テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
K side
若様の身体は良くなっただろうか。
そして、行くなと言われたのに帰ってしまった事も気掛かりだ。
もやもやした気持ちと心配が残ったまま、仕事を始める。
K「ふぁ〜…」
昨晩は休むのが遅くなってしまったから、寝不足だ。
仕事中なのに、あくびが止まらない。
家臣「おい…っ」
隣りにいた奴に肩を叩かれた。
気を抜いていると、監視役に酷く怒られるからだ。
家臣「お前が珍しいな、大丈夫か?」
K「あぁ、ごめん… 」
大丈夫…ではない、と思う。
気が付いたら、若様との距離が近くなっていた。内緒で本を貸していること、弱った姿、恋に興味津々な年相応の若様…。
どこかで線引きしないと、きっともう元には戻れなくなる。
けれど、呼ばれれば行ってしまう。
どうしよう…。
頭を抱えていると、
家臣「おいって…!」
再び肩を強く叩かれてしまった。
ーー夜。
重臣「若様がお呼びです」
K「………」
重臣「かのん殿?」
K「あ!すみません、行きます…っ」
若様の様子が気になってはいたが、いざ呼ばれると緊張が走る。
部屋に入り、蚊帳の布をあげると顔色がすっかり良くなった若様がいた。
K「あぁ、良かった…」
あ…。
ご挨拶しなければいけない所を、つい心の声が出てしまった。
K「っ…若様、申し訳ありません」
慌てて膝をついて頭を下げる。
R「ふっ…かのんはつくづく面白い奴だな 」
K「申し訳…ありません…」
R「気にするな、それに、るいで良い」
るい…若様の名前だ。
しかし、その名前を口にすることは、本来許されることではない。
K「いえ、失礼にあたりますので…」
R「二人だけの時くらい、いいだろう。命令だ」
「命令」と言いながら、若様はにやりと笑う。俺がその言葉に逆らえないと分かっているからだ。いつの間にか、それが若様の常套手段になっていた。
K「分かりました…」
R「では、一度呼んでみてくれ」
K「え?」
R「早く」
若様が期待するような目でこちらを見ている。
K「…るい様…」
R「うん、その呼び方の方が好きだ」
K「そう…ですか」
若様……いや、るい様は嬉しそうに目を細めた。
R「かのん、昨晩は助かった。…無様な姿をみせて悪かったな」
K「いえ!そんな…」
無様だなんて…少しも思わなかった。
責任の重い仕事をされているのだから、熱くらい出してもおかしくない。
それよりも…、るい様の寝顔に見惚れていた…なんて口が裂けても言えない。
口を噤む俺を横目にるい様が微笑む。
R「かのんの声を聞いていると不思議と落ち着く…また呼んでもいいか?」
K「…はい、俺で…良ければ」
一線を引こうと思った矢先に、名前を呼ぶ事になり、結局また、るい様の寝所に足を運ぶ約束をしてしまった…。
R side
R「ん…なんだ」
朝から爺の慌ただしい声がする。
いつもなら起きている時間だが、身体がまだ怠く、床に就いたままだ。
ガラッ…!
襖が勢いよく開く音がする。
その乱暴な音だけで、 誰が来たのかすぐに分かった。
すぐに布団から出て、 膝をきちんと揃えてその姿を待つ。
怒ったような足音が近づいて来た。身体が強張る。
父「るい、遠征ごときで熱を出すとは、恥ずかしくないのか」
眉間に皺を寄せた父上が、威圧的にオレを見下ろした。
R「はい、申し訳ありません」
父「今日からちゃんと動け」
R「分かりました」
そこへ爺が慌てて割って入る。
爺「ですが、まだ病み上がりで…」
父「お前はるいを甘やかすな」
そう言って俺を一瞥するとさっさと部屋を出ていく。
襖が閉まると、張り詰めた空気が少しだけ緩む。
爺「若様申し訳ありません、もう一日だけ休んでいただこうと思ったのですが…」
R「爺、ありがとう。もう、元気だから」
重さの残る身体を動かす。
父上の言う通り、甘い事なんて言っていられない。身体が動かなくても、立たなくてはならない時がこれからいくらでもある。
R「今日の予定は?」
爺「はい…」
午前中から早速、武芸だった。馬に振り落とされないように必死に喰らいつき、午後は公務。
休んだ分、長丁場になる。
夜にはまた身体が熱っぽくなっていた。
夕飯を早々に切り上げ、倒れるように床に就く。
……何だろう、虚しい。
俺が、こんなに頑張った所で何になるのだろう。
身体が弱ると考えもしょうもない事ばかり。
頭の中をぐるぐると巡って眠れない。
R「……かのんの声が…聞きたい…」
気付いたら、か細い声で呟いていた。
また、あの声を聞いて眠りにつきたい。
R「爺〜…」
爺「はいはい、かのん殿ですね」
R「なんで…」
爺「若様の事は何でもお見通しです」
爺が満足そうに笑った。
しばらくすると、襖が静かに開く音がした。
K「お待たせいたしました…」
R「悪いな、連日呼び出してしまって」
きっと、かのんはかのんで夜の余暇があるだろうに…。でも、心細くて我慢できなかった。
K「いえ…」
呼び出された理由を探すような表情。真っすぐ伸びた前髪の間から、黒目がちの瞳がキョロキョロと動く。
R「何か話してくれ」
K「はい、……この間の恋の話の続きでいいですか?」
R「いや…」
何故か、あんなに興味があったかのんの恋の話は、もう聞かなくてもいいと思った。
聞きたくなくなった、と言ったほうが正しいかもしれない。
それよりも、
R「お前の生い立ちの話を聞かせてくれ」
自分が知らないかのんの話を聞きたくなった。
育った場所や、家族の事、どうして奉公人としてこの城に来たのか…全て。
K「分かりました」
かのんが話始める。
あぁ、この声だ。夜に溶けるような落ち着いた声。
目を瞑ると、より鮮明に耳に届く。
さっきの虚しさが軽くなり、不思議と心の冷たさが和らいでいった。
R「ふぅ…」
安堵して息を1つ吐く。 心地良くなってきた。
もっと、かのんの声を聞いていたかったのに…いつの間にか、眠りへと落ちていた。
179
コメント
1件
さちこさん、第5話読ませていただきました。今回はKとR、両方の内面がじっくり描かれていて、特に「一線を引こうと思った矢先に名前を呼ぶことになる」Kの葛藤が切なかったです…。「るい様」と呼ぶ瞬間の緊張と甘やかさが伝わってきました。Rが父上の前で緊張しながらも、かのんの声に安らぐ場面の対比も綺麗でした。二人の距離が少しずつ縮まるようで、読んでいて胸が温かくなりました。次話も楽しみにしています🌷