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【フィルモア王城・夜の晩餐会】
「さぁさぁ華奈様、フィルモアの晩餐会を心ゆくまで楽しんでください!」
きらびやかなシャンデリアの光、鳴り響く音楽、そして割れんばかりの歓声。テーブルには贅の限りを尽くした艶やかな料理が並ぶ。
だが、そんな喧騒の中心にいながらも、華奈の心は完全に別の場所に置かれていた。
(ちょっとでもいいから……一瞬だけでもいいから、タクちゃんに逢いたい)
そんなささやかな願いすら叶わぬまま、昼の歓迎会から引きずられるようにして、夜の晩餐会の時間になっていた。
「国王陛下に乾杯を! 至高の勇者、華奈様に栄光あれ!」
退屈で面倒なスピーチもどうにかボロを出さずにこなし、国王が高々と掲げた杯に合わせ、手元に用意されたグラスに口をつける。
「皆様、私のために晩餐会を開いていただき、ありがとう存じます」
周囲の狂信的なまでの歓喜とは裏腹に、華奈は胸を締め付ける寂しさを必死に堪え、勇者として気丈に振る舞い続けていた。
「華奈様、皆様がご挨拶を楽しみにしています。是非こちらへ」
そんな彼女に近寄り、笑いかけてくる貴族の女たちの言葉は、どれも猛毒を孕んでいた。
「……風の噂で耳にいたしましたわ。貴女様のお連れ様は、あまり芳しくない測定結果だったとか?『世界最弱ポンコツ勇者候補』と呼ばれましてよ」
「あらあら、世界を救う至高の勇者様には、少々相応しくありませんわね」
「もし我が公爵家の『庇護』があれば、彼を別の場所で不自由なく暮らさせてあげられますわよ?」
「……っ」
えげつないほど回りくどい言い方で、匠を引き離そうとする連中。その浅ましい顔ぶれを見ているだけで、激しい吐き気しか湧いてこない。
匠を囲えば華奈との強い繋がりが持てる――そんな下賎な下心が透けて見える。
「ご心配なく。私が庇護いたしますので、お気になさらず」
努めて冷ややかに言い返す。「世界を救う至高の勇者」に向けられるのは、純粋な敬意や歓迎ではない。利権を貪り食おうと群がる、ハイエナのような醜い連中ばかりなのだ。
(早く、タクちゃんのところに帰りたいよ……!)
そんな悲痛な願いを抱えながら、長かった晩餐会はようやく終わりを迎え、華奈はついに解放された。
「待ってて、今行くよ」
匠のいる客間へと戻ることができたのは、時計の短針が真上を向く、深夜にほど近い時間のことだった。
【フィルモア王城・客間】
(待たせてごめんね、タクちゃん……!)
どれだけ遅くなっても、きっと彼は笑顔で迎えてくれる。そう自分に言い聞かせ、ドレスの裾を翻して足取りを早める。
だが、息を切らせてたどり着いた客間の扉を開けた先――いつも通りに「おかえり」と笑ってくれるはずの、想い人の姿はどこにもなかった。
「おやめください華奈様! 未婚の女性が男性の部屋に夜更けに入るなど、あまりにも不謹慎にございます!」
「貴女に命令される筋合いはありません。控えなさい!」
「ギャ!」
背後からうるさく付きまとってくる部屋付きの侍女に対し、威圧を放ち吹き飛ばすと、強烈な痛みと恐怖に晒され失神してしまう。華奈は一瞥することなく奥の寝室の扉を勢いよく開け放った。
#オカルト
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「タクちゃ――」
呼びかけようとした声が、喉の奥で凍りついた。
そこにいたのは、昼間の凛々しさを見る影もなく失い、心身ともに憔悴し切った匠の姿だった。
引き裂かれた衣服、剥き出しになった腕や顔に浮かぶ赤黒いあざ――。聞くまでもなく、一方的な暴力を振るわれたとしか思えなかった。
あまりの変貌ぶりに、華奈は息をすることすら忘れて立ち尽くす。
かけるべき言葉が、どうしても、どうしても見つからなかった。
「あ……華奈、おかえり。……ちょっと、ね。ちょっとしたトラブルに巻き込まれただけだよ」
これ以上、華奈を悲しませたくない――。
匠は無理に口角を上げ、君には責任がないよと言わんばかりに笑ってみせた。だが、その悲壮な意志とは裏腹に、目は完全に光を失い、焦点が合わずに空を切っていた。
「うそ……そんなの嘘に決まってる……! 嗚呼、私、私が一緒にいればこんなことには……っ!」
彼なりにどれほどの屈辱と恐怖を我慢したのか、華奈には痛いほど分かった。
(ごめんなさい、ごめんなさい、貴方にだけこんな辛い思いをさせて……ごめんなさい)
自分が勇者ともてはやされている裏で、彼は一人、差別の悪意に晒されていたのだ。華奈は激しい後悔と涙を流したまま、床に座り込む匠の身体を狂おしいほど強く抱きしめた。
「ごめんね、ごめんねタクちゃん……っ!」
匠もまた、その細い身体から注がれる温かさを本能的に得ようとするかのように、ゆっくりと腕を回そうとした。
だが――その手は、華奈の背中に触れる直前でピクリと止まった。
(俺の手じゃ……大事な華奈を汚してしまう……)
そんな残酷な自虐が脳裏をよぎったのか、匠がその腕で華奈を強く抱きしめ返すことは、ついになかった。
ただ静かに、絶望の夜の帳が、傷だらけの二人を包み込んでいくのだった。
※※※※※
【翌日・ウィラードの執務室】
「――次に私の連れに手を出すのであれば……見つけ次第、容赦なく叩き切ります」
「も、申し訳ございません、華奈様! 私の監督が行き届かず、お連れ様に多大なる不愉快な思いをさせてしまったこと、ここに深くお詫び申し上げます……!」
翌朝、朝食を終えた華奈は支給された身軽な服に着替えを済ませる。そして近衛騎士団の修練場へ直行すると、開口一番、ウィラード団長を相手に猛抗議の真っ最中だった。
彼の執務室全体を震わすほど、普段の彼女からは想像もつかない、その全身からの激しい覇気が、そして圧倒的な殺気が立ち上っている。完全にガチギレ状態だった。
それに対するウィラードは、大汗をかきながら頭を下げ続けていた。
騎士団長である彼にとって、今回の件は完全に青天の霹靂だったのだ。
(くっそ、貴族の御曹司どもめ、こうなることすら想像できないとは……!)
まさか普通科所属の、それも貴族出身の傲慢な連中が、華奈のいない隙を突き、匠を無能と断定して狼藉を働いていたなど、夢にも思っていなかった。世界を救う唯一の希望である「至高の勇者」を激怒させたのだ。
もしここで華奈がへそを曲げて「魔王討伐なんてやめる」と言い出せば、人類に勝ち目などなくなる。ウィラードは内心でクズな部下たちへの怒りを爆発させながら、ひたすら謝罪を重ねるしかなかった。
「……少し、身体を動かして発散したい気分なのです。修練場と、どなたか『胸をお借りできる方』を頂けますか?」
「おお……! は、はい、もちろんでございます。私も、華奈様の剣技をこの目で拝見したいと思っておりました(超大汗)」
ウィラードは滝のような冷や汗を流しながら、引きつった笑みを浮かべる。
「すぐに準備しろ。昨日、匠殿に狼藉を働いた普通科の者たちを全員、修練場へ集めろ」
部下へ矢継ぎ早に指示を飛ばす。同時に修練場中央を広く空けさせ、騎士たちにも場を引き締めるよう命じた。
※※※※※
【近衛騎士団・修練場】
「へっ、団長直々の呼び出しかと思えば……女子剣士風情が俺たちエリートに遊んでほしいってよ」
華奈の実力を知るものはまだ少ないし、顔に関してもまだ大々的に公表されていない。そのため、呼び出されたクズ騎士どもは、自分たちが犯した罪の重さにも気づかず、何も知らずにヘラヘラと笑いながら華奈の前にずらりと並んだ。
「両者構えよ……始め!!」
――だがそれが、彼らにとっての地獄の始まりだった。
「では、参ります――出雲神速剣・五の形『突』」
ガキンッ!!!
訓練用の木剣を両手で脇に構えた――そう認識した瞬間には、もう誰も華奈の姿を視認できなかった。
「がはっ……!?」
最初の犠牲者となった大柄な騎士。
華奈の放った凄まじい踏み込みの突きは、正確無比に鳩尾へと吸い込まれ、男は白目を向いて崩れ落ちた。
ただの一突きで、鎧を着た大人の男が木の葉のように吹き飛んだのだ。
「なっ……なんだその速度はっ!? ……し、神速……っ!」
初めて本気になった華奈の剣筋を特等席で見ていたウィラードは、我が目を疑った。
数々の修羅場をくぐり抜け、人類最強とまで謳われる超人の彼ですら、必死に彼女の姿を追っても網膜には青い残像しか認識できなかったのだ。
すう、と静かに、だが圧倒的な存在感を放ってゆらりと動く華奈の立ち姿を見つめ、ウィラードは喉を鳴らしてごくりと生唾を飲み込む。彼の脳裏を支配したのは、騎士団長としてのプライドを粉々に打ち砕く、あまりにもリアルな恐怖だった。
(……俺に、あの速度に対応出来るだろうか……っ!?)
そんな人類最強の戦慄など露知らず、華奈は転がる騎士たちを一瞥すらしない。
「この程度なんですね。まとめてでいいですよ。――私に勝てたら、キスしてあげる(笑)」
先程の一撃で筋肉が目覚め、準備運動が終わったのだろう。フゥと小さく息を吐いた華奈は、人差し指をくいくいと曲げ、奴らのプライドを極限まで逆撫でした。
「囲め! 小娘一人に舐められるな――!」
一斉に飛びかかってくる有象無象を、華奈の氷のように冷たい視線が射抜く。
「――笑止。出雲神速剣・四の形『舞斬』」
鬼神とは、まさにこのことだろう。
全身から放たれる圧倒的な闘気が、修練場の床をビリビリと激しく震わせる。次の瞬間、華奈の木剣は青い気を纏い、鮮烈な青い残像の帯を残しながら、あり得ない速度で次々と空間を切り裂いた。
ドバァンッ! バキキィンッ! ガキィーンッ!
――目視できるか出来ないほどの神速。
華奈が騎士たちの間を鋭くすり抜け、その背後で舞が終わる頃には、すでに全員がその場に蹲っていた。
「ぎゃああああああああっ! まいりましたっ!」
「グァァァァっ!?痛い痛いよー」
「う、腕がッ! 腕が折れてるぅぅぅっ!!」
時間差で修練場に響き渡る、無惨な悲鳴と砕け散る木剣の音。
匠を傷つけたことへの怒りが全て乗ったその一撃一撃は、華麗に舞いつつも重戦車に衝突されたかのような衝撃となって騎士たちを襲い、壁へと叩きつけていたのだ。
――そして木剣を肩に担ぎ、冷たく見下ろす華奈の口から、絶対的な脅迫が紡がれた。
「今日はこれくらいで勘弁してあげる。……私の匠に手を出したら、全員棺桶に入ることになるからね」
断罪された連中は、言葉を発することなくただただ恐怖に頷くだけだった。骨身に染みると言うことはこういうことだろう。これで噂が広まれば、匠に手を出す者はいなくなるはずだ。
「華奈様、それくらいでご容赦願えますか……(汗)」
そう懇願するウィラードに向かって、華奈は乱れた黒髪の間から、一切の感情を排した凍りつくような瞳を向け、静かに言い放った。
「次、もし私の大切な仲間に指一本でも触れたなら、その時は――この国ごと、私が叩き切ります」
「……っ、ハ、ハハ。肝に銘じておきます」
人類最強と謳われるウィラードですら、その背中にぞっとするような悪寒を感じ、引き攣った笑みを浮かべるのが精一杯だった。
「さて、締めに私と一合交えましょうか(ニヤリ)」
「え、光栄の限りで御座います(死)」
引き攣る表情を必死に隠し、特等席から軽やかに飛び降りたウィラードもまた木剣を構える。
「……では、参ります」
バキャァァン!!
凄まじい衝撃音が修練場に轟き、二本の木剣は激突した瞬間、同時に砕け散った。
互いにあと半歩踏み込めば決着がつく――そんな紙一重の攻防だった。
(これが本物の勇者の実力……)
ウィラードは折れた木剣を見つめ、小さく息を吐く。かろうじて騎士団長としての面目だけは保たれた。それは神に感謝すべき幸運だった。
こうして、華奈の怒りの大暴れによって、城内の匠に対する表立った「暴力」は、ひとまず完全に鳴りを潜めることになるのだった。
コメント
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うわっ……華奈ちゃん、ついにキレちゃったね……でもそれだけ匠くんが大事ってことだし、むしろよかったよ。あの貴族連中に好き勝手されて、匠くんが傷ついてる姿を見た時の華奈ちゃんの心情描写がすごくリアルで、胸がぎゅっとなった。最後の「国ごと叩き切る」発言は背筋が凍るほどカッコよかった……これで少しは匠くんも安心できるといいな🥀