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まだ宴が続いている。騒がしさに背中を向けて、カドリは王宮各所の守衛に聖女フォリアの居所を尋ねて回る。
(王宮は広い。まだ出てはいないと思っていたが)
カドリは胸騒ぎを覚えつつ庭園を目指す。
見知らぬ男にそちらへ連れて行かれた、という目撃情報を得たからだ。
庭園には月の見えるきれいな花畑がある。とても雰囲気の良い場所だった。
(まったく)
カドリは走りながら扇子で口元を隠す。
ぶつぶつと文句を呟きながら駆け続ける。
人の気配を感知した。誰何されても止まらない。自分はカドリなのだ。
「真の聖女フォリアッ!私、ブレイダー帝国皇太子レックスの妻となってほしい」
白く一片の曇りもない満月を背に、青い髪の貴公子が跪いて、立ちすくむ聖女フォリアに求愛している。まだ若く均整の取れた身体つきの美男子だ。
「えっ、そんな、私っ 」
口元を両手で塞ぎ、聖女フォリアが美しい顔に戸惑いをあらわにしていた。
(まぁ無理もない。私も驚いている)
生国の王太子に婚約破棄された直後には、隣国の皇太子に求愛されているのだ。驚かない方がおかしい。
自分の危惧がまさに的中した格好である。
「美しく、聖女であるあなたをぞんざいに扱う国よりも、私と一緒に来てくれませんか?」
ブレイダー帝国の皇太子レックスが更に頭を垂れたまま告げる。
カドリは頭の中で情報を並べていた。
確か今年で18歳、聖女フォリアと同い年のはずだ。
(まったく色恋沙汰の話も婚約の話もなかったが、まさか、これを長年狙い続けていたのか?)
どこぞの王太子に見習わせたい純情ではある。
頬をほんのりと赤らめていて、聖女フォリアの方も満更でもないのではないか。
(隣国になど聖女を奪われてなるものかっ)
ぞんざいに扱っているのはヘリック王子の一存だ。婚約破棄されただけではないか。
カドリは2人に近付いていく。
「お待ち下さいっ!」
大声で甘い雰囲気をぶち壊してやった。
「なんだ、君は?」
すかさず立ち上がってレックス皇子が言う。手を剣の柄にかけている。
帯剣していることにカドリは今になって気付いた。
「無礼を承知で申し上げます。どうか、聖女フォリア様に慈悲を乞いたく」
両膝をつき、額を地面に打ち付けてカドリは懇願する。
他国の皇太子にカドリは直言できる身分ではない。よって、平民である聖女フォリアに直接懇願するしかないのだ。
「ええっ、そんな、今度は、えぇっ」
さらなる戸惑いに見舞われる聖女フォリア。優しげで可憐な顔を自分とレックスへ交互に向けているようだ。
(神聖魔術の腕前はともかく、それ以外はごく普通の少女だからな)
頭を下げたままカドリは思う。
「何卒、御慈悲を。この国の者は皆、聖女も様の御力に疑いなどありません。王子殿下とて、一時の気の迷いでのことに過ぎません」
あんな周到な破談劇が『一時の気の迷い』のわけがない。あえてカドリは墓穴を掘った。レックス皇子が嘲ってくれればいい。誰であれ、人を嘲る姿は醜いものだ。聖女フォリアに嘲る姿を見せて、早速幻滅されてくれれば有り難い。
「浮気相手まで伴った、確信犯でしょう。あなたがこの国でどれほどの人なのか知らないが、あの王子を信用することは出来ませんよ」
が、あくまでレックス皇子が冷静な態度を崩さない。カドリに対してすら礼儀正しいのだ。レックスをみっともなく見せる作戦は失敗に終わった。
「私は歯牙ない雨乞いであります。庶民を代表して、物を申しているつもりです。聖女フォリア様は、王子一人の非礼のために、国民全てを見捨てるとおっしゃるのですか?」
カドリは平伏したまま告げる。
作戦変更だ。レックス皇子が手強い。故に今度は聖女フォリアの良心を衝く。
「そ、それは、でも」
狙いどおりに聖女フォリアが良心の呵責に苦しみ、言葉に詰まる。
『庶民を見捨てるのか』という問いはその心を抉るはずだ、というカドリの読みは正しかった。
「生命あっての物種ですよ。フォリア殿。この男の言う通りなら」
やはり手強いのはレックス皇子である。
本当は物理的に黙らせたい。だが、さすがに隣国の皇族には手を出しづらかった。
「既に大勢の面前で破断した貴女を元の立場には戻せない。故に平民とされ、何の庇護もない貴女をこの国のため、と言ってその力も生命も全て絞り取るつもりなのです」
とうとうとレックス皇子が言葉を並べる。
正に、ヘリック王子の目論んでいた筋書きだった。
(くそっ、こんな男に求愛されているとは)
とんだ誤算にカドリは内心で毒づいた。無論、事の発端はヘリック王子による軽挙のせいなのだが。
聖女フォリア一人なら言葉ででも暴力ででも、どうとでもできたのだ。
「では、ブレイダー帝国は違うのでしょうか?聖女の力を求めていることでは同じではありませんか?使われるなら隣国と出生国、どちらを聖女フォリアは選ばれますか?」
カドリは平伏したまま厳しい2択を迫る。
ただでさえ婚約破棄されて、聖女という身分を剥奪されて、精神的に憔悴しているのだ。
「そんな、そんな選択、私には」
聖女フォリアが完全に弱りきった声音で告げる。いかに力があるとはいえ、言われて戦ってきた少女に過ぎない。
選ぶというのは苦手だろう。
「騙されてはいけません。この男は、あなたの慈悲深い人間性を利用して苦しめているだけです。この男の言う、この国の庶民はそれほど弱くはありますまい。君、私のつけていた護衛たちをどうしたのだ?」
レックス皇子が明確に自分へ向けて、嫌な質問をしてくる。自分は庶民の代表ということにしてしまった。
カドリは黙って平伏するばかりだ。
「答えられないか?そうだろうね。歯牙ない雨乞いですら、屈強な私の護衛20名を一人で突破するようなのが、この国の実力なのだろう?」
レックスの指摘に嫌な汗が止まらなくなった。カドリは頭の中で上手い言い回しはないか考え続けていた。
「ええっ、そんな、20人も?兵士の人を?」
素直に聖女フォリアがびっくりしている。
声の調子からして、怖がってもいるようだ。
ここへ駆けてくる途中で阻止しようとしてきたので、全員、無力化してやったのだった。
「さすがに他国の皇族である私には手を出すわけにはいかず、平伏して同情を買うという、苦肉の策に出たようだが」
平然とレックスが告げる。
問題はこのレックスもかなり腕が立つということだ。
(20名の護衛よりこの男一人のほうが厄介だからな)
1つだけはレックス皇子の言葉も外れているのだった。皇族だから手出しが出来ないわけではない。
「そもそも、フォリア殿が討伐に失敗したという鉄鎖獅子はどうしたのだ?もうこの世にはいないのではないか?誰か別の者が倒したのだろう?それも偽聖女メイヴェルではない誰かだ」
もっともなことを言うレックス皇子。さぞ勝ち誇った顔をしていることだろう。
(よほど、聖女フォリアを妻にしたいと見える)
カドリは平伏した姿勢を崩さない。
また、1つ間違っているのだが、指摘するのはもっと不味いのだった。
「私はただの一目惚れさ。惚れた女性が自由の身となったのだ。この好機を逃すわけにはいかない。聖女フォリアにいつだって手を差し伸べたいと、そう思っていた。すぐに全てを受け入れてほしいとは言いません。ただ、どうか、せめて私のこの手を取って、この国を出て、しばし、私と過ごしていただけませんか?」
ここまでの言葉と誠意を見せつけられては、打算に満ちた自分の勝てるわけがなかった。
(くそっ、別のやり方を取るしかない、か)
結局、聖女フォリアが取ったのは、差し伸べられたレックスの真摯な思いなのであった。