「んッ….ふわぁ…朝か…」
不思議な事に朝には昨日頭を埋めつくしていた声は消えていた。
「やっぱり、ライカンさんの近くは危ないか…」
ライカンさんが特別嫌いな訳では無い。
ただ、あの人の近くにいると兄としての自分を保てなくなるのが怖い…
兄として、妹の”仕事”を滞り無く進めるという役目があるのだ。
…こんな事でリンの手を煩わせる訳にはいかない。
カラカラッ…..ゴックン
昨日よりも少し多めに飲んだ。
最初は苦味に悶えながらだったのが、今はするりと飲み込める…
その時、部屋に置いてあるパソコンから声がした。
「助手2号、薬を多量に飲み始めて既に10日が経っています。今すぐ病院に行く事を推奨します。難しいのであれば直ぐに病院に電話を…」
「fairy…言っているだろう?僕は大丈夫だ、それに電話も要らない。」
fairyは僕が薬を多く飲むことに反対らしい。
理由は明白だけど、今のところ体に異常はないし、普通に生活できている。
大丈夫….大丈夫だ。
「お兄ちゃーん!依頼入ったからイアスの調整おねがーい!」
リンはそう言って僕にイアスを渡して来た。
「まったく…自分で出来るだろう…」
「お兄ちゃんっていつもそう言いながら、直ぐに調整終わらせちゃうよねー」
「いつも任されてるから自然とね」
そんな会話をしながら僕は調整を終わらせ、イアスをホロウの前に届けた。
「ンナンナ!(アキラ、行ってくるよ!)」
「あぁ、行ってらっしゃい」
いつもと変わらない…大丈夫だ…。
それから家に帰って妹の様子を見たけど、普段通り上手くいってるようで安心した。
ただ1つ問題があった…リンと会話しているのがライカンさんだった事だ。
僕は咄嗟に、でもリンに気づかれないくらいの速度で2階に上がった。
部屋に行きながらふと、「あれ…ライカンさんの声を聞いても体がおかしくならない?」と思ったがとりあえず部屋に入った。
….やはり正常だ。
あんなにはっきりと、前と同じ様にライカンさんの声を聞いたのに…。
これは喜ぶべきだろうか、ようやくライカンさんの前でも兄としての姿を見せることが出来る。
そんなことを考えているうちに依頼が終わったようで、リンが知らせに来た。
「でね!、ライカンさんがそのエーテリアスを脚でドカーンッ!って粉々にしちゃったの!」
「はは、ドカーンっていうのは大袈裟じゃないかい?」
「いやいや、ホントにあの脚から出た音なんだって!」
そんな会話をしているとイアスが帰ってきたようで店の入店ベルが鳴った。
リンと一緒に1階に降りるとそこには…
イアスを片手に抱えたライカンさんが佇んでいた。
「あっ!ライカンさん!わざわざありがとう!」
「いえ、これも執事の務めですから。」
リンはそう言ってライカンさんからイアスを受け取った。
僕はと言うと…正直驚いていた。
ライカンさんにでは無く自分に。
「やぁ、ライカンさん、わざわざありがとう」
自然に喋れた。
前は見るだけでも熱かった体が今は涼しく感じる。
「….アキラ様ですね?」
「そうだけど…どうしたんだい?」
ライカンさんは少し額に筋を立てながら聞いてきた。
「…αである私の前でも平然とされている…と言う事は、必要以上に抑制剤を服用されてますね」
「えっ!お兄ちゃんどうゆうこと!?」
「あはは…なんの事やら…」
「今すぐ病院に参りましょう。でないと手遅れになります」
ライカンさんは口調はいつも通りだけどその剣幕は狼のようだった。
彼の狼シリオンとしての自分が出ているのだろうか…普段のライカンさんからは想像もできない顔をしている。
「ライカンさん…ちょっとまッ…..?」
瞬間、足の力が抜けたのを感じた。
それと同時に視界も霧がかかったようになった。
「ッ!アキラ様!!」
「お兄ちゃん!!!」
その声が届く頃には、僕は意識を手放していた….。
「う…ぁ?」
間抜けな声を出した気がする。
目を開けて初めに見えたのは「白」
少ししてからその白が天井だと気づいた。
顔を少し横に向けるとそこには白衣に包まれた人と話しているリンとライカンさんがいた。
少し耳を傾けてみればどうやら僕の事について話しているようだ。
「後遺症とか…大丈夫なんですか?」
「えぇ、後遺症はそこまで酷くはないかと」
「良かったぁ…」
それを言ってから医者は部屋を出ていった。
どうやら話は終わったようだ。
「….リン様、今回アキラ様が倒れられたのは私の責任です」
「なんでライカンさんがそんな事言うの?」
「私はαでありシリオンでもあるのでアキラ様の匂いの変化には敏感です。しかし、6分街でアキラ様に会う事が無くあの場で会うまで確信が持てなかったのです…アキラ様が無理をしているという確信が」
そう言っているライカンさんの顔は悔しさ半分、怒りが半分みたいな感じだ。
「ラ…イカン…さん…」
いつもの様に声を出したのに実際に口から出たのはまるで自分のものでは無いような声だった。
でも、ライカンさんにはそれで十分だったみたいだ。
「….!、アキラ様!!」
「えっ?…お兄ちゃん!!」
一気に2人が近づいて来た。
1人はコツコツと靴の音をさせて、
1人はガシャンガシャンと戦闘のときでしか聞かない義足の音をさせて。
「アキラ様!お身体は大丈夫でしょうか」
「あ…あぁ、大丈夫…かな?」
「お兄ちゃん!急に倒れて心配したんだから!」
「リン…すまない…」
リンが今にも抱きつきそうな勢いだが、ライカンさんがそれを片手で制止しているのを見て少し笑みがこぼれた。
「アキラ様、リン様から聞いた話では10日前から抑制剤の多量摂取を始めたとの事。10日前は私がアキラ様と共に任務をした日のはず」
「そうそう!私が寝込んじゃってお兄ちゃんに任せたやつ!」
「…..」
「あの日のアキラ様はどこか上の空で任務をされていました、もしや…発情していたのでは?」
…図星だ。
「そして…私も発情していました」
….は?
声には出さなかったが頭の中が「?」で埋まる
「えっと〜、これはふたりで話した方が良い奴かな?私一旦家に帰るからライカンさん後はよろしく!」
「おまかせください、リン様」
未だに思考が追い付かない僕を他所にライカンさんがリンを見送る。
「…えっと、ライカンさん?その…発情してたっていうのは…本当かい?」
「えぇ、本当です。任務をしている時でしたので抑えていましたが、あの時の私はイアス越しのアキラ様の事でいっぱいでした」
「その…ライカンさんはα…だよね?」
「そうです、αは本来、よほど相性が良い相手でなければ発情しません」
相性の良い相手….
僕はあの時思った事が自然と口に出た。
「運命の番…」
「…えぇ、そうです」
「そうか…そうだったんだ…」
運命の番なら、声だけであれだけ発情したのも、抑制剤を飲んでも発情を抑えられなかったのも納得だ。
そして今、不思議と普通に話せていることに気づいた。
「…ライカンさんは…怒っているかい?運命の番がこんな奴で…」
「えぇ、怒っています。アキラ様がご自身の体を大切にしなかったと言う事に…」
そう言ってライカンさんは少し俯いた。
そんなライカンさんに僕はそっと手を伸ばした。
「それじゃあ…これからはライカンさんが僕の体を大切にしてくれるかい?」
僕なりの…告白みたいなものだ。
ライカンさんはそれを聞いて察したのか、僕の目をしっかり見て言ってくれた。
「はい、絶対に貴方様を大切にし、そして…幸せにして差し上げます」
あぁ、なんて眩しい…
そんな事を思いながら僕は言った…
「愛してるよ、ライカン」
コメント
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こんにちわなりきりしませんか?