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メンタル弱い太宰って可愛いよね。
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薄暗い部屋の隅、縮こまった背中を見つけた瞬間、中也は小さく息を吐き出した。
外はひどい雨だった。叩きつけるような雨音が、防音性の高いはずのマンションの窓をわずかに震わせている。そんな日に、この女がまともでいられるはずがない。
「……太宰」
声をかけながら近づくと、ベッドの脇、床に直接座り込んで膝を抱えていた太宰が、びくりと肩を跳ね上げた。
いつもなら、どれだけ気配を殺して近づいても、お見通しだというように嫌味な笑みを浮かべる男(今は女だが)だ。それが、今の彼女は完全に自分の世界に閉じこもり、中也が触れる寸前までその存在にすら気づいていかない。
長い黒髪が乱れ、青白い頬に張り付いている。包帯の巻かれた細い腕は、まるで壊れやすいガラス細工のように自分の身体を強く、強く締め付けていた。
「中也……? なんで、いるのさ。鍵、閉めてあったはずだけど」
「予備の鍵を持ってるって、前に言っただろ。……お前が連絡もよこさず、ポートマフィアの仕事もサボってここに引きこもってるから、様子を見に来てやったんだよ」
中也は呆れたように言いながらも、その手つきは極めて慎重だった。
今の太宰は、触れれば簡単に砕け散ってしまう豆腐のようなメンタルをしている。元々、精神のバランスが奇妙な綱渡りの上にあるような奴だったが、女性の身体になってからの彼女は、時折手がつけられないほど情緒不安定になることがあった。
「仕事なんて、どうでもいいよ。私がいなくたって、組織は回る。中也が優秀な狗として、代わりに全部片付ければいいじゃないか」
棘のある言葉。けれど、その声にはいつものような余裕も、底意地の悪さもない。ただただ、ひび割れた器から漏れ出す水のように、弱々しく 震えている。
「あぁ、そうだな。お前の分の書類も全部俺が片付けてやったよ。だからもう、そんな風に自分を責めるような顔すんじゃねぇ」
中也が歩み寄り、その場に屈み込んで太宰と目線を合わせる。
太宰は、中也のまっすぐな瞳から逃げるように視線を逸らした。膝に顔を埋め、小さな声を漏らす。
「責めてなんか、いない。私はただ……自分が嫌いなだけだ。呼吸をするのも、生きているのも、すべてが億劫で、醜くて、消えてしまいたい」
「またそれか」
中也はため息をついた。だが、その中には怒りや見捨てるといった感情は一切ない。
過干渉。自分でも自覚している。なぜ自分が、かつて相棒だった、そして今や奇妙な関係性にあるこの面倒な女の面倒を、ここまで見ているのか。
理由は単純だ。放っておけば、この女は本当にどこかへ消えてしまうから。自分の知らないところで、あっけなく命を投げ出してしまうかもしれないからだ。それだけは、何があっても許せなかった。
「おい、立て。床は冷える」
「嫌だ。動きたくない。中也はうるさいな、早く帰っておくれよ。私の部屋で勝手に息をしないで」
「帰るわけねぇだろ、こんな状態のお前を置いて」
中也は太宰の細い脇に手を差し込み、半ば強引に、しかし怪我をさせないよう細心の注意を払って抱き上げた。
驚くほど軽かった。ちゃんと飯を食っているのだろうか。そんな心配が胸を過る。
「離せ、触るな……!」
太宰が暴れる。中也の胸を小さな拳で叩くが、そんなものに中也が怯むはずもない。中也は彼女をそのままベッドの上へと横たわらせ、自分もその隣に腰掛けた。
ベッドに沈み込んだ太宰は、すぐに寝返りを打って中也に背を向け、布団を頭まで被ろうとする。中也はその布団を優しく掴んで、彼女の顔が見える位置まで引き下げた。
「嫌がらせの天才が、今じゃただの泣き虫だな」
「泣いてなんか、いない……!」
太宰の言葉通り、目から涙は溢れていなかった。だが、その瞳は潤み、今にも決壊しそうなほど張り詰めている。
感情の波が激しすぎて、涙を流すことすら追いついていないのだ。精神が不安定な時の太宰は、極端に自己評価が低くなり、被害妄想に囚われ、周囲のすべてを拒絶しようとする。そのくせ、一人になる恐怖に怯えているのが、中也には痛いほど分かった。
「中也は、どうして私に構うの?」
布団の中から、太宰が消え入るような声で問いかけてくる。
「私は最低の人間だよ。中也を散々利用して、振り回して、今だってこうして迷惑をかけている。私のことなんて、放っておけばいいじゃないか。死なせてくれればいいのに。どうしていつも、私の邪魔をするんだ」
その問いは、彼女が情緒不安定になるたびに何度も繰り返されるものだった。
何度も、何度も、同じ答えを求めて、それでも信じられなくて、確認せずにはいられないのだ。面倒くさいことこの上ない。だが、中也はその面倒をすべて引き受けると決めていた。
「お前が最低な奴だってことは、俺が一番よく知ってる」
中也は静かに、太宰の頬に触れた。冷え切った肌に、中也の体温がじわりと伝わっていく。太宰は一瞬身を強張らせたが、その心地よい暖かさに抗えなかったのか、すぐに中也の手のひらに顔を寄せた。
「俺を裏切ったことも、いい加減な計画でこき使ったことも、全部覚えてる。だがな、太宰。お前がどんなに自分のことを嫌おうが、俺がお前を必要としてる事実は変わんねぇんだよ」
「必要、なんて……。私は何も与えられない。今は、こんなに無様で、惨めで、ただの足手まといだ」
「足手まといだと思うなら、大人しく俺に守られてりゃいい。お前が動けないなら、俺がお前を抱えて歩く。お前が息をするのも苦しいなら、俺が隣で代わりに呼吸してやる。だから、消えようなんてくだらねぇこと考えるな」
過干渉。自覚はある。だが、こうして言葉を尽くして、行動で示し続けなければ、この豆腐のようなメンタルをした女は、すぐに「自分は不要な存在だ」と思い込んで闇に沈んでいってしまう。
太宰の瞳から、ようやく一筋の涙が溢れ出た。
張り詰めていた緊張の糸が切れたのだろう。一度流れ出した涙は止まることを知らず、彼女の白い頬を濡らしていく。
「中也は馬鹿だ……。本当に、大馬鹿野郎だ。こんな私に執着して、何が楽しいのさ」
「楽しくてやってるわけねぇだろ。義務だ、義務」
「誰に対する義務だよ……」
「お前をこの世に繋ぎ止めるための、俺自身の義務だよ」
中也は太宰の身体を引き寄せ、その細い肩を抱きしめた。
太宰は最初こそ抵抗するように手を突っ張ねていたが、すぐに諦めたように中也の胸に顔を埋めた。中也の衣服をぎゅっと掴む手の力が、彼女の不安の大きさを物語っている。
「怖いんだ、中也。何もかもが。明日が来るのも、目覚めるのも。いつか中也も、私に愛想を尽かしてどこかへ行ってしまうんじゃないかって、そう考えると、頭がおかしくなりそうになる」
すすり泣きながら、太宰は本音を吐露した。
普段の彼女なら絶対に口にしない、剥き出しの恐怖。女性の身体になり、ホルモンのバランスや環境の変化も手伝って、彼女の防壁はボロボロに崩れ去っていた。
「行かねぇよ」
中也は太宰の背中を、大きな手でゆっくりと、一定のリズムで 叩いた。子供をあやすような、どこまでも不器用で、けれど確かな愛情が籠った動きだった。
「俺がいつ、お前を見捨てた? お前がどれだけ酷いことをしても、俺はここにいる。お前が俺を拒絶しても、俺はお前の前に立ち続ける。お前が死にたいなら、俺がそれを力ずくで止める。何度だって言ってやる。俺は、お前を置いていかない」
「……本当に?」
「あぁ、本当だ。神に誓ってもいい。あいにく、俺は荒覇吐なんて荒神を宿しちゃいるが、お前一人を繋ぎ止めるくらいの誓いは、破りやしねぇよ」
中也の力強い言葉が、太宰の心にゆっくりと染み込んでいく。
彼女の呼吸が、少しずつ、本当に少しずつだが、落ち着きを取り戻し始めた。中也の胸から伝わる心音と、包み込むような体温が、彼女の不安定な情緒を宥めていく。
太宰はメンタルが弱い。一度落ち込めば、底の知れない深淵まで沈んでいく。けれど、その深淵の底には、いつも中也が先回りして待っている。彼女がどれだけ深く落ちようとも、中也がその腕で受け止めてしまうのだ。
「中也、きつい。苦しいよ」
「あ? ああ、すまん」
少し力を込めすぎていたことに気づき、中也は腕の力を緩めた。しかし、太宰はその瞬間に「離れるな」と言わんばかりに、中也の首に細い腕を絡みつかせてきた。
どこまでも我が儘で、不器用で、面倒な女。
「離せって言ったり、離れるなって言ったり、忙しい奴だな、お前は」
「うるさいな……。今は、中也の匂いがしていないと、落ち着かないんだ。だから、黙って私に抱かれていてよ」
「はいはい、仰せのままに、太宰お嬢様」
中也は苦笑しながら、再び彼女を抱きすくめた。
外の雨は相変わらず激しく窓を叩いているが、この部屋の中だけは、奇妙な静寂と温かさに満たされていた。
太宰の呼吸が、やがて規則正しい寝息へと変わっていく。張り詰めていた精神が限界を迎え、中也の腕の中でようやく安心を得て、眠りに落ちたのだろう。
眠っている太宰の顔は、どこか幼く、普段の冷徹なマフィアの幹部とは思えないほど無防備だった。
中也は彼女の額にそっとキスを落とした。
「お前がどれだけ壊れやすくても、俺がそのたびに直してやるよ」
過干渉だと言われようが、重いと言われようが、構わない。
この情緒不安定で、いつ消えてしまうか分からないガラスの相棒を、誰よりも不器用にしがみつき、誰よりも過剰に愛し続けること。それが、中也が選んだ生き方だった。
目覚めた時、彼女はまた天邪鬼な言葉で中也を罵るかもしれない。
「勝手にベッドに入ってくるな、この蛞蝓」と、いつもの嫌味を言うかもしれない。
けれど、それでもいい。その言葉の裏にある、彼女の脆さを、中也だけが知っていればそれでよかった。
中也は太宰を抱きしめたまま、静かに目を閉じた。雨の音は、もう二人の耳には届いていなかった。
コメント
9件
またリクエスト良ければお願い致します! 太さんがメンタルと精神崩壊して失語症になってしまうけど喘ぎ声だけは出てしまうみたいな!難しいかもしれないんですけどお願いします!
メロすぎませんか!夏の穂さんの文才を私にもください。
個人的に、中太はメンタルよわよわの太宰さんが大好きだから嬉しい!! どんなときも、太宰さんの味方であり続ける中也が最高!!