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美紗ちゃんの心の葛藤が痛いほど伝わってきて、胸がぎゅっとなったよ😭💔 トイレで涙こらえながら日下さんに電話するシーン、グッときた…「助けて」って思わず頼っちゃう気持ち、すごくわかるよ。最後の「温泉旅行、私もご一緒させてもらえませんか?」ってところ、強がってた美紗ちゃんの本音がポロッと出ちゃった感じで切なすぎる🥺💕 中めさんの心情描写、毎回エモすぎてやばいです…!次話も楽しみにしてるね🌸
そして疲れも取れぬまま、あっと言う間に朝が来た。
また、1日が始まった。
勇太くんを好きになってから、会社に行くのが楽しみで仕方なかった。
会社に行きたくなかったことなんか、1度もなかったのに。
仕事で嫌なことがあろうとも、そんなことよりも勇太くんに会いたかった。
それなのに、今となっては何を置いても勇太くんに会いたくない。
結婚出来ないのに、どうしても目で追ってしまうから。
それでも会社に行かなければならない。
休んだりしたら、私のいない間に勇太くんが余計な行動をして私を庇い兼ねない。
私との結婚を願ってくれる勇太くんの気持ちを無碍にする、私に出来る償いは、勇太くんの立場を守ることくらいしかない。
真琴ちゃんのことを気にせずに結婚出来たらどんなに良いだろう。
だけど心の狭い私は、脳裏にこびり付いたあの日々を、恐怖を、赦すことが出来ない。
「……よし、会社行こう」
自分を奮い立たせ、出社準備をしてアパートを出た。
会社に着くと、社内の私への視線は昨日より更に冷たいものになっていた。
当然だ。結婚破棄をした挙句、浮気相手に会社まで迎えに来てもらう様な女を良く思う人間などいるはずがない。
これでいい。悪者のまま退職すれば全部終わり。
あとは後任を待つだけ。この苦しさも、もう少しの辛抱だ。
周りからのシカトと陰口を堪えながら、1人デスクで黙々と後任の方の為の資料を作成していると、
「木原さん、今ちょっとだけいい? 会議室に来られる?」
部長に声を掛けられた。
「はい。大丈夫です」
立ち上がり、部長の後を追って会議室へ。
テーブルを挟み、部長と向かい合って座ると、部長が口を開いた。
「木原さん、ごめーん。ちょっとまだ後任の子が見つからなくて。もう少し時間かかるかもー」
困り顔をして、すまなそうに両手を合わせながらペコっと頭を下げる部長。
「謝らないでください‼ 急な申し出をした私が悪いんですから‼」
正直、部長に呼ばれたのは後任が決まったからだと思った。
ガッカリはしたけれど、部長が悪いわけでは全くもってない。謝ってもらう筋合いがない。慌てて「頭上げてください」と部長の謝罪を止めた。
「部長なんて役職付けておいて、仕事が遅いくそジジイだなって思ったよね? ごめんねー。その通りだよー。俺がもたもたしている間に気が変わったら、いつでも言ってねー。無理に辞めることないんだよー。木原さんがいなるの、淋しいし困るしー。もう、辞めるのやめない?」
部長は【部長】というだけあって、多くの仕事を抱えている。私の後任探しをしている場合ではないのだろう。そうとは言わずに『淋しいし困る』という表現をしてくれる部長の優しさに、それでも『早く辞めたい』などと言う気にはならなかった。
「辞めるのをやめることは出来ませんが、私のことは後回しで構いませんから。お忙しいのに私事で迷惑をお掛けして申し訳ありません。私のことは気にせずに、部長は仕事に戻って下さい」
会議室のドアを開け、部長に退室を促すと、「本当にゴメンねー。俺のこと、嫌いにならないでねー」と言いながら、部長は自分の席に戻って行った。
正直、辛くて辛くて仕方がないのに、部長の愛くるしいキャラにちょっと癒され、ふと笑いが零れた。そしてそれが溜息の様な吐息に変わる。
『もう少しの辛抱』が、もう少しではなくなってしまった。
自分で蒔いた種とはいえ、これからもこんな辛い日々が続くなんて……。
心が折れそうになる自分に、「今までもっと辛いことがあったじゃないか」「中学3年間、耐えられたでしょうが」と喝を入れ、強引に心を立て直し、私も自分のデスクに戻った。
パソコンのキーボードを叩きながら、いつになるのか分からない引き継ぎの資料作りを再開していると、
「木原さん、プレゼン資料作り手伝ってもらえる?」
頭上から、聞くだけで涙が出てきそうな声が聞こえた。
動揺しそうな自分を必死で抑え、
「はい。もちろんです」
平静を装い、なんなら笑顔さえ作って、その声の主である勇太くんに返事をした。
仕事は仕事。きっちりやる。
だって、これは勇太くんの優しさだ。
婚約破棄をした私と、今まで通りに仕事をしてくれる優しい勇太くん。
嬉しい。有難い。だから余計に辛い。でもだからこそ、頑張ってやり切りたい。
立ち上がり、勇太くんと一緒に勇太くんのデスクに移動しようとした時、
「それ、私がやりますよ。もう少しで手が空きますから」
私の隣のデスクの小田ちゃんが、勇太くんの腕を掴んだ。
「ありがとう。でも大丈夫だよ。木原さんには、前にもプレゼン資料作りの手伝いをしてもらったことがあるから、前の資料見ながら木原さんにやってもらった方が多分早い」
勇太くんが、自分の腕を握っている小田ちゃんの手をそっと下ろした。
「2人共気まずいだろうから気を利かせてあげたのに。美紗に仕事を頼める程に立ち直れるまで、昨日散々慰めてやったのは誰だと思ってるんですかね、佐藤さんはー」
小田ちゃんが唇を尖らせ勇太くんに意味深な目配せをした。
「その言い方、誤解を招き易いからやめてくれない?」
勇太くんの表情が曇る。
「誤解って? 事実そのままじゃないですか。私の肩に頭乗っけて甘えてきたの、佐藤さんじゃないですか」
そう言いながら、小田ちゃんが少し意地悪な笑顔を私に向けた。
……そうか。勇太くんが平常通り私と仕事をしてくれる気になったのは、小田ちゃんに慰めてもらったからなのか。
小田ちゃんは、私が勇太くんと付き合う前から勇太くんのことが好きだった。のだと思う。直接本人から聞いていないから確証はないけれど、見ていれば分かった。分かっていたから、敢えて聞かなかった。だって、私も勇太くんが好きだったから。小田ちゃんに『勇太くんのことが好きだ』という事実を聞かされてしまったら、応援せざるを得なくなりそうで。
この会社で1番仲の良い小田ちゃんに譲れないほどに、私は勇太くんのことが大好きだった。
私と勇太くんと付き合うことになった時、複雑な気持ちだったはずなのに「良かったね」と言ってくれた優しい小田ちゃん。
勇太くんに酷いことをしている私を許せなくて当然だ。
小田ちゃんは、今も勇太くんを好きなのかもしれない。
勇太くんは、勇太くんを想ってくれている小田ちゃんと付き合った方が幸せなのかもしれない。
頭では分かっているのに、心が納得していない。
なんて自分勝手なのだろう。
でも、やっぱり嫌だ。
小田ちゃんが嫌なんじゃない。勇太くんが、他の誰かと付き合うことが嫌なんだ。
結婚出来ないくせに。
小田ちゃんに甘えた勇太くんを咎めることも出来ないくせに。そんな資格ないくせに。
昨日、勇太くんは小田ちゃんにどんな風に甘えたのだろう。小田ちゃんは、どう慰めたのだろう。
勇太くんの言った『その言い方、誤解を招きかねないからやめてくれない?』はどういう意味なのだろう。
身体を重ねて慰めてもらったわけではないと言いたいのか。逆に、すぐにそんな関係になったことが社内に広がっては心象悪いからなのか。
慰める……大人の言う【慰める】は、きっと……そういうことなんだろうな。
さっき堪えた涙が、瞬きをしたら零れてしまうだろうところまで嵩を増した。
「……じゃあ、小田ちゃんお願い」
涙を零してしまわぬ様に、トイレに駆け込もうとこの場を離れようとした時、
「ちょっと待ってよ。俺は木原さんに頼んだんだけど」
勇太くんが私の二の腕を掴んだ。
「私じゃなくても資料作りは出来るので。もし、人手が足りない様なら声を掛けてください。お手伝いしますから。……私、ちょっとお手洗いに……。すみません」
ここで泣いてはいけない。涙を見せて【みんなにシカトされて、仕事さえさせてもらえない可哀想な人】になって憐憫の情を稼ぐ様な真似はしたくない。徹底的に悪者になって、勇太くんにこそ同情票を集めたい。でも辛い。
私の腕を掴む勇太くんを振り切り、トイレまで走った。
トイレの個室に逃げ込み、鍵をかけると、堰を切ったかの様に涙が溢れ出した。
このやり場のない辛さを、悲しみを、苛立ちを、どうしたら良いのだろう。
ぐしゃぐしゃになった顔を拭こうとトイレットペーパーを握りしめた時、
『良く踏ん張ったね。偉かったね』。
ちょっと前に掛けられた、日下さんの優しい言葉をふと思い出した。
「……助けて。日下さん」
悪者でいい。悪者でいなければいけない。これでいい。だけど、自分を肯定してくれる誰かに縋りたかった。このままでは自分が崩れてしまいそうだから。崩れてしまっては、勇太くんを守れない。
ポケットからスマホを取り出し、日下さんのアドレスをタップする。
1コール鳴ったところで我に返り、慌てて終話ボタンを押した。
自分が辛いからって、何をのうのうと日下さんに寄りかかろうとしているのだろう。日下さんの迷惑を全く考えずに、何をしているのだろう。
日下さんだって仕事中のはずなのに。
ポケットにしまおうとしていたスマホが、手の中で震えた。
画面には【日下さん】の表示。
律儀な日下さんが、掛け直してきた。
電話をしてしまったことを謝ろうと、通話ボタンを押して耳に当てる。
『てか、ワン切りて』
仕事中の迷惑電話にも関わらず、電話の奥で笑ってくれる日下さん。
「……すみません。押し間違えました」
泣いている最中だった為、普通を装っていても声がブレる。
『仕事中に間違い電話て。つか、仕事中なら普通LINEのメッセージの方でしょうよ。重ね重ねの間違いが激しいわ』
「日下さんも仕事中ですよね。本当にすみません。仕事、戻ってください」
陽気な日下さんのツッコミに、泣いていることがバレない様に、声の震えを堪えながら返事をして早々に電話を切ろうとしたが、
『美紗ちゃん、バレてるよ。泣いてるでしょ? 電話、美紗ちゃんから掛かってくることはないんだろうなって思ってた。美紗ちゃんから掛けて来たってことはさ、何かあったんでしょ?』
日下さんにはアッサリ見透かされていた。
「本当に何もないです。ただの間違いです。凡ミスです。泣いてもいません」
日下さんの声を聞いたら、何故だかホっとして、本当に涙が落ち着いてきた。
『ねぇ美紗ちゃん。仕事中の人間に電話掛けてきておいて嘘吐くって、人としてどうかと思うよ』
さっきまで笑っていた日下さんの声のトーンが、少し低くなった。
私の軽率な行動に、日下さんが怒るのは当たり前だ。
「……すみません。そうですよね。迷惑を掛けておいて失礼ですよね。さっきちょっと、我慢しきれないくらいに辛くなってしまって……思わず日下さんに電話してしまったんです。本当にそれだけです。でも、日下さんの声を聞いたら持ち直しました。ありがとうございました。本当にもう大丈夫なので、日下さんは仕事に戻ってください。本当にすみませんでした」
日下さんに申し訳なくて、電話なのにも関わらず、謝りながら頭を下げた。
『ごめんごめん。美紗ちゃんが口割らないから怒ったフリしただけだよ。全然怒ってないから。美紗ちゃんから電話来たの、めっちゃ嬉しかったから。速攻で掛け直すくらい嬉しかったから。それより本当に大丈夫なの?』
日下さんが優しい声色に戻った。
「本当に大丈夫です」
『本当に?』
「本当に」
『本当?』
「……」
優しくされたくて電話をしたくせに、本当に優しくされると、気も涙腺も緩む。
私には、勇太くんに【会社を辞めるまでの間は私のことを好きでいて欲しい】などという低俗で都合の良い欲求があった。あんなことをしておいて、自分から勇太くんの気持ちが離れていかないわけがないのに。それなのに、勇太くんの気持ちが小田ちゃんの方に向いてしまうのが、耐え難かった。
勇太くんに軽い女だと思われたくなくて、日下さんとある程度の距離を保っていたかったけれど、勇太くんと小田ちゃんの間に距離がなくなっているのなら、私の薄汚い願いなど何の意味もないのだろう。
「……気は変わらないって言ってたくせに。日下さん、至れり尽くせり上げ膳据え膳、豪華海鮮三昧の温泉旅行、私もご一緒させてもらえませんか?」
『そんなの、いいに決まってるでしょ。一緒に行こう、美紗ちゃん』
どこか遠くへ。現実逃避をしたかった。