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「…お前、誰?」
俺の問いかけに、涼ちゃんは口付けで応えた。俺は、今、誰とキスをしたんだ…?
「何言ってんの、藤澤涼架だよ。」
口の片端を不気味に吊り上げて、続けて言う。
「お前のだぁい好きな、『涼ちゃん』じゃないけどな。」
全身の血が巡り、頭の芯が痺れる。やたらと大きな自身の心音と、時計の時を刻む音だけが耳につく。
「…は?何言ってんの、涼ちゃん…。」
「だから違うって。」
涼ちゃんはイラついたような顔をして、吐き捨てた。こんな涼ちゃんは見たことがない。いつも、周りを気遣って、ニコニコしてて、俺をよく困った笑顔で見てて …ねぇ、涼ちゃん?…涼ちゃん?
俺が何も言えずにいると、涼ちゃんは立ち上がって部屋の中をウロつき始めた。
「いつもなんとなくしか記憶にないんだよな〜、『涼ちゃん』の世界は。それこそ、夢見てるみたいなさ。」
これは、これはつまり…。
「解離性…同一性障害…。」
「さすが、よく知ってるね。」
いわゆる、多重人格とも呼ばれていた、精神疾患だ。まさか、なんで涼ちゃんが…。
俺は、ハッとして目の前の見知らぬ藤澤涼架に詰め寄った。
「…お前…が、若井に、なんかしたのか…。」
そいつは俺を見下ろし、ニヤッと笑った。
「別に。落ち込んでたから。元気付けただけだよ。」
「お前な…!」
俺はそいつの胸ぐらを掴んで引き寄せた。
「壊すなよ、勝手に!涼ちゃんが必死で守ってきたものを、お前が勝手に壊すな!!」
「お前が閉じ込めたもの、だろ?」
俺は、首の後ろが急激に冷えるような、痺れるような、そんな感覚に襲われた。コイツには、何もかも見透かされてるような…俺は服を掴む手を緩めた。そのまま、 力無くソファーに沈み込む。
「お前…とりあえずなんて呼べばいい。名前とかあんだろ。」
「んー、別にそういうのはないけど。じゃああっちが『涼ちゃん』で、俺は『リョーカ』でいいよ。」
俺、涼架って名前気に入ってんだよね、と言いながら隣に座った。
「リョーカは、いつから…?」
「18くらいかな、涼ちゃんが東京出たての頃。」
「きっかけは?」
「涼ちゃんてさ、世間知らずじゃん?アルバイト先で、声かけられてさ。『君ならもっと割りのいいバイトがある』とかなんとかって。そんでそいつにノコノコついてったら、そのバイトがまぁ所謂『男娼』ってやつだった訳。」
俺は頭を抱えた。涼ちゃん…貴方は本当にバカだな…!俺と出会う前に、そんな目に遭ってたなんて…。
「しかも、男相手のね。涼ちゃんは訳もわからず地下の会員制のバルに連れてかれて、たぶん飲み物に薬盛られてたな、ありゃ。」
もう聞きたくない…俺は両手で顔を覆った。それでも、お構いなしにリョーカは続ける。
「そんで、意識が朦朧としてる中、連中が涼ちゃんに手を出し始めたってわけ。ま、そこで涼ちゃんの心を守るために生まれたのが俺。」
俺は、そこまで饒舌に話していたのに不意に黙ったリョーカを見た。コイツ、涼ちゃんの代わりにその時の全てを背負ったのか…。
「そっ…か…。おま…リョーカも、苦しかったな…。」
「まぁ、そのために生まれただけあって、俺は嫌じゃないんだけどね、そういうのは。」
そんな訳ないだろ。ケロッとした顔しやがって。俺はつい、リョーカを抱きしめてしまった。
「ありがとう…リョーカ。涼ちゃんを守ってくれて、ありがとう。」
リョーカはしばらく動かずにいたが、俺の背中をトントンと叩いて返事をした。
「…この前、俺にキスしたのも、リョーカだよな?」
リョーカは身体を離して、へぇ、と言った。
「…やっぱ起きてたんだ、よく気付いたな。」
「なんか…空気が全然涼ちゃんと違った。」
「さすがだな、大森君は。涼ちゃんのこと大好きなだけある。」
「…なんで知ってんだ。…まさか涼ちゃん気付いてる?」
「いや、涼ちゃんはなーんも気付いてないね。俺も、その一件以来永らく外には出てなかったし、涼ちゃんは俺のことにも気付いてもないよ。」
「そっか…。…リョーカは、なんで俺の気持ちに気付いたの。」
「ん〜…目かな。」
「目?」
「ずっと潜ってたから、ほとんどは夢見てるみたいにぼんやりとしか俺の記憶にはないんだけど、やたらとあんたの顔だけクリアに見えてた気がする。そん時のあんたが涼ちゃんを見る目。それでピンときた。」
なるほど、やはり涼ちゃんとは別人格らしかった。その鋭さは、涼ちゃんには持ち得ないものだろう。
「その一件以来、出て来てなかったのか?」
「ん、そーだね。あん時は、ある程度やつらの相手してから、俺がなんとか穏便に抜け出して、そっからは涼ちゃんも危ない目に遭ってないし。」
「そっか…。ならなんで急に、今になって…。」
一つの人格であるということは、一個の人間でもある、という事。『なんで今更出て来た?』なんて、彼の存在を強く否定する言葉だ、と俺は途中で口をつぐんだ。
「なんで今更出て来たかって?」
「…ごめん。でも気になって。なんかきっかけでもあったのかなって。」
まさか、涼ちゃんの身に何か…リョーカが出て来ざるを得ない何かが…。俺はそんなことを考えて心臓が速くなる。
「別に。ただ単に暇になったからそろそろ出てみよっかなって。」
「え、…そんなもんなのか?」
リョーカは俺を見て、ニコッと笑った。そして、顔を目一杯近づけて、俺の耳元で囁いた。
「そろそろ、身体の方も疼いて来たし。」
俺は勢いよくリョーカの顔を見る。その顔は、妖艶な笑顔が浮かんでいた。
「な、何…。」
「だって、『そーいう事』の為に生まれて来たのに、あれから5年以上ずーーーっとご無沙汰って、これなんの罰ゲーム?」
リョーカが立ち上がり、上着を手に取った。
「だからさ、丁度よく若井君と同居させてもらっちゃって。俺、超ラッキー、チャンスじゃん!て思ってさ、そんで5年ぶりに出て来ちゃった♡」
指でVサインをして、軽薄な態度で話す。俺は立ち上がって上着を掴む。
「お前、ふざけんなよ。」
「なにが。」
「若井に手ぇ出すな!!」
「もう口出しちゃった♡」
人差し指を口に当てて、顔を傾げてわざとらしいポーズを取る。俺はカッとなって拳を振り上げるが、この身体は涼ちゃんのものでもある事を思い出し、握ったまま震える手をゆっくりと下ろした。
「なに?若井君も取られたくない訳。どんだけ独占欲強いんだよ、大森君。」
「…違う。あいつは、涼ちゃんにとってもすごく大事な奴なんだ。いい奴なんだ。若井はこの前の事にも必死で『夢だった』って折り合いをつけた。もうこれ以上涼ちゃんと若井の仲を壊さないでくれ、頼むから。」
はあー、と横にため息をついて、リョーカは俺に向き直る。
「わかったよ、…別にどーしても若井君じゃなきゃって訳でもないし。んじゃ、どっかの誰かに相手してもらって、発散してくっかな。」
リョーカは乱暴に俺の手から上着を剥ぎ取り、それを着始めた。
「どこいくんだよ。」
「さあね、『そーいう事』が出来るところじゃない?」
「恋人でもいるのか?」
「ははっ!いたら若井君に手ぇ出してないって。」
俺はリョーカの肩を掴む。
「待て、そんなのダメだ。涼ちゃんの身体が無駄に傷つくだけじゃないか。」
『無駄』という言葉に、リョーカが眉を顰めた。
「無駄?そーだよな、俺の存在は邪魔だよなぁ、あんたにとっちゃあ。俺なんて元々無駄なもんなんだよ。でもしょーがないじゃん、出てこれちゃったんだから。俺だって人生楽しむ権利くらいあるでしょ。涼ちゃんの分、傷背負ったんだから。」
「ダメだ!!涼ちゃんの人生でもある!!涼ちゃんの身体でもある!!お前が自分勝手に傷つけていいもんじゃないだろ!!」
「俺は自分勝手に傷つけられたのに?」
俺はハッとして、言葉を続けられなかった。でも、それだって、別に涼ちゃんが悪い訳じゃ…。でも、コイツも悪い訳じゃ…ないのか…。
俺が視線を彷徨わせて、どうすればいいのか思案していると、リョーカが床に上着を投げた。そして、俺の顎を掴み、自分の方へ強く向ける。
「若井君もダメ、他のやつもダメ、って言うんなら、もうあんたが相手してよ。大森元貴君。」
俺の返事を待たず、深い口付けをして来た。顎を持って口を開かれ、水音を立てながら舌で口内を蹂躙される。俺は必死にリョーカの腕を掴んで引き剥がそうとするが、休止期間に鍛え始めた涼ちゃんの身体が、それを許さなかった。
「…おまえ…!」
「ふん、息上がってんじゃん、そんなんで大丈夫?言っとくけど、俺ネコだから。大森君に頑張ってもらわないと、満足できなきゃ他所でヤッちゃうよ?」
俺は、そう言って挑発してくるリョーカの目を、視線を外すものかと睨み続ける。
「…わかった、俺が引き受けてやる。その代わり、若井にも、他の誰にも手を出すな。涼ちゃんの身体を好き勝手しないと誓え。」
「………満足できたらな。」
俺の頬を指でなぞって、リョーカがニヤリと笑った。
「じゃ、先にシャワー借りるわ。」
確かこっちだよな、と言いながら、リョーカがドアの向こうへと姿を消した。俺は途端に力が抜けて、ソファーにへたり込んだ。
なんだ、これは?本当に現実か?若井の言うように、せめて悪い夢であったなら…。
この場から逃げ出したい俺の脳裏に、涼ちゃんの笑顔がよぎる。
…ダメだ、俺が守らなきゃ。若井と涼ちゃんの生活も、涼ちゃんの人生も、涼ちゃんの身体も。
「…涼ちゃん、ごめんね…。」
俺は一人、涼ちゃんに向けて懺悔した。
リョーカの後、俺もシャワーを浴びて、リビングへ戻ると、リョーカがタオル一枚で炭酸を飲んでいた。
「大森君、ほんとに酒飲まないんだ。こんなんしかなかったよ、冷蔵庫。」
俺は黙って寝室のドアを開けた。早く来い、とばかりにリョーカに視線を向けて、そのまま部屋に入る。
ベッドの前で立っていると、背後からリョーカが近づく気配を感じた。
「ところで、ローション持ってんの?」
俺は、しまった、と動揺した。そういった類のものは家に用意していない。
動かない俺の顔の前に、後ろからリョーカが手を差し出した。その手 には、ローションとゴムが握られていた。
「だろうね。あんた、経験ないんでしょ。」
俺はカッと顔が熱くなる。音楽活動に邁進して来た俺は、恋人など作る気もないし、暇もなかった。ましてや、涼ちゃんに出会って、彼に心奪われてからは、俺は男性が好きだったのか、と驚いたくらいだ。
涼ちゃん…。
また、頭で涼ちゃんを思い出し、心が痛む。俺は今から、貴方の身体を汚してしまう。どうか、どうか許して…。
「…教えてやろっか?」
後ろから俺の耳元にリョーカが囁く。俺は振り向く事なくリョーカの腕を掴み、目の前のベッドへと押し倒した。リョーカの腰の下に、バスタオルがはだける。
「黙ってろ。」
暗くてリョーカの表情はよく見えないが、おそらくは不敵な笑みを浮かべて、俺を品定めでもしているだろう。
俺は、リョーカの両手を押さえ込んだまま、乱暴にキスをした。耳や首元、肩にも甘く噛みつき、また口内に舌を入れ、先ほどの分をやり返すかのように蹂躙する。
「は…、ぁ…。」
リョーカから小さく息が漏れる。俺は手を離し、胸元から腹、内腿へとキスを繰り返しながら、顕になっているリョーカのモノへと手を伸ばす。
熱く反り立つそれは、すでに先端から液を出していた。人差し指でその液を先の部分に擦り付ける。ヌルヌルとしたそれは後から後から出て来て、俺の手を滑らかに動かした。
その液に加え、上から俺が唾液を垂らす。さらに滑りが良くなった竿を上下に扱く。その動きに合わせて、リョーカの呼吸が荒くなった。
「ぁ……な、舐めて…。」
懇願するような声。指示されるのは癪に触ったが、満足させる為に俺は口にたっぷりと唾液を蓄え、リョーカのモノを咥えた。
うぅ…!と身を捩る。ジュップジュップと音を立てて、唾液をしっかりと纏わせながら上下に刺激を与える。
竿から睾丸、さらに下の孔に向けて、ヌルヌルと唾液が垂れる。それを指で拭って、孔の周りに擦り付ける。
「…は………さっき…シャワー…の時、に、よく解して、おいた…から…。」
リョーカの言葉に、俺はゆっくりと指を入れて応える。なるほど、一本だと余裕で入る。入り口付近を円を描くように解した後、もう一本を挿入する。うぅ…と呻くリョーカに、俺は顔を近づける。
「痛い?苦しい?」
「だ、いじょうぶ…久しぶり…だから…。」
俺は、丁寧に入口を解した後、さらにもう一本を入れる。きゅうきゅうだが、三本入ったことを確認すると、俺は前立腺を探し始める。
涼ちゃんに好意を抱いた時、同性でのやり方を調べたことがあった。その知識が、今役に立つとは…。
反対の手で扱きながら、入れた指で探る。第二関節あたり、こり、と硬い感触があたる。そこを刺激すると、リョーカが声を上げた。
「あ…!そ、そこ…!」
良かった、見つけられた、と安堵しながら、俺は口で咥えつつ、探り当てたそこを刺激し続けた。
「ダメ、ダメ…!イッちゃう…から…!」
俺は、まだ早いか、と口と手を同時に離し、グッタリとするリョーカの腰を持ち上げる。
「後ろ、向いて。」
リョーカは、息を荒くしながら、ゆっくりと背中を向け、お尻を高く上げる。
俺は、リョーカが持っていたゴムを付け、ローションを手に取り、丁寧に自分のものとリョーカの孔に塗った。もう一度指で孔の中へしっかりローションを滑り入れ、そのままモノを入り口へと当てがった。
「入れるよ?」
「…うん。」
ゆっくりと挿入する。驚くほど滑らかに入っていく。リョーカの腰が震える。
「痛い?大丈夫?」
俺は確認しながら、まずは浅いところでゆっくりと抜き差しをする。リョーカは、俺の動きに合わせて、ハッハッと息を吐く。
「も、もうちょっと…奥…まで、大丈夫…。」
その言葉に従い、もう少し押し進める。リョーカが腰を動かし、先ほどの良いところへと自分で当てにいっているようだ。
「あっ…!あた…る…!気持ち…!」
リョーカが惜しみなく気持ちのいいところを教えてくれるので、俺は安心してそこを責められた。二人の呼吸が荒くなり、リョーカの腰も動きを増している。
「あぁ…!い、イキ…そう…!」
リョーカがガクガクと震え、絶頂が近いことを示す。俺も、動きを早め、リョーカの快楽を後押しする。
「あ、イクッ…!」
小さく叫んだ後、リョーカのモノから精液が放たれた。ビクンビクンと身体が震え、俺はしばし動きを止める。グッタリと身体が沈み、俺のモノが自然と抜ける。リョーカは肩で息をして、シーツを握りしめている。
俺はリョーカの腰を持ち上げ、今度は仰向けにさせる。
「ぇあ…?」
ダランと開かれたリョーカの口から、情けない声が漏れる。俺はリョーカの両脚を自分の肩に乗せ、孔にモノをあてがう。
「…まだ…?」
「俺イッてないもん。」
俺は、はやる気持ちを抑え、涼ちゃんの身体を傷付けないように、ゆっくりと挿入する。あぁ…とリョーカから苦しそうな声が上がるが、俺はお構いなしにゆっくりと動き始める。ここか、と思しき場所に当たるよう、角度を変えながら突く。
「あ…だ、だめ…もう……、イッて…。」
リョーカから懇願するような声が上がり、俺もスピードを早める。突くたびにリョーカから声が漏れ、俺の絶頂も近づいてくる。
「…涼ちゃん、ごめん…っ!」
「…………っ!」
俺は、リョーカにとって一番残酷な言葉を呟いて、リョーカの中で果てた。肩で息をしながら、ゆっくりと抜き、ティッシュで後処理をする。
グッタリと横たわるリョーカを見て、どうやら上手くできたようだと、俺は胸を撫で下ろした。
「おまえ……ほんとに初めて……?」
リョーカがゆっくりと身体を起こしながら、尋ねた。
「…リョーカがだいぶ協力してくれたろ。」
俺はベッドに腰掛け、リョーカに背中を向けながら、ティッシュを寄越す。
ティッシュで後処理をする音がした後、背中に熱を感じた。リョーカが抱きついて来ている。
「じゃあ、これからもよろしくね、大森君。」
リョーカは、俺の首の後ろに、キスを落とした。俺は、その感触が、まるで焼き印を押されたかのように、チリッと痛んだ気がした。