着とズボンとを身に纏っている。舞うと袖や裾がひらひらと揺れるのだ。
「私っ、そんなことしてませんっ!」
明らかにその通りなのだが、周囲の誰も同調しない。
「貴様が討伐できなかった、鉄鎖獅子を駆除したのがメイヴェルだ。今までに貴様が倒してきたという魔物は全て、メイヴェルが実は倒してきたのだというではないか。神聖教会と一緒になって、よくも長年、たばかってきてくれたものだ」
ヘリック王子の言葉に聖女フォリアの顔が青ざめる。
図星をついたと思ったらしく、ヘリック王子が暗い喜びを顔に浮かべた。
(身寄りのないフォリア殿にとって、神聖教会が親みたいなものだからな。教会を巻き込まれればそれは青ざめるだろうに)
カドリはどうしたものかと自身も悩みつつ思うのだった。少なくとももう、祝宴のためになど歌っている場合ではない。
(なんなら誰も、もう歌なんか聞いていない)
カドリは生誕祭に参加している、ベルナレク王国の貴族や隣国の要人たちを見て思うのだった。
国王も何も口を挟もうとしない。
(もしかすると)
カドリもそれなりに情勢を読んでいる。
強力な聖女の力を背景に、神聖教会が発言力を高めている節が、ここ数年は見られた。
メイヴェル嬢の名前はメイヴェル・モラント。筆頭公爵モラントの娘なのである。聖女よりも貴族令嬢と結ばれてくれたほうがいい。そう、国王も判断したのではないか。
「欺かれていた私も愚息も、自身の不明を恥じている。故に命だけは助ける」
国王が重い口を開いた。国としても聖女フォリアを偽聖女と見なしたということだ。
(怖い人だ)
カドリは思うのだった。
表向きでは偽聖女、ということとなった聖女フォリアの立場は弱くなる。
(だが、実際、その力は本物だ)
カドリはよく知っている。
国王も知らないわけがない。
肩を落として宴会場から追い出されようとしている聖女フォリア。
(立場を弱くしておいて、命や神聖教会を盾に、体よく今まで以上に聖女フォリアを酷使するおつもりだ。息子には公爵令嬢をあてがっておいて、地盤も盤石となる)
聖女といえど、平民に過ぎないフォリアを王室に入れたくないのだろう。
一見、卑劣で狡くもあり、嫌悪したくなる考えかもしれない。
(聖女の身柄も心情もどうでもいいが)
それでもカドリにとっては、本当に上手くいってベルナレク王国が平穏であるのなら別にいいのだった。
(だが、本当に上手くいくのか?)
顔に泥を塗られた神聖教会が黙っているのか。
おとなしく聖女フォリアがメイヴェルの影武者に徹してくれるのか。
鉄鎖獅子の討伐失敗という好機に、国王と王太子の2人が飛びついてしまったように、カドリには思えてならない。
そもそも単独の魔物駆除だけが、聖女の効能ではなかった。
(結界は?あれを繕えるのは聖女だけだ。そこを陛下や殿下は軽く見てはいないか)
早計に思えてならない。カドリは王侯貴族を一望する。直接、魔物と日々やり合っている人間でないとわからないだろう。
(まだ間に合う。いや、間に合わせないと)
カドリは舞台から下りて、人混みの間を縫い、ヘリック王子に近づく。
取り巻き連中に英断をたたえられていて、いい気になっているところだった。
カドリは口元に扇を当てて、隠す。
「殿下、少しよろしいですか?」
少し離れたところからカドリは話しかける。小声だが 王子にしか聞こえてはいない。声を直接、ヘリック王子の耳に届けているのだ。他の者には聞こえない。
ヘリックが少し辺りを見回してから、自分の姿をみとめた。取り巻き連中は変わらずガヤガヤと騒いでいる。
「なんだ、カドリか。どうだった?上手くやっただろう?私は」
ニヤリと笑ってヘリック王子が告げる。こちらは小さく呟いただけだ。
独り言のようになったせいで、ヘリック王子周りの面々は訝しげな表情だ。
「控え室へ。内密にお話したいことが」
取り合わずにカドリは告げる。言う通りにして、ヘリック王子が取り巻きを払ってくれた。
メイヴェルだけは離れない。
そのまま控え室へと3人で歩く。
「どうした?」
控え室へ着くなり、豪奢なソファに腰を落としてヘリック王子が尋ねる。
「あら、綺麗な男の人」
自分を見て、メイヴェルが言う。
「雨乞いにして歌い手のカドリ。他の顔もあるが。とりあえず人前によく出るから、見栄えもいいのさ」
笑ってヘリック王子が紹介した。
「大体は理解出来るが、聖女の追放、これはあまりに危険だ」
カドリは前置きなく切り出した。
追放した後、確保軟禁するつもりなのも分かる。
「カドリなら分かるか。そうさ、あの女、力だけは本物だ。だが、私の妻になどするものか。汚らわしい。平民は平民らしくさせて、力だけを絞り尽くしてくれる」
鼻を鳴らしてヘリック王子が告げる。
「私が言いたいのは、追放という形を取ったことさ。側室に落とすとか幾らでもやりようはあったはずだ。自由な身としてしまった。どこへ行かれるか分からない」
カドリは懸念をはっきり口にした。
たとえ国王相手でも、口調だけならば、自分は非礼を許される。カドリとは、そういうものなのだ。
「せっかく珍しく、やっと、しくじったのに」
ヘリックが口を尖らせる。
「本当に国を出てしまったらどうする?聖女なしではやがて、結界がほつれる。そうなればこの国は魔物だらけだ」
カドリは更に言い募る。ヘリック王子も分からないわけではない。だが、聖女フォリアに行き場などない、とたかを括っているのだろう。
ベルナレク王国の北方には魔窟と呼ばれる魔物の住処があるのだ。聖女の結界で弱らせ、侵入を阻んでいる。
「分かった、分かったよ、カドリ」
小うるさそうにヘリック王子が手を振った。
「あの女の方から全面的に非を認め、許しを乞うてきたなら、聖女としての身分も呼称もそのままだ。私の早とちりということにしてやる。君の顔を立ててね」
ヘリック王子も話せば分からなくはないし、かねてからカドリとは親交があった。
並み居る来賓の前で派手な芝居を打ったことを思えば、驚くほどの譲歩である。隣に座るメイヴェルすら驚いていた。
「でも、殿下、私とは」
不穏気に顔を曇らせてメイヴェルが尋ねる。
「当然、結婚するんだ。婚約者の破談だけとする。それにカドリ、メイヴェルの功績づくりには穴埋めで手伝って貰うからな」
面倒極まりない交換条件を、代わりにヘリック王子が持ちかけてきた。
別にそれぐらいなら構わない。偽装でも魔物討伐をすれば民が助かるのだから。
「分かった。やれることはいくらでもやるさ」
カドリは頷いてみせた。
問題は具体的にどうするのか。既に引っ立てられて国外へと向かう準備を聖女フォリアが始めていることだろう。
(既に他国が接触しているかもしれん)
ベルナレク王国を追放された聖女など、他国から見れば垂涎の的だ。聖女フォリア自身も先行きの不安さから応じてしまうに違いない。
(それを、聖女の国外流出を防ぐにはどうしたらいいのか)
カドリには1つしか手段が思い浮かばなかった。