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それは一瞬の出来事だった。
うなじに指が当たり反射的に肩をビクつかせてしまった。感覚が過敏になったキスは前戯にしか思えなかった。
キスが終わると
「いっしょにお風呂入ろ?」
と断れるはずもないわがままを彼は口にした。
それと同時に、確かにこの手つきは初めてではない、何度か男と寝たことがある手つきなのを気づいてしまった。嫉妬…とでも言うのだろうか。どうして私だけを見てくれないのだろうか、いっそこのまま襲ってしまおうか…
「だーざーい」
彼の顔がすぐそばにある。エメラルドのような緑の瞳に惹かれてしまう。
「入ってくれないの?」
固まってる私を不審に思ったのだろう。心配そうに、甘えてるように眉を下げて彼は言った。
「勿論、入るに決まってるじゃないですか」
「さぁ、行きましょうか」
「うん」
「だーざーい」
「なんですか?」
キュと蛇口を締めて彼の方に耳を傾ける。
「気付かなかったけどうなじにほくろがいっぱいあるね。」
「ほくろって、前世のキスの印らしいよ。」
「でも、ほくろって死にぼくろと生きぼくろに分かれていて、前者は不吉な意味があるって言われてて」
「前世の人がその人に不吉になって欲しくて印をつけた訳じゃないかもしれないのに、…やりきれない迷信だなって。」
「まぁ、そんな迷信信じるも信じないのもその人次第だけど」
アヒルのおもちゃを突付きながら湯船に肩まで浸かってる彼はそう言った。
「その迷信が本当なら乱歩さんは前世愛されていたのですね。」
「腕にも、顔にも、足にも、首にも、私が見る限りかなりの数がありますし」
「ふーん」
つまんなそうな返事をして二匹のアヒルを持ち上げアヒル同士の唇をくっつけた。
「僕、不器用だから無償の愛とか貰っても上手に受け取れないんだ。」
「でも、そんな尊いもの渡されたら断るにも断れなくて、」
「前世の僕は上手に受け止められて、羨ましくなる」
チャポ…アヒルを水面に突き落とす。そのときの乱歩さんの目には光がなかった。彼の仮面が、ようやく、少しだけヒビが入ったような気がした。
「乱歩さん、髪、乾かしますよ」
「えっ、ありがとう」
「じゃあ、私の前に座ってもらえますか?」
「わかった」
私の前に座った乱歩さんは小動物のように思えた。同じ香りがする。心地よい。気に入った香りなのもあるが、思いを寄せている人からするものは胸をくすぐられる。
髪を乾かし終え、ブラッシングをすると彼の首筋に私の指が当たった。
ビクッ…と肩を上げた。そのあられもない姿があまりに可愛くて
「フフッ…乱歩さん、ここが弱いんですね。」
なんて言いながら指で数回なぞると
首を傾け刺激から逃げるような仕草をした。
ふと、横に倒れ、こちらに振り向き
「太宰のえっち」
と赤面の彼は言った。自分でも分かる。顔が赤くなった。ずるい…そんな顔で言わないでください。そう言いたくなった。
時刻は23時になろうとしていた。
「そろそろ寝ましょうか、乱歩さん。」
布団の準備をしている横で体育座りで小説を読んでいる彼に言った。
「クラゲの水族館…」
ボソッとそう聞こえた。
「海月?」
「行きたいなー」
「じゃあ、来週のお互い空いている日に汽車にでも乗って行きましょうか。」
「えっ、近くにあるの?」
「海月だけではないですが、確か海月が有名な水族館がありますよ。」
「この何もない場所の観光名所の1つとして結構有名ですよ。」
「へー知らなかった。灯台下暗しって言うもんだね。」
「乱歩さん、元々ここの人じゃありませんから知らないのも当然ですよ。」
「あれ?僕、太宰にここの人じゃないって言ったっけ?」
「歩き方が違うのですよ。雪があまり振らない地域から来たんでしょう…」
「さすが、探偵事務所に勤めてるだけあるねー治くん。」
嬉しそうに、からかうように言って彼は少し照れた。
「布団温まりましたよ。こっちに来てください。」
「わかったー」
手招きする太宰に向かって足を進め布団にポスッと飛び乗った。
今更だが、独り身にしてはやけに広いベット…両親の話はするが過去の話しかしない辺り亡くなってる可能性が高いな、これもその人達が使ってたものだろう。両親を亡くして途方にくれ可哀想な太宰…あぁ、両親は僕がこの手で幸せにしたかった。そうすれば情を持ってくれるのかな、恨んでくれるのかな、僕のこと忘れないでいてくれるのかな。
僕の頭を撫でてニッコリと笑う男にはそんなこと気付くことが出来ないだろう。
太宰が横になり眩しい照明を消した。
「乱歩さん、寝れそうですか?」
「うーん、今日ずっと寝てばっかりであんまり眠くないかも」
「明日の朝に社長が迎えに来てくれるらしいですよ。」
「…やっぱり社長じゃないと眠れませんか?」
「もう、さっきも言ったけど今日はたまたま目が冴えちゃったの。」
こちらに体を動かし不貞腐れてる様子で言った。
そのとき、私も初めて視点を天井から横に動かした。
やっぱり…何度見ても端正な顔つきだ。琥珀色に映るそれが私は1番好きだ。あの、違和感は、天使の仮面を被った何かだとはっきりしても、それでも私は貴方のことが好きだ。好きに理由は必要だろうか。でも、たまに歯痒くなる。妬ましくなる。何でも持っている貴方様が仮面を被り、いい顔をする必要なんてあるのですか?そしたら、仮面も何も持っていない私は無価値に等しいでしょうに。なまいき、生意気。
「手、繋いでくれたら寝れる。」
小さな声で彼は言った。
「いいですよ。」
冷たい、体温を感じない手が僕の体温を奪っていく。人とは、こんなに冷たかったのだろうか。握り返しても反応がない…死んでしまったらこんな感じなのか。次第に悲しくなっていく。苦しくなっていく。きづいた、気付いてしまった。太宰に情があることに。もっと生きたいということに。
神様…誰かのために死ねるのも素敵だけど誰かのために生きるのも素敵なのかな?僕は、人殺しは、一生を掛けて生きて償うことは不可能なのですか?