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その日の夜。
女子寮棟の裏手に、二つの怪しすぎる人影が潜んでいた。アレクとレオンである。二人が深刻な面持ちで見上げる先は――最上階。バイオレッタとフローラの部屋だった。
普段なら、バイオレッタを巡って犬猿の仲である二人。だが今夜ばかりは――。
「……あの女は危険だ」
アレクが唸った。
「奇遇だね。僕もまったく同感」
レオンも珍しく笑みを消している。
「あれ、完全に独占スイッチ入ってたでしょ」
こくり。二人が頷き合う。昼間から、不穏すぎる予兆は山ほどあった。
学院のカフェテラスでは――。
『ビビお姉さま、この果実水、とっても美味しいですよ♡』
『あら、本当? じゃあ一口もらおうかしら』
『はい、どうぞっ♡』
フローラが差し出したグラスへ、バイオレッタは何のためらいもなく口をつけた。
『美味しいわ! フローラも飲んでみて?』
『はい♡』
フローラは、たった今バイオレッタが口をつけた場所へ、そのまま唇を重ねた。
「……今、見たか」
「うん。がっつり見た」
『ビビお姉さまと一緒に飲むと、100倍美味しいですっ♡』
『ふふ、大げさねえ』
本人たちは、間接キスなどまるで気にも留めていなかった。
さらに、中庭のベンチでは――。
『ビビお姉さまぁ……お膝、あったかいですぅ♡』
『もう、フローラったら甘えん坊なんだから』
バイオレッタの膝へ我が物顔で頭を預け、寛ぐフローラ。
その一方で。遠巻きに見ていたアレクとレオンへ向ける視線は――。
『これ以上近づいたら、物理的にこの世から抹殺しますよ?』
とでも言わんばかりに、冷え切っていた。
「……このまま放っておけば、何をするか分からん」
「うん。普通に危ないね」
そして何より。二人の脳裏には、まったく同じ『最悪の未来』が浮かんでいた。
***
深夜。
「ビビお姉さま……♡」
眠るバイオレッタの隣へ、潜り込むフローラ。
「朝も夜も……いえ、一生、私だけのお姉さまでいてくださいね♡」
「ん……フローラ……」
寝ぼけたバイオレッタが、ぎゅうっとフローラを抱きしめる。
「可愛い妹ね……ずっと一緒にいましょう……」
「はい♡」
フローラは、そこにいないはずの男二人へ勝ち誇った笑みを向けた。
『私の完全勝利ですね♡』
***
妄想終了。
「……あり得る」
「普通にあり得るよね」
もはや二人の中では、ほぼ確定未来だった。
「行くぞ」
「行こっか」
この瞬間。王国最強の『闇』と、王族屈指の『光』が――。独占欲全開のフローラからバイオレッタを救出するという、ただ一つの目的のために手を組んだ。
レオンが女子寮の外壁へ手をかける。
「女子寮に不法侵入とか、普通なら即退学なんだけどね」
「黙れ」
「お前も来ているだろう」
「それはそうだけど」
二人は魔法で足場を作りながら、壁を登っていく。
「……けどさあ」
レオンがぼそりと呟いた。
「国を背負って立つはずの僕たち二人が、夜中に揃って女子寮の壁をよじ登ってる光景なんて、絶対誰にも見せられないよね」
「無駄口を叩く暇があるなら手足を動かせ」
「はいはい」
やがて、最上階のバルコニーへ到着。
「ここだな」
「みたいだね」
カーテンの向こうから、薄明かりが漏れている。
「ちょっとだけ光魔法を応用すれば――」
レオンが窓の留め金へ指先を向ける。細く伸びた光が隙間へ入り込み――。
カチッ。
「よし、開い――」
その瞬間だった。
シュルッ!
「……え?」
留め金が外れ、わずかに開いた窓の隙間から、一本の細い蔓が飛び出した。
次の瞬間――。
ブワッ!!
蔓が一気に膨れ上がり、大蛇のように太い深緑の茨へと変貌する。
「――っ!?」
「うわっ!?」
「な、なんだこれは!?」
「ちょ、待っ――」
ズルルルルルッ!!
「ぐあっ!?」
アレクの身体へ蔓が巻きつき、そのままミノムシのように宙吊りにする。
「アレク!?」
「レオン、後ろだ!」
「え?」
パカァッ……。
レオンの背後で、二メートルを超える巨大食虫植物が大口を開けていた。
バクンッ!!
「うわあああああっ!?」
ガブリ。レオンの上半身が、巨大な口へ飲み込まれる。
「ちょっ……これ、僕のこと普通に食べようとしてない!?」
バルコニーは一瞬にして、巨大植物が蠢く密林へと変貌していた。
「今、焼き切る!」
***
「……ん?」
ハーブティーのカップを口元へ運びかけ、私は手を止めた。今、窓の外から誰かの悲鳴が聞こえたような……。
「フローラ」
「はい、ビビお姉さま♡」
「今、外から変な音しなかった?」
「ええっ?」
部屋の奥から、白いパジャマに水色のカーディガンを羽織ったフローラが顔を出した。
そして、不安そうに私の腕へ縋りつく。
「お、お姉さま……!」
「どうしたの?」
「それ……もしかして、不審者かもしれません!」
「不審者?」
「はい。女子寮には時々、夜中に忍び込もうとする不届き者がいるって聞いたんです」
「なんですって!?」
「私、それが怖くて……」
フローラは胸元で両手をぎゅっと握った。
「念のため、窓の外に精霊魔法でちょっとした防犯用の罠を仕掛けておいたんです」
「罠?」
「はい。でも……」
フローラが心配そうに窓を見つめる。
「誰も引っかかっていないといいんですけど……」
「…………」
さっきの悲鳴。そして、防犯用の罠。
(まさか……)
「本当に不審者が引っかかったんじゃない!?」
「ええっ!? こ、怖いですぅーーっ!」
ぎゅうっ。フローラが私の腕にしがみつく。
「大丈夫よ!」
こんな愛らしい妹を脅かす不届き者がいるなんて!
「私が確認するわ!」
窓へ足早に近づき、カーテンを一気に引いた。そして――。
バンッ!
窓を開ける。
「…………」
いた。アレクとレオンが。しかも、とんでもなく無惨な姿で。髪は爆発してボサボサ。服はヨレヨレ。全身、煤と植物の粘液まみれ。周囲には焼け焦げた蔓が転がっている。
「……あなたたち」
冷ややかな視線を投げかけ、腕を組んだ。
「夜中に女子寮のバルコニーで――一体何してるのかしら?」
アレクが気まずそうに視線を泳がせ、口を開く。
「防犯確認だ」
「は?」
「そうそう!」
レオンも引きつった笑みを浮かべる。
「僕たち、防犯パトロールのボランティアを――」
「嘘つけーーーっ!!」
ビシィッ! と二人へ人差し指を突きつける。
「夜中に女子寮の最上階まで壁をよじ登ってくる人間を、世間では不審者って呼ぶのよ!!」
「……仕方ないだろう」
アレクが呟いた。
「そうそう」
レオンも珍しく真顔で頷く。
「あの子のことは放っておけないと思ってね」
「…………え?」
レオンが――「あの子」を放っておけない?
「まさかアレクと協力関係になるとは思わなかったけど」
レオンが横目でアレクを見る。
「お前一人に任せておけるか」
「はいはい」
「…………!」
頭の中で点と点が一本の線に繋がった。
(まさか……レオン、ついにフローラの可愛さに気づいたの!?)
しかも、アレクまで協力している?
(きたあああああ!!)
(やーっと王道ハピエンルートが動き始めたんじゃない!?)
(原作とは違うけど、これならアレクの執着フラグも回避! レオン×フローラの王道カプ爆誕まで一直線よ!!)
「……なるほどね」
「分かったか?」
「ええ。よーく分かったわ」
私はレオンに視線を投げかける。
「あなた、やーっとフローラの可愛さに気づいたのね!」
「…………は?」
「何?」
二人の声が綺麗に重なる。
「しかもアレクまで、レオンの恋を応援してあげてるんでしょう?」
「誰が」
「何の話?」
「いいのよ、隠さなくても!」
私は背後のフローラを庇うように、一歩前へ出た。
「フローラの可愛さに気づいたこと自体は100点満点よ!」
「だから違う」
「でも! 可愛い天使のパジャマ姿を拝みたいからって、夜中に女子寮へ不法侵入するのは0点よ!!」
「だから違うと言っている!」
アレクが珍しく声を荒らげた。
「俺たちは――そいつから、お前を守りに来たんだ!」
「…………は?」
今度はレオンも真顔になる。
「そこだけはアレクの言う通り」
「君、自覚ないみたいだけど……その特待生ちゃん、かなり危ないよ?」
「お、お姉さまぁ……」
背後からは、震える声。振り返ると、フローラが私の背中に隠れていた。ぷるぷる。水色の瞳には、今にもこぼれそうな涙が浮かんでいる。私のパジャマの裾を、小さな手でぎゅっと握りしめていた。
「私……怖いですぅ……」
どこからどう見ても、か弱い美少女である。私は再び、目の前の男二人へ冷徹な視線を戻した。
深夜。女子寮最上階。壁をよじ登って不法侵入。全身ボロボロ。しかも、か弱い少女を指差して。
『あいつは危険だ』
(危険なわけあるか!)
「……ようやく気づいたか」
アレクが真剣な顔で言う。
「ええ」
「よかった、話が通じて」
レオンが言う。
「どう考えても一番ヤバくて危険なのは、あなたたちでしょうが!!」
「なんで!?」
「なんでだ?」
「なんでじゃないわよ!!」
私は窓へ手をかけた。
「フローラが怖がってるでしょう!」
「違う、バイオレッタ! そいつは――」
「お願いだから話を聞いてって!」
「王子と公爵の品位が聞いて呆れるわ!!」
「待て!」
「とっとと出て行って!!」
バタンッ!!
施錠し、さらに念入りに――カチャリ、カチャリと二重ロック完了。
「まったく……信じられないわ」
私は深いため息を吐いた。
「怖かったわね、フローラ。もう大丈夫よ」
フローラは潤んだ瞳で私を見上げ、微笑んだ。
「お姉さまが守ってくださって、本当によかったです……♡」
***
その頃――。 閉ざされた窓の外、荒れ果てたバルコニー。
「…………」
アレクとレオンが、魂の抜けた顔で立ち尽くしていた。すると。カーテンの隙間から、フローラがひょこっと顔を出す。
「…………!」
目が合った。フローラはにっこりと笑顔を浮かべたまま──。
「べーーーーーーっ」
思いきり舌を出し、全力のあっかんべーを炸裂させた。
「なっ……!」
「あの女……!」
そして声には出さず、唇だけを動かした。
『お姉さまの隣は、一生私の指定席です♡』
『負け犬さんたちは、お外で指をくわえててくださいね♡』
「…………っ!!」
アレクのこめかみに、青筋が浮かぶ。レオンの顔も引きつった。
「……本当に腹が立つな」
「奇遇だね。僕も今、まったく同じこと思ってたよ」
そして――。
バチィッッッ!!
「!?」
突然、窓一面を緑の蔓が覆い尽くした。するすると伸びた蔓が、巨大な文字を形作っていく。
『入室禁止』
その下には――。
『※不審者お断り♡』
ご丁寧に、ハートまでついていた。