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#🐟️×🍇
ねぎ茶
27
タシケントで国内線を乗り継ぎ、ウルゲンチの空港に降り立った瞬間、四人を迎えたのは、日本とはまるで質の違う空気だった。
湿度をほとんど感じさせない、乾いた熱。
太陽の光は日本のそれよりずっと白く、輪郭のはっきりした影を地面に落としている。
「これは……思ってたよりずっと、乾いてますね」
仁人が呟くように言う。
長時間のフライトの疲労より先に、肌で感じる気候の違いの方が、はっきりとした実感として押し寄せてきていた。
用意された車で旧市街イチャン・カラへ向かう道中、窓の外の景色は次第に色を変えていった。
緑がまばらになり、代わりに土色と砂色が支配的になっていく。
乾いた風とともに、微かに香辛料と土埃の混じった匂い。
日本では嗅いだことのない、この街だけの匂い。
西門の手前では、今回の案内役を務める現地コーディネーターが出迎えてくれた。
「ようこそ、ヒヴァへ。長旅、お疲れ様でした。まずは旧市街の中へご案内します」
四人は、城壁の門──オタ・ダルヴァザをくぐった。
「うわ、すご……マジで別世界じゃん」
真っ先に声を上げたのは勇斗だった。
子供のような素直な高揚が、隠しきれずに顔に出ている。
砂色の壁が続く狭い路地。頭上には、ミナレットの尖塔がいくつも空を突いている。
観光地然とした整いすぎた景色ではなく、今もそこで人々が暮らしている息遣いが感じられる、生きた迷路だった。曲がるたびに視界を奪われ、どこまで歩いても、次の角の先が見えない。
──これは、確かに迷宮かもしれへんな。
うまく言葉にできないまま、舜太はシャッターだけを切った。
まだ観光客の姿もまばらな早朝、機材車がカルタ・ミナルの前に到着した。
朝の光の中に、ターコイズ色のタイルに覆われた塔が、ゆっくりと輪郭を現していく。
本来は街のどこからでも見えるほどの高さに建てられる予定だったというその塔は、志半ばで止まったまま、それでも堂々とした存在感でそこに立っていた。
「思ってたより、迫力あるな」
車を降りた勇斗が、思わず声を漏らす。
準備は手早く進められていった。
仁人は簡易の椅子に柔太朗を座らせ、乾燥した気候に合わせて選んでおいた仕上げ材で、迷いのない手つきで髪を整えていく。
「今日は風が強めなので、崩れにくいようにセットしておきますね」
「はい、お願いします」
必要最低限のやり取りだけで、意図はきちんと伝わっている。
「舜太くん、まずは塔を背景にフルショットからいこうか。柔太朗くんは、そこの陰影の境目のあたりに立ってもらって」
「了解です」
勇斗の指示は的確で無駄がなかった。誰の目にも分かるくらい、現場の空気が締まっていく。
「柔太朗さん、もうちょい顎、こっちに」
舜太がファインダー越しに指示を出しながら、シャッターを切っていく。
撮影の合間、仁人が柔太朗の髪を直しに入ると、少し離れた場所でモニターを確認していた勇斗と、ふと目が合った。
言葉は交わさない。ただ、互いの仕事ぶりを認め合うような、小さな頷きだけが交換される。
三年間、こういう瞬間だけは、何も言わなくても分かり合えてしまう。
休憩に入ると、柔太朗が塔を見上げて、小さく声を漏らした。
「あ……そっか」
「どうしたん?」
「あの香水のボトルって、たぶんこれがモチーフだったんだなって、今気づいた」
「言われてみたら、先が細くなってる感じとか、色味も似てるっちゃ似てるな」
少し離れた場所でその会話を聞いていた仁人も、鞄の中のあのらせん状の瓶を思い出していた。
ターコイズから白へと滲むグラデーション。ブランドが用意した「物語」と同じように、あの香りの器もまた、この土地の姿から生まれていたのだと、今更ながらに気づかされる。
再開した撮影で、狙っていた光と構図が、ぴたりと揃った瞬間があった。
モニターを覗き込んだブランド側の担当者が、満足げに頷く。
「これ、いいですね。メインビジュアル候補にしましょう」
片付けをしながら、勇斗が改めて塔を見上げた。
「完成しないまま、こんなに堂々と建ってるんだな」
誰に向けたでもない呟きに、隣にいた仁人が短く応じる。
「──未完成でも、価値が変わるわけじゃないですから」
その言葉に深い意味を込めたつもりはなかったのか、仁人はすぐに機材の片付けに戻っていく。
けれど勇斗は、しばらくその言葉を、胸の中で繰り返していた。
撮影は、午前のうちに無事終了した。
コメント
1件
わあ、るりさん、第8話も素敵でした……!到着した瞬間の乾いた空気と砂の匂いの描写だけで、もうその場に立っている気持ちになりました。特に未完成の塔を見上げて仁人がぽつりと言った「未完成でも、価値が変わるわけじゃないですから」という台詞が、今の私の胸にじんわり沁みました。言葉少なに互いの仕事を認め合う四人のチームワークも、三年の時間を感じさせてぐっときます。続きが楽しみです🌷