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ルキウスへの想いを自覚した、聖女祭の翌日。私は急ぎ、二通の手紙を書いた。

一通目はロザリーへ。最後のほんの数分だけの参加となってしまったお詫びと、念願のエストランテに輝いた心からのお祝いを。

そして二通目は、アベル様へ。途中退席という非礼を詫びる言葉と共に、贈られた仮面をお返しした。


(どうかお許しくださるといいのだけれど)


悪いのは私。罰が下るのならば、私ひとりで負わなければ。

間違っても家門に、ルキウスに。迷惑をかけるわけにはいかない。

アベル様はお優しい方だから、きっと、温情をかけてくださるとは思うのだけれど……。


拭いきれない不安を抱えながらも、返事を待つしかない私はミラーナを連れて王都へと繰り出した。

いつでもおいでと言ってくださった、ミズキ様に会うために。


「……お嬢様、本当にお一人で平気ですか?」


やっぱり周囲から浮いている赤い格子の前で、ミラーナが不安気に訪ねてくる。

彼女の心配はもっともだ。私だって、一度目は不信感でいっぱいだった。

けれどもあの時に不安を煽った赤い格子も、内情を知っている二度目の今はとても美しく思える。


(”知っている”というだけで、随分と見方が変わるものね)


それは人が相手でも、同じなのかもしれない。


「安心して、ミズキ様は信頼できる方よ。ルキウス様とも仲がいいの」


それじゃ、行ってくるわねと。

扉を開いた私は、ひとり店の中に踏み入れる。と、


「また来てくださるなんて感激だねえ、マリエッタ様」


「! ミズキ様」


彼は奥の部屋へと繋がる扉からひょこりと顔を覗かせると、


「丁度良かった。いま甘味が出来上がってね。お茶と一緒に持って行くから、この間と同じ席にどうぞ」


「ありがとうございます」


礼を告げて、ルキウスと来た時と同じ席に腰かける。


(突然の訪問だったから、もっと驚かれるかと思ったけれど……)


どうやら無駄な緊張だったらしい。ほっと息を吐きだし、家の中をくるりと見渡す。

内装はどれもかれもが異国風だというのに、不思議と心が落ち着くのは、ミズキ様の持つたおやかな雰囲気があちこちから感じ取れるからだろうか。


(ルキウスが好んで通うわけだわ)


ミズキ様との出会いは幼い頃だと言っていた。

思えばルキウスはもとより多方面に秀でていたけれど、けして己が持つ才能だけに頼る人ではなかった。

今のルキウスの持つ”黒騎士”の賞賛は、間違いなく彼の血汗滲む努力の賜物。


それは私と婚約をしてからも。ううん、むしろ、それまで以上に勉学に剣術にと励むようになった。

その姿はまるで、何かに焦っているかのように。


(あの頃のルキウスは、いつだって気を張っていたから)


きっとこの空間が、ミズキ様が。

ルキウスが周囲を気にせずにすむ、唯一になっていたのだと。


「おまちどーさま」


現れたミズキ様が、机上に緑茶と茶菓子を置いてくれる。

私は「これは……」と思わず目を瞬いて、


「黄金色をしたソースが、なんとも美しい茶菓子ですわね」


淡い白磁のお皿に乗せられているのは、細い木の棒にささった一口サイズの丸いお菓子。ころころと三つほどが綺麗に並んでいる。

色は綺麗な白をしているよう。上からは蜂蜜のような黄金色のソースがたっぷりとかけられていて、きらきらとした光沢が美しい。


(これもミズキ様の国のお菓子なのかしら)


まじまじとお菓子を見つめる私に、対面の机上にもお茶と茶菓子を置いたミズキ様は「そうでしょう」と頷いて、


「”みたらし団子”っていう菓子さ。珍しく材料が手に入ったもんでね、これはぜひとも焼き立てを食べてもらわなきゃって気合いがはいってしまったよ」


「まあ……。突然の訪問となってしまいましたのに、お気遣いありがとうございます、ミズキ様」


「いいのいいの、私が好きでやっているんだから。そのね、ソースのついていない木の棒……”くし”っていうのだけれど、それを持って直接かじって食べるのさ。この間の鯛焼きみたいにね」


さあ、どうぞと。ミズキ様が対面に腰かけたのを確認して、私は言われた通り棒を摘まみ上げた。

とろっと滴り落ちるソースが食欲をそそる。ドレスに垂れないようお皿で受け止めながら、あむりと球体にかじりつく。


「っ!」


「お口にあったかな?」


私は必死に頷きながら急いで咀嚼して、


「不思議ですわ。噛み応えがあるのに、全く硬くなく……むしろ柔らかいなんて。このソースも、蜂蜜に似たものかと思いましたら、深い甘さの中に塩気や香ばしさも感じられますし……。なによりも、何度も噛んでいますのに、最後まで美味しいままです。むしろこの丸いお菓子の優しい甘さと合わさって、その変化さえ楽しく思えますわ。さらには」


私は緑茶をすっと飲み込んで、


「これもまた、この緑茶の渋みにとてもよく合うお菓子なのですね」


「うんうん、マリエッタ様ならきっと気に入ってくれると思ったよ。はりきったかいがあるってもんだ」


ミズキ様は「私もいただこうかね」とみたらし団子を咀嚼して、


「うーん、さっすが私。いい仕上がり具合ってもんだ」


緑茶を飲み、ほう、と満足げに息をついたミズキ様が、「さてさて」と湯呑みを置く。

それから藍色の瞳を私に向け、


「私はなにを手伝おうか。あの子……ルキウスもなかなかに頑固者だからねえ。いい加減マリエッタ様を諦めて、婚約を破棄するようそろそろ本腰を入れて説得でも……」


「い、いえ、違いますわ、ミズキ様」


「おっと、説得じゃなくて説教だったか」


「いいえ! そうでは……そうでは、ありませんの」


私は一度ぐっと瞼を閉じてから、


「ルキウス様との婚約を、破棄したくはありませんの」

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