「まだ、行くって言ってないし…」
振りほどくこともできないまま、捕まれた手がじんわりと熱を持って汗ばんでくるのを感じる。
「これから、俺とデートしようぜ?」
急に『デート』だなんてと、さすがに照れそうになっていたところヘ、
「理沙が全然来ないんで、俺から会い行こうかと思ってな。やっと店の空きが取れたんで、予約ぶっ込んできた」
そんな風に言われて、高ぶっていた熱がすーっと冷めてくるのを感じた。
(なんだ、やっぱり仕事なんじゃない……結局これも、営業とかになるのかな…)
照れた分だけ、落ち込みを隠せずにいた──そこヘ、
「あーーっ!」
と、突然に大声が飛んできた。
聞き覚えのある声に嫌な予感がして、先を行こうとしていた銀河を立ち止まらせると、
「理沙じゃな〜い! ねぇ、そっちの男の人、誰?」
そう、いきなりぶしつけに尋ねられた。
面倒を避けるつもりで人だかりから逃れて来たはずが、こんなところを最も見られたくない相手──花梨に、図書館の前で出くわしてしまった。
「だ…誰でもないから。この人は、その…ちょっとした知り合い、それだけだから……」
咄嗟にそう答えたけれど、そんなその場しのぎの言い訳で、おしゃべりな花梨が簡単に納得するわけもなかった。
「ふぅ~ん……知り合いとか言って、実は理沙の彼氏なんじゃないのー?」
花梨がじろじろと疑わしげに、銀河と私の顔を交互に見やる。
「……違うから。彼氏じゃないから、本当に…」
「へぇー、でもそうやって否定するところが、なんか逆に怪しいっていうか〜」
彼女のしつこさに何も言い返せなくなり口をつぐんだ──結局はどう話したって、花梨には噂のタネにされて、あることないこと広められてしまいそうに感じた。
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