「おぉー、ここが宗教都市メルタテオスですか!!」
鉱山都市ミラエルツを発ってから1週間後の昼過ぎ、私たちはついにメルタテオスに到着した。
どことなく神秘的というか、宗教の影響が入った建物が多い街だ。
ミラエルツの力強い雰囲気とはずいぶん違って、こちらは歴史的な雰囲気を漂わせている。
人の数はミラエルツよりも少なく感じられるものの、それは街が広く作られているからかもしれない。
……道幅なんて、無駄に広いしね。
「ちなみにエミリアさんは、『神託の迷宮』に向かう途中で寄りました?」
「はい、3日ほどですが滞在しましたよ。
他の宗教の方々と少し交流をして、それだけで終わってしまいましたけど」
「ああ、そういうのもあるんですね。ルークは来たことはある?」
「いえ、私は初めてです。
行動範囲はミラエルツくらいまででしたもので」
「なるほど、そしたらここからは私と一緒だね。未知の世界だ!」
「ははは、そうなりますね。
折角ですし、これからはできるだけ知見を広げていきたいものです」
「でもルークさん、ここは主に宗教関係が多いですからね。
あまり深入りしすぎると、酷い目に遭うかもしれませんよ?」
「酷い目……ですか?」
「宗教は心の拠り所になりますが、逆にそれを利用されて、心の奥まで蝕まれる場合もありますから」
「なるほど……。
でも私は大丈夫です、アイナ様がいますから」
「え? そういうのは私でも助けられるもの? そういう薬もあるのかなぁ?」
「……いえ、そういうことではなくて。
ルークさんが一番信じているのが、アイナさんってことでしょう?」
「そうです。アイナ様がいる限り、宗教になんて目もくれませんよ」
「ああ、そういう?」
それは嬉しいことだけど、あんまり行き過ぎると、少し怖いような気がしてしまうかも?
何らかの事情で離れ離れになってしまったら、ルークは一体どうなるんだろう。
うーん、とりあえず離れる気は無いんだけど、ちょっと心配だ。
「――あ、そうだ。
アイナさん、メルタテオスには少し面白い場所があるんですよ」
「面白い場所? 宗教関係ですか?」
「はい、ちょっと行ってみませんか?
まだお昼を少し回ったくらいですし」
「私は良いですよ。ルークは大丈夫?」
「はい、問題ありません。
それにしても、宗教関係で面白いところ……ですか? 観光施設とか……?」
「そうですね……。うーん、ちょっと説明し難いので、まずは行ってみましょう!」
エミリアさんの案内で、ひとまず私たちは街の中を歩き始めた。
見える景色や人の服装が、今までの街とは違って面白い。
異文化って、素晴らしいものだなぁ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
30分ほど歩くと、何となく神殿っぽい建物に着いた。
何となく……というのは、外観は確かに神殿っぽいんだけど、そこまでは大きくないからだ。
「アイナさん。ここです、ここ!」
「立派なような……、小さいような……、そんな建物だね?」
「そうですね。
でも入口は開け放たれていますし、入場は自由なんでしょうか」
「ここは入場自由です! ささ、入りましょう!」
エミリアさんの引率で、私たちは建物の中に入っていった。
人はまばらにはおり、展示している何かをそれぞれ静かに見ているようだ。
うーん、何となくこの雰囲気は知っているぞ……。
えぇっと、何ていえば良いのかな……。
例えば日本でいうと――
……江戸時代のお城の中が改築されていて、内部に歴史的な資料が飾られている……みたいな感じ?
そうだ、それだ。
「……ここは、宗教関係の資料を展示する場所ですか?」
「うーん、そうと言えばそうですね」
「そうと言えば? 違うんですか?」
「ふふふ♪
あ、ルークさんが言っていた『パププパペロッチ教』はコレですね」
エミリアさんの指差した場所には、パププパペロッチ教なる宗教の資料が置かれていた。
不思議な像も横にあり、こんなの誰が信仰するのかな……などと思ってしまう。
「はぁ、これを信仰しているんですか……?
……いえ、メルタテオスから戻って来た同僚が楽しそうに話をするもので、どういうものかは気になっていたんですが……」
ルークは不思議な像を、まじまじと見てつぶやいた。
「信者はいないか、ほとんどいないと思いますよ」
「え? ここに資料があるのに?」
「ふふふ、実はですね。
ここの施設は、自作の宗教を展示することができる場所なんです!」
「「は???」」
「広まっていない宗教の布教の足掛かりとして使うもよし、創作した宗教を飾り付けるもよし。
そんな感じの、ちょっと変わった施設なんです」
「えぇ……?
宗教ってそんなに緩くて良いんですか……?」
「それは違いますよ、アイナさん。
ここは『世界の理』を様々な可能性から提示する、とても神聖な場所なんです!」
そんなことを言いながら、エミリアさんの顔は笑いを堪えている。
「な、なるほど……?
それではとりあえずパププパペロッチ教の内容でも見てみることにしましょうか」
「そうですね。
名前で出落ち感がありますが、中身はまともかもしれませんし」
「私も内容までは知りませんので、読んでみることにしましょう」
『人の上には、神がいる。神の上には、その神がいる。その神の上には、またその神がいる。
理の上では、何かの存在に対して、必ずその上位の存在が在ることが真理である。
ならば究極的な上位まで辿り着けば、その上には何があるのだろうか?
究極的な上位とは、つまり究極的な下位を示す。それは食物連鎖と同じである。
この関係は壮大な序列の輪を作り出し、どこかを断ち切れば、そこが究極的な上位と究極的な下位に変容する。
それ故に、人の身であっても神と成り得るのだ。
汝の行動は何らかの世界に影響を及ぼし、何者かの魂を救済、あるいは困窮させる。
汝は何かにすがる楽だけを求めず、何かにすがられる苦しみと喜びを噛み締めながら、人生を歩むべきだ』
「……何ですか?
何か深いぞ、コレ」
「思ったのとちょっと違いますね……」
「わたしも、名前からしてもっとおかしな感じだと思っていたのですが……」
「思いがけず、存在の序列の話になっていますね」
「ははぁ、しかし神の上……ですか。
ルーンセラフィス教とはまるで違いますね。こんな考え方もあるものなんですか」
「私の生まれた国の創作物では見かけましたよ。神様の上の神様、あたりは割と。
上と下が繋がってるなんてのは、さすがに初めて見ましたけど」
「さすがはアイナさんの生まれた国……。
しかし誰でも神様になれるのであれば、アイナさんも神様になれるってことですよね」
「あはは、そういうことになりますね。ほれほれ、我を崇めよ」
「ははっ。かしこまりました」
「……ルークがいうと、どうにも洒落に聞こえない」
「確かにそうですね……。
ちなみにお金を払えば、展示スペースを貸してくれますよ。
あそこの場所が空いてるみたいですし、アイナさんもどうですか?」
「いやいや、だからですね――
……いや? あー、ちょっと良いかもしれませんね?」
「「え?」」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
そして30分後――
「お待たせしました! 場所を借りて展示してみました!」
「ぶはっ!」
「えぇ? アイナ様、これは――」
「ガルルン教!!」
展示スペースに、ちょこんと置かれたガルルンの木彫りの置物。
これはガルーナ村のセシリアちゃんから最初にもらったものだ。
そしてその前にそれっぽく置いた羊皮紙には、シンプルにこう書いておいた。
『我を信じよ。 ガルルン』
「……アイナさん、何かここだけシュールな光景なんですけど……」
笑いを堪えながら、エミリアさんが言う。
「いやいや!
このシンプルさは、逆に力強いと思います!」
「なるほど……?
しかし教義も何も分かりませんね」
「『我を信じよ』ですから、ガルルンを信じるでも良いし、自分自身を信じるでも大丈夫です!」
「おお、そう考えるとちょっと深い感じがしてきました。
……まぁ分かり難いですし、連絡先も分かりませんけど」
「ぶっちゃけ、連絡されても困りますからね。
ああ、ガルーナ村のことを書いておいた方が良いかな? 置物を作ってるわけだし」
「でもそうすると、一気に置物を売っているように見えちゃいますね」
「む、それは嫌ですね。それではこのままで」
「それで、展示スペースはいつまで借りたんですか?」
「さて、そろそろ冒険者ギルドと宿屋を探しましょうか!」
「アイナさん? いつまで借りたんですか?」
「ささ、エミリアさんも行きますよ!」
「アイナさーん、いつまで借りたんですか~?」
「帰りにお菓子でも買っていきましょう!」
「良いですね! ささ、ぱぱっと行きましょう!」
……この日、世界の片隅でひとつの宗教が生まれた。
それがどんな意味を持つのか、今は誰の知るところでも無いのだが――
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