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「おはようございます、お嬢様」
小鳥のさえずる爽やかな朝、専属執事の声で静かに目を覚ます。 きっと全世界の少女が夢見るシチュエーション。
「お嬢様、朝ですよ!早く起きないとお父様達から叱られるのでは?」
「ん゛、起きるー」
ベッドの温もりをギリギリまで感じつつカーペットに両足をつける。
早朝にも関わらず燦々と照りつける太陽によってカーペットも暖かみを帯びている。
起きたはいいものの、足から再び温もりを感じ取りどうにも眠気を手放せない。
「さっ早く支度しましょう」
甲斐甲斐しく世話を焼いてくれる執事に恵まれ何とか朝の支度を済ませると、グッと肩に力が加わった。
「次はお稽古の時間ですから少しでもリラックスしてくださいね」
指圧でじんわりと肩の力が解れていく気がする。知らぬ間にひしひしと重圧を感じていたようだ。
「ありがとう」
振り返って執事の方を見ると柔らかな視線を向けられていて胸が跳ねた。
最近は胸がうるさい。
「なんでだろ」
「ッ!どこか体調が優れませんか?」
意図せず漏れた声を聞くと執事は怪訝そうな顔をして私の顔をまじまじと見つめてきた。
「寝起きの声はいつも通りだったし、髪を結んだときに触れた指先の温度もいつもと変わらなかった…強いて言えば私を見るときに頬が紅潮したことくらいか…?」
ボソボソと何かを呟きながら心配され居心地悪く、やっぱりなんでもない!とはぐらかした。これって本当に病気じゃない、よね…?
夜中、自室の重厚な扉を開き私の元まで訪れたのはお父様だった。
「こちらが今回の見合い相手だ」
冊子を取り出し、一枚のページを見せるお父様は何も悪くない。 後継を探すための大事な作業だ。お父様はご公務で多忙な時間を縫ってまでして私にお相手を提案してくれてるんだから。だから、胸のざわめきなんて、気にしちゃ、いけない。
ズキズキと激しく鼓動する心臓に追い打ちをかけるように建前が立ちはだかる。
「じゃあ来週までに考えておいてくれ」
いつのまにか纏まってしまった話をゆっくりと反芻するが如く重力のままに顔を振った。
行き場のないこの気持ちをどうすればいいと言うのだろう。
この複雑な気持ちに名前はあるのだろうか。唇をキュッと噛み締め床を見た。
「お嬢様」
突然背後から呼ばれ肩がびくりと上下する。「なぁに?」
喫驚が曝けぬように、努めて平静を装い笑顔で振り向く。
刹那、薄く柔らかなものが口を覆った。
すぐに離れ、再び重なる。
もう一度、もう一度と何度も繰り返し押し付け合い、それは 唇が重なったことを理解するには十分な時間だった。
「そんなに固く唇を結んでいたらせっかく
綺麗なお顔ですのに台無しですよ?」
パッと距離を取り、何事もなかったかのようにベッドメイキングを始める執事に沸々と怒りが湧いてくる。
私は動揺を隠せるはずもなくただパクパクと口を開閉するばかりで、言葉にしたいことは何一つ声として届かない。
無声音となり辺りに散った言葉の欠片たちは私の心情と同じように行き場を失い彷徨っているようだ。
「では、ごゆっくりお休みください」
「へ…?//ちょっと!?///」
我に返り顔を上げた頃には、執事はもう重厚なドアの向こう側だった。
続く