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「助かったよ、マリちゃん。ホントに上手くいった」
「でしょ?だから言ったじゃないの」
マリの部屋。
ソファでくつろぐ健二。
「綾菜にバレちゃった時は、ホントもうどうしようかと思ったけど。すぐに謝りに行ってよかった。花束作戦もね」
「あなたが女心を知らなさ過ぎるから、こんなことになるの、だいたい寝言で私の名前を言ったりスマホにやり取りを残したりするなんて、最低!」
ぴこんぴこんとテーブルのパソコンがメールを受信する。
健二は仕事がフレックスになったのをいいことに、家では出社したふりをして会社にコアタイムだけ勤務、その後はテレワークと言ってマリの部屋にいた。
「あ、課長からの業連だ…」
メールの返信を打ちながら話を続ける。
「だって仕方ないじゃん、それだけマリちゃんのことを考えていたってことなんだからさ」
「ちょっと待って、今度は仕事のメールに変なこと書かないでよ。喋りながらだとそのまま打ち込んでしまうんだから」
グラスに烏龍茶を注ぐマリ。
「はい、お茶」
「ありがと、ささっと返しちゃうから待ってて」
急いで返信する。
「だいたいね、なんでうちで仕事してるの?迷惑なんだけど」
「なんでさ、この方が少しでも長く一緒にいられるのに」
「頼んでない」
「そんな冷たいこと言わなくても…」
ふうと、ため息をつくマリ。
「あなたのそういうとこ、奥さんに同情しちゃうわ。私はね、あなたの奥さんになんの恨みもないの。どちらかというと、拝借してますってお礼を言いたいくらい。だから、奥さんを悲しませるようなことしたら、私が許さないんだから」
右手でピストルを作って健二を狙う。
「マリちゃん、俺のこと好きじゃないの?」
「私が好きなのは健二君とのセックスだけよ。あとは興味ないわ。じゃあ反対に質問するけど、健二君は奥さんと子どもを捨てられる?そして私と一緒になる気ある?」
綾菜と翔太の顔が浮かんだ。
「それとこれとは…」
「別じゃない!離婚する気もないのに、やたらに好きとか言わないこと」
「えーーーっ」
「嫌なら帰って」
「そんな…」
「じゃあ、これからは私のことを奥さんの名前で呼ぶ?そしたら間違わないよ」
「ダメだ、それじゃ気分が…」
「乗らないって言いたいの?名前のことは、たとえばの話しなんだけどね。落ち着いて考えて。離婚はしたくない、でも私とのセックスはしたい、ならばどうすればいいかわかるでしょ?」
うつむく健二。
「マリちゃんは平気なの?違う名前で呼ばれても」
「平気よ、だいたいマリって名前もテキトーに答えただけなんだから」
「えっ!」
そういえば、名前とこの部屋以外マリのことを何も知らないと気づいた健二だった。
マリとの出会いは、半年ほど前の会社での飲み会だった。
居酒屋で偶然、隣のグループにいた。
酔いが回って、グラスを倒してしまい背中合わせのマリたちのグループのほうまでお酒が流れてしまって…。
「ごめんなさい、洋服にかかってしまいましたよね?あの、今は持ち合わせがないんで、ここに連絡してもらえますか?」
クリーニング代を払うために名刺を渡した。
「あー、じゃあ、もらっておきます」
ただそれだけの会話だった。
酔っていたせいで、名刺を渡したことも忘れていた数日後。
会社のパソコンにメールが届いた。
『先日、スカートにお酒をこぼされた者です』
そんな文章だったけど、思い出すまでにだいぶ時間がかかった。
そしてあやふやな記憶を埋めるために、同僚にも確認した。
「あぁ、そうそうおまえさ、相当に酔っ払って酎ハイのグラスを勢いよく倒して、背中合わせにいた女の子のスカートを濡らしてたわ。そんで名刺を渡してた」
どうやら事実らしいことがわかった。
「なに?その子から連絡がきたの?」
「そうみたいだ、高いクリーニング代を請求されるのかなぁ?俺、今月の小遣い残り少ないんだけど」
「ぼったくったりしそうには見えなかったけどな」
「それならいいか、とりあえずはクリーニング代を払わないと…」
クリーニング代だけ、というわけにはいかないかなあ?
食事くらいはおごるべきなのかな?
でも、どんな顔してたっけ?
ってくらい印象が薄かった。
まさか、その後こんな関係になってしまうなんて俺自身も驚いてるけど。
浮気がバレたと報告した時。
すぐに土下座して謝ることと、言い訳はしないこと、一度きりの酒のせいにすること、派手過ぎず気の利いたプレゼントを用意すること、それがマリからの指示だった。
必要ならば、マリという女の悪口を並べ立てて奥さんに赦しを乞うこと、そうやって徹底して奥さんのプライドを守ることが必要だと言われた。
奥さんのプライドか…
俺は守れたのかなぁ?
カタカタとパソコンで資料を作りながら考えていた。
「ね、まだ帰らないの?帰らないならする?」
ねっとりとした唇が、返事をしない健二の唇に重なった。