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「見てみろよ」
友達が声をあげた。健太は振り返った。なんど、健太のすぐ後ろにも「ぷうぎ」がいるではないか。老人が真面目な顔で、山田先生と美緒の顔を真似ていた。
乾燥した老人のくちびるは、伸びたら戻らなそうで健太まで心配になる。しかし老人は無理に伸ばすことまではしなかった。くちびるはとりあえず反転したものの、色も幅も薄い。それでも目は広がり、鼻は低くなり、首をチコチコ傾げるその姿は、むしろマスターの店の壁に書かれた型崩れたぷうぎと似ていた。
教室前方では「ミ」の指導が始まっている。「二」のときもそうだが、あれだけ口が広がると「ミ」などと発音はできない。かろうじて出る音とは、あえて言えば、う、に近い。「ニ」も「ミ」も「う」に近いから、二つ続けると「う、う」のように聴こえる。生徒達も互いに変な顔をしながら「ウ、ウ……」とやっているから、教室はさながら「爆笑ぷうぎ風にらめっこ大会」だ。
ところがそんな様子を、後方の校長と副校長は注意するでもなく、腕を組みながら真面目な顔をして見ている。
「『ン』はホラ、こんなふうに両手でこぶしを握ってごらんなさい」山田先生は美緒の手を取り「親指をこうで……こう。これが、正しいグリップ」とやる。健太の席からは、何が正しいグリップで何が正しくないのか、違いなど分からない。
「そしたら次は、足を肩幅より広く、こう腰を落とす」と山田先生「そう。その姿勢のまま、鼻から思いっきり息を吹き出してごらんなさい」
「はい。フンッ」と美緒。
「フはいらない、『ンッ』。もっとお腹に力を入れて」
「はい。ンッ」
生徒達も真似してンッとやりだす。
そのうち山田先生が美緒に「せーの」と号令をかけたものだから、教室中が一斉に「ンッツ」とやる。
「フンッツ」
教室の後ろから、ひときわ大きな踏ん張り声が聴こえてきた。老人だ。
「フンッツ」
「フンッツ」
ほほう、そうやるんですかと中年は寄ってきて、自らも踏ん張りだした。
「ウンッツ」
「ウンッツ」
「君、そうじゃない」と老人「喉じゃなくて腰から声を出すんだ」老人は中年に足の位置、腰の高さから肘の位置まで細かく注文をつけた。その結果、中年は相撲取りが土俵に立つような大股で腰を落とす羽目になった。