テラーノベル
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部室の空気が、少しだけゆるんだ時間帯だった。 アンプの電源が落とされて、 誰かがコードを巻いている音がする。
練習終わり特有の、だらっとした感じ。
私は、マイクを片づけながら、
ちらっと広瀬くんの方を見た。
相変わらず、ギターを抱えたまま、
何となく指を動かしている。
(……今なら)
深い意味はない。
本当に、ただそれだけ。
「ねえ、広瀬くん」
声をかけると、
「はい?」と軽く顔を上げた。
「今、どこのバンドにも入ってないよね?」
「そうっすね」
即答だった。
「声はかかるんですけど、
まあ、いろいろあって」
その言い方に、
あ、例のNGリストだ、と思う。
でも、今日はそこを突っ込まない。
「あの、さ」
私はできるだけ何でもない風を装う。
「コピバン、やらない?」
一瞬、空気が止まった。
……気がしたのは、私だけかもしれない。
「コピバン?」
「うん」
「ちゃんとしたやつじゃなくてさ、
コピーバンド。」
手をひらひらさせる。
「学祭とか、部内ライブ用のやつ」
「軽いやつ!」
言いながら、
(あ、私めっちゃ早口)
と内心で突っ込む。
広瀬くんは、少し考えるように首を傾げた。
「メンバーは?」
「今のところ、私だけ」
「雑すぎません?」
笑われた。
「これから集めるの!」
「ボーカルはいるから!」
その言い方に、
広瀬くんが小さく吹き出す。
「それ、奈央さんの強みっすね」
「なにそれ」
「勢い」
失礼なはずなのに、
なぜか悪い気はしなかった。
「で」
広瀬くんが、ギターを肩にかけ直す。
「俺でいいんですか?」
その問いは、
重くも軽くもなかった。
だから、奈央も深く考えずに答えた。
「ギター上手いし」
「それだけ?」
「あと」
少しだけ間を置く。
「一緒に練習してて、やりやすい」
それは、嘘じゃない。
歌いやすい。
音を合わせやすい。
変に緊張しなくていい。
ただ、それだけ。
「……」
広瀬くんは、少し考える。
「NGとかあるの、知ってるけど」
一応、付け足す。
「無理なら全然いいよ」
「軽いノリだし」
広瀬くんは、しばらく黙ってから、
小さく息を吐いた。
「まあ」
「コピバンなら」
その一言に、
奈央の胸が、ぱっと明るくなる。
「まじ?」
「まじです」
「やった!」
思わず声が出た。
「じゃ、曲決めよ!」
「選曲会しよ!」
「放課後残れる日ある?」
テンポよく畳みかける。
「奈央さん」
「なに?」
「急すぎ」
そう言いながら、
広瀬くんはどこか楽しそうだった。
「でも」
一拍置いて。
「悪くないっす」
その言葉に、
奈央は笑った。
ただのコピバン。
ただの部活。
……のはずなのに。
その帰り道、
いつもより少しだけ、足取りが軽かった。
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