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天使は昨晩よく寝れただろうか…
朝食を作りながら昨日のことを振り返った。それと同時に昨晩の深夜、雪が激しくなり除雪車が通らない限りとても歩けるような道ではなくなり、社長は来れて昼過ぎと連絡を貰った。過干渉気味の性格は彼の虚弱体質もあるのだろうか。唐突にそんなことばかり考えていたから片方の魚は案の定焦げてしまった。
「…これは、私の分だな。」
手際よく皿に盛り付けた。 あと5分ほどで米も炊けるだろうから彼を起こしてこよう。
「コンコン、ガチャ」
「乱歩さん、朝食が出来上がるのでよかったら召し上が…」
目の前には眠そうに目を擦りながら寝ぼけている天使がいた。
「んーー、ごはん?ちょっと待ってねぇ」
寝起きで声がぼけぼけしておりそれが、あまりにも愛おしかった。
「よいしょ」
老人のように声を出しベットから足を床についた。歩いてる様子がフラフラしている仕草が目についたので
「まだ、眠いですか?それとも体調が優れませんか?」
と聞いてみた。すると、迷わず彼は
「低血圧なだけだよ、いつものことだから太宰が気にすることじゃないよ。」
そう言った。社長が過干渉になる理由も何となくわかる。こんな、今にも壊れてしまいそうな華奢な人がいたら誰でも、そうなる。彼と横並びで歩き長い廊下を渡り終え私がご飯をよそい、いただきますをした。
白米、紅鮭、味噌汁。味噌汁を箸で覗くと豆腐が入っている。これは咀嚼が少なくても飲み込めそうだ。問題は紅鮭だ。別に鮭が嫌いなわけではない。歯ごたえのあるものは体が受け付けてくれないのだ。歯ごたえがあればあるほど異物感が増し、最悪吐いてしまいかねない…どうするか…
鮭をじっと見る様子からすると、嫌いな食べ物に該当したのだろうか。それはおかしい…事前に福沢さんに連絡したときは「特に好き嫌いはない」と仰っていたからだ。味噌汁ばかり手をつけている様子からすると…そういや、昨日の汁粉、餅を1度も召し上がらなかった。餅が嫌いなのか…
私はハッとした。
乱歩さんの顔を見る。口周りの筋肉が発達していない人特有の顔だ。何かしらの理由で咀嚼が苦手なのか、どうして今まで気付けなかったのだろうか。
「なに、さっきから人の顔をじろしろと見て」
目線を前に向け首を傾げていた。
「乱歩さんは普段何を召し上がってるのですか?」
「んーと、よく食べるのは茶漬けとか、社長がたまに甘味処に連れてってくれたり、蕎麦屋とか、あ、ごくたまに連れてってくれる鰻屋が絶品なんだよね。」
私の嫌な予想は的中した。間違いない。申し訳ない。悪いことをしてしまった。
「だーざーい」
「あ、はい」
「ごめん、僕魚があまり好きじゃなくて」
「でも、食べられないってわけじゃなくて」
「だからね、こんなこと太宰にしかお願いできないんだけど」
驚いた。台所に立ち、鍋をグツグツと煮込んでいる。乱歩さんの提案は
「ごはんと鮭を味噌汁に入れて煮込んでくれない?」
とのことだ。私がどう対応していいのか混乱しているうちに悟られてしまった。また1本取られてしまった。敵わない。
「どうぞ。」
ありがとう。と仰ってレンゲでゆっくりと召し上がっている。邪魔な髪を手で押さえ口に粥のようなものを頬張る彼は貴族のような子供のような品位と無邪気さを兼ねていた。
「しゃちょーは何時に来るの?」
「雪が昨晩かなり積もりましたから早くて昼過ぎとのことです。」
「昨日窓を割るような酷い吹雪の音がしたからそれくらいになるのか。」
「ごちそうさま。」
「ねぇ、今のうちにクラゲの水族館の日程決めちゃおうよ。」
「そうですね。」
「じゃあ…」
社長は昼過ぎに私の家に訪ね、乱歩さんを引き取っていった。一面真っ白の雪景色から見えた二人の後ろ姿は親子同然だった。羨ましい…私にもいつか家族を迎え、あのように笑える日は来るのだろうか。親子に向かって振っていた手のひらは拳を作っていた。
しゃちょーが迎えに来てくれた時は内心焦った。風邪を引いたまま外に出て倒れてこの状況を招いて手間をかけさせてしまったからだ。怒られる…福沢さんが近づいて僕に1番にしたことは
「はぐれると不味いから手を繋ごう」
と手を差し伸べてくれた。その後太宰に深い礼をし、家まで帰った。僕の顔は赤くなっていた。風邪なんてものではなく、普段僕からするその仕草を社長がしてくれたことによる、なんとなくの、気恥ずかしさだった。
家に帰って久々に感じる襖を開けるとそこにはこたつとみかんがあった。果物は大の好物だった。こたつは社長が押し入れから出してくれたのだろう。一段落すると社長とみかんを食べながら話をした。最近忙しくて構ってくれなかった分を取り戻すかのように。
「ん…」
こたつの暖かさと満腹でいつの間にか横になって寝てしまった。隣には福沢さんが寝ている。僕と違って座ったまま腕組みをして寝ていた。それに寄りかかるような形で男に体重をかけた。今は何でも話したい気分だった。
「僕はね…両親を亡くして、もう二度と手に入らないであろう愛情をずっと探してたんだ。」
「餓死寸前だった僕を福沢さんは助けてくれたよね…覚えてるよ…。あの日」
「こんな風に雪が積もってたよね。」
「気付いたんだ。僕が本当に欲しかったのは温かいご飯じゃなくて、親からの愛情だったんだって。」
「結構前から好きな人ができたんだ。片思いってやつ?」
「慈愛じゃなくてもっと、対等で、ドキドキする恋なんだ。恋人が出来たら1番最初に言うね。」
寝ている男に対して淡々と話した。普段面と向かって言えないようなことを恥ずかしがらずに伝えようとした最善の結果だ。それを聞いていても聞いてなくても僕は優しい嘘をつき続ける。だって、今までの中で一番楽しい作品作りを誰にも、この男にさえも邪魔をされたくなかったから。