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二人の姫君には図書館で待っていてもらい、ユカリとベルニージュは焦げ臭い夜気に満たされた庭園へと向かう。入って来た時に通り抜けた表に面した西側の庭園ではなく、裏にある東側の庭園だ。


「そういえば」ユカリは思い出したように呟く。「衛兵さん。入って来ないですね」

ベルニージュは待ち構えていたようにすぐに頷く。「うん。予想するに、とりあえずパーシャ姫が連れ去られなければ、それでいいっていう判断なのかな。危害を加えるはずもないし。逆に言えばワタシたちごと幽閉されたとも言えるけど」


最重要人物を幽閉しているにしては呑気なように、ユカリには思えた。もしかしたらあの盗み聞きの呪いのようなものが図書館のあちこちにあるのかもしれない。


確かに花盛りの庭園の端に薬草園があり、そのそばに夜風に秘密を囁く檜の木立があった。

夜空を見上げながら檜の木立を通る。パーシャが作ったという巣箱があるのだと二人は聞き出していた。なぜ王女様が鳥の巣箱などを作ろうと思ったのかは分からないが。


「それにしても、何だってパーシャ王女に会いたいだなんて言いだしたんだろうね」とベルニージュはいぶかる。

「アクティア姫ですか?」とユカリは確認する。「何かおかしいですか? 憧れの人物だって言ってたじゃないですか。会いたくなるのは当然ですよ」

「忘れた? そもそも母に推挙されて和平交渉に随行することになったんだよ、アクティア姫は。それがこうして侵入してまで会いたがるのはどういう心変わり?」

「そう言われると、何ででしょう」ユカリは夜空を見上げたまま首を傾げる。「あ! ありました。木箱です」


ユカリは控えめに灯る星々の中に木箱、らしきものを見つけた。

ユカリは今度は魔法少女に変身し、再びベルニージュに背負われる。ベルニージュの負担を減らすためだ。もちろん大した差ではないが、とユカリは自分に言い聞かせる。


「体は図書館の中で寝かせておくから」とベルニージュは決めごとを確認する。「戻ってきたら、さっきの部屋の窓に手紙を放り込んで、意識を戻して」

「はい。よろしくお願いします」ユカリはベルニージュの耳元で囁く。「さて、グリュエー。そっとだよ。そっと吹き付けてね。巣箱を吹き飛ばしちゃ駄目だからね」

「分かってるってば。ユカリは心配性なんだから」


ユカリの【息吹】をそっと運んで、風が巣箱の小さな穴の中に忍び込む。ユカリの意識が青雀アオガラの中で目覚める。その巣箱はとても箱とは言い難い出来だった。あちこちに歪みがあり、隙間がある。屋根があるだけまだましだが。


青雀アオガラは巣箱を飛び出ると、ユカリの本体の頭の上に降り立ち、髪を結ぶ組み紐に括り付けておいた小さな紙片を嘴で掴む。何という本を求めているのかを尋ねる内容だ。


そして真っ暗な夜空に飛び立ち、月明りに彩られた銀色の風に乗る。


ユカリの予想と違い、思いのほか目が見える。梟とは比べるべくもないが、飛行に支障は無かった。

青雀アオガラはハウシグの営みの灯りを飛び越え、朝までは畑だった土地の上空を飛ぶ。まだ邪な炎に焼き尽くされた畑の焦げ臭いにおいが微かに辺りに漂っている。

畑だった土地の向こうにぽつりぽつりと焚火の明かりが見える。徐々に高度を下げ、ベルニージュの母の天幕を見つけると、そのままの勢いで飛び込んだ。


ベルニージュの母は机に向かって書き物をしていた。青雀アオガラはその机の上に着地して、嘴に咥えていた小さな紙片を吐き捨てた。


ベルニージュの母は微笑みを浮かべてその紙片を摘まみ上げて読み取る。そしてさっきまで何かを書いていた紙を千切って机に置くと、すぐさま羽根筆を走らせる。


「ねえ、畑はご覧になって?」ベルニージュの母が暖炉の前で物語を語るように口を開く。「麦に、葡萄、梨、青菜レタスに人参。それだけならまだしも甜瓜メロン蚕豆そらまめまで再生するだなんて。誰の仕業でしょうね」


炭と灰になった畑が再生したという意味だろうか、と青雀アオガラは首をひねる。暗くて地上の様子までは分からなかった。


「さあ、持てますか? 咥えてごらんなさい」


ベルニージュの母に差し出された新たな紙片を青雀アオガラは小さな嘴で挟む。少しだけ飛んで、問題ないことを確認する。


「ベルニージュさんによろしくお伝えくださいね」とベルニージュの母に言われ、青雀アオガラはひよひよと返事をして、口を開いてしまったために紙片を落とした。ベルニージュの母は口元を綻ばせ、再び青雀アオガラが紙片を咥えるのを手伝った。


天幕を飛び出し、青雀アオガラは再び嘆きと傲りの臭い漂う夜空に舞い上がる。畑が再生しているかどうか確認するために高度を下げたかったが、手紙を落とす危険性を鑑み、やめにし、まっすぐに図書館へと帰還した。


決めておいた窓に飛び込むとベルニージュが待っていた。その指の先にとまり、紙片を渡すと一つ鳴いて窓から飛び立ち、庭園の檜の木立の巣箱に飛び込み、ユカリは寝台で目覚める。


まず何よりも最初に、花畑の只中で寝転がっているかのような豊かな香りをユカリは感じた。そうして次に暗闇に耳を澄ますと誰かの寝息が聞こえた。

ユカリは身を起こして、目が慣れるのを待つ。図書館のどこかの一室だろう。ユカリと同じ寝台にパーシャが眠っていた。いくつか年上に違いないはずなのに、幼気いたいけで緩み切った寝顔を見てユカリも気が抜ける。パーシャの目元にかかった前髪をのけ、相手が王女だということを思い出して手を離す。普段パーシャはここで暮らしているのだろうかと想像する。


ユカリは王女を起こさないようにゆっくりと寝台を降り、部屋に唯一の扉を開けた。すると冷たくとも明るい廊下が左右に伸びていて、片方は見覚えのある広間に繋がっていた。図書館に入ってすぐの大広間だ。


「ユカリ? 起きた? こっちだよ」と呼ぶ声の方へユカリは導かれる


声に導かれて明かりの方へ進むというのは如何にも苦悩する英雄の象徴的な場面だ、とユカリは思った。

ここへ来た時にパーシャが眠っていた机でベルニージュとアクティアが待っていた。これから叱るということを直前まで黙って子供を迎える両親のような面持ちで、ユカリを待ち構えていた。

二人の気色を窺うに、ベルニージュの母からの手紙は色よい返事ではなかったのだ。


それでも念のためにユカリは尋ねる。「どういうお返事でした?」

「簡単に言えば」ベルニージュは紙片に目を落とす。「全て読むってさ」

「先生はここにある記憶に関する蔵書を全て読まれるということですわね」とアクティア姫が言い換えた。


「つまりベルニージュさんのお母さんを止める方法はないんですね」とユカリは残念そうに確認する。

「いや、パーシャ姫を連れ帰ればテネロードの包囲は解かれるって話したじゃない」ベルニージュはユカリに言い聞かせるように言う。「戦争は終わらないだろうけど。ワタシの母に力を振るわれずに済む」

「でもパーシャ姫自身が望んでいないのに」とユカリは零すが、その言葉を打ち消すようにベルニージュは言う。


「そうも言っていられないよ。ユカリの気持ちは分かる。苦しむ人を見たくない。それにどちらの味方もしたくはない。手を貸したくはない。ワタシだって同じ気持ち。でも、ユカリ。それにしてはパーシャ王女殿下の肩を持ちすぎじゃない?」

「そんなこと!」とユカリは勢い込むが、気勢が削がれる。「あるかもしれません」

「散々悪評を聞いていたからね。良いところを探そうとしちゃってるんだよ、ユカリは。見つかったかどうかは聞かないでおくけど」


「確かに昔と比べると、何と言いますか」と言ってアクティアは言い淀む。「少し臆病になっておられるように思います」

「昔は勇敢な方だったんですか?」とユカリは尋ねる。


剣を掲げ、馬に跨り、千の兵を率いるパーシャをユカリは想像してみた。案外似合っているような気がした。


「ええ、そうだったように思います」アクティアの表情が僅かに曇る。「しかし、そうですね。それだけではまだ言い表せていないような」


ベルニージュは淡々と言う。「ワタシたちはパーシャ姫の失敗を沢山聞いたから、まあ、わりと実像に即してるかな、って思いましたけどね」


「私はそこまで思ってません」とユカリは反論する。

「そこまで、ね」


ベルニージュが皮肉っぽい笑みを浮かべ、ユカリは苦々しい表情になる。


「まさにそれですわ」と再び明るい表情になってアクティアは続ける。「たしかに昔から沢山の失敗をなさる方でしたわ。でもそれは挑戦の数でもありますのよ。わたくしは何度失敗しても何度も挑戦するパーシャ様に憧れたのですわ、きっと」


「思い返すと勉強熱心ではありますね」とベルニージュが感心した様子で言った。「植物に関する本をいくつか開いて眠ってました。美しい花を愛でているのかと思えば、薬草、毒草、触媒と実利的な書物もいくつかありました。それに記憶に関する書物にも少なからず目を通されたからこそ区画を覚えていたのでしょう。ちょっと移り気な気はありますが」


「ええ、それも昔からそうでした。風の吹くまま気の向くままといったところです。ですが、何でしょうか。まだ上手く言い表せていないような。昔はこう、別格な存在のように思えたのですが。むしろ、今のパーシャ様にわたくしは親しみを感じますわ。どこかわたくしに似ている気もします」とアクティアが何気なく言った。


ユカリはとても驚いたが、それを面には出さないようにした。それはそれで失礼だからだ。


「似てます?」ベルニージュははっきりと言った。「端から見ていると別物というか、別世界というか。むしろ正反対の人間だと思いますけど」

アクティアは微笑みを絶やさずに言う。「それは端から見ているからですわ。わたくしには別の服を着た同じ人間のようにすら思えます。ちょうど今のわたくしとパーシャ様のように」


ユカリはアクティアの服を見て、パーシャの服を思い出す。多少上等には違いないが庶民と同じ服を着ているアクティアといかにも貴人たる絢爛な召し物を身につけたパーシャ。

ベルニージュは少し重そうな瞼を開いて言う。「同じお姫様同士。通じ合うものがあるんですかね。ワタシには想像するしかないですけど」


「さっきから失礼ですよ。ベルニージュさん」とユカリはむっとして言った。

「構いませんわ、ユカリさん。正直に話していただける方がむしろ気が楽ですもの」とアクティアは高貴なものがそうあるべきであるように寛容に受け入れた。

「ユカリだって私と同じこと思ったくせに」とベルニージュがからかう。

ユカリは慌てて否定する。「そ、そんなことないですよ。どちらもとても素敵な女性だと思っていただけで」


確かにパーシャと話すのは多少気が楽ではあるが、とユカリは心の中で呟く。


「何だか、いいかっこしいだね、王女様の前だと」とベルニージュは楽しそうな様子で言う。


ユカリは否定しない。強く勇敢な英雄とか、賢く優しい王女様とか、残虐非道な怪物とか、そういった広く語り継がれるものにユカリはときめくのだった。

これ以上ベルニージュが失礼なことを言う前に、ユカリは今夜のところは眠ることを提案した。


アクティアには先にパーシャが寝ていたあの部屋へと戻ってもらうことにした。

ユカリとベルニージュは後片付けと戸締りと消灯をする。他に散らかした本はないか見回りし、開いた覚えのある扉や窓を再度確認する。ベルニージュが魔術的下準備を整えて火消しを蝋燭の炎にかぶせる直前にユカリは一つ思い出す。


「そういえば畑が再生しているって話を、手紙を運んだ時にベルニージュさんのお母さんに聞きました。本人も人づてに聞いただけみたいで、私も暗くてよく見えなかったんですけど」


ベルニージュは火消しを蝋燭から離す。


「それ、とても、大事なこと」

「ごめんなさい。やっぱり魔導書ですか? 普通の魔法ではありえないような」とユカリは尋ねる。

ベルニージュは顎に手を当てて少し考えて答える。「いや、現象だけでは魔導書かどうか判断できないね。魔導書はものすごい存在だけど、入念な準備や代償を支払えば普通の魔術でも同じことが出来ないわけではない」


ユカリも前にどこかで聞いた覚えのある話だった。


「でも状況から考えると」とベルニージュは呟く。

「そうですね。ユーアやセビシャスさんのように魔導書が憑依しているのであれば、状況から考えてまず間違いなく、それはパーシャ姫ですよね」

「うん。私もそう思う。いくつかの事柄がそれで説明できる。ともかく、今日はもう寝よう」ベルニージュはあくびをする。「続きは明日。また今度」


ベルニージュは火消しを蝋燭の炎にかぶせる。すると大図書館全ての蝋燭の炎が息を合わせたように同時に消え失せた。

魔法少女って聞いてたけれど、ちょっと想像と違う世界観だよ。

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