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「アイツらは……例のガキンチョ共か」
ワイは呟く。不審な影の正体は、スラム街のキッズたちやった。
焚き火の薄明かりに照らされて、そいつらの姿がぼんやりと浮かび上がる。服はボロボロで、袖や裾のほつれから、痩せ細った手足が覗いとる。顔は陰になっとるが、目だけは暗闇の中で鈍く光っとる。そこにあるのは、警戒と……ほんの少しの期待。まるで腹を空かせた獣が、餌の匂いにつられて近寄ってくるみたいや。
そら、しゃーない。今ワイの手元には、焼きリンゴの甘い香りが漂っとるんや。焚き火でじっくり焼いた果実の皮が弾け、中の蜜が滲み出して、そこらの空気すら甘くしとる。キッズたちが惹かれるのも無理はない。
果樹園の周りには壁を設置しとるが、簡易的な見張り役を頼んどったコイツらには抜け道を教えとった。そこを通ってきたんやろな。
「おーい、そこのお前ら」
ワイが声をかけると、子どもたちはびくっと肩をすくめた。けど、一人の少年が意を決したように前に出る。
「……あの、その……いい匂いがして……」
腹が鳴る音が、夜の静寂に響いた。火の爆ぜる音よりも、ずっとはっきりと。
ワイは笑いを噛み殺しながら、焼きリンゴを手に取ると、それを差し出した。
「ええで。腹減っとるんやろ? 遠慮せんとこっちに来いや」
「えっと、でも……」
少年の視線が揺れる。空腹には勝てんけど、タダで貰うことへの警戒心は残っとるんやろな。
「今回の襲撃を乗り越えられたんは、お前らのおかげでもあるんや。不審者をちゃんと報告してくれてありがとな」
昨晩、ワイとケイナが見張り台に陣取っとったのは、まぐれやない。キッズたちが怪しい奴らを見つけて事前に報告してくれとったおかげや。もし寝床で油断しとったら、チンピラ共に不意打ち食らってフルボッコにされとったかもしれん
少年は一瞬の逡巡のあと、意を決したように手を伸ばした。
「さぁ、腹いっぱい食べるとええで」
「う、うん!」
彼が最初のひと口をかじったのを見て、ほかの子どもたちもそろそろと近づいてくる。目を輝かせながら、慎重に、それでも焦るように果実を手に取る。
リリィが穏やかに微笑みながら、新しい焼きリンゴを皿に盛り付けた。
「たくさんあるから、ゆっくり食べた方がいいわよ」
「……ありがとう!」
キッズたちは歓喜の声を上げ、目の前に差し出された焼きリンゴに目を輝かせる。小さな手が競うように果実へと伸び、かじりついた瞬間、驚きと喜びが入り混じった表情が広がる。
焼き立てのリンゴは、ほんのりとした酸味と濃厚な甘みを伴いながら、口の中でほろりと崩れとるはずや。熱がじんわりと広がり、冷えた体の芯をゆっくりと温めていっとることやろう。その温もりに、縮こまっとった肩がふっと緩むのが見て取れた。
「うおおおおっ!? なんだ、これ!?」
「メチャクチャ美味いぞ!?」
「前にもらったリンゴも美味しかったけど、この焼きリンゴはそれ以上だ!」
「こっちのマンゴーも甘いぞ!!」
興奮気味に声を上げるキッズたちの様子に、場の空気はさらに活気づいていく。頬を紅潮させながら無邪気に笑う彼らの姿が、焚き火の揺れる明かりに映えて、一層あたたかく見えた。
ワイはその光景を眺めながら、手に持ったジュースをひと口含む。喉をすべる冷たい液体の中に、ほんのりとした酸味と甘みが広がり、胸の奥にじわりと染み渡る。喧騒の中に身を置きながらも、どこか穏やかな気持ちになっていく。
ええやん、こういうのも。たまには、こうやって賑やかに飯を食うのも悪くない。
「うーん……」
ふと、レオンの低い声が耳に入る。気になって視線を向けると、彼は腕を組み、少し渋い顔をしとった。
「レオン、どうしたんや? キッズたちに自分の取り分を奪われる心配でもしとるんか?」
「違うっつうの。そんなに狭量じゃねぇよ」
ワイの軽口に、レオンは苦笑しながら肩をすくめた。その顔には、冗談半分の呆れと、ほんの少しの考え事の色が滲んどる。
「なら……その顔はなんや? イマイチな出来のリンゴにでもあたったんか?」
「そういうわけでもねぇ。お前のリンゴもマンゴーも、とんでもなく素晴らしいさ。ただ……」
「ただ?」
レオンは軽く自分の腹をさすった。ばかすか食べとった分、当然やが膨らんどる。せやけど、コイツが本気を出して食いまくったときの膨れようには程遠い。リンゴやマンゴーが気に入らんかったわけやないはず。実際、こいつはさっきまでガキみたいに目を輝かせて、瑞々しい果肉にかぶりついとった。歯を立てた瞬間に溢れる果汁を惜しむように、丁寧に舐めるように食っとったんや。つまり、味の問題やないはずや。
なら――
「果物だけじゃ、なかなか満腹にはならねぇと思ってな」
「そういうことか。ま、確かになぁ……」
ワイは腕を組んだ。そりゃ、果物だけやと一時的に腹は膨れても、本当の意味での満腹にはならんかもしれん。たしか、そういうのは栄養バランスがどないとかいう話もあった気がする。ワイはそんな細かいことには詳しないけど、感覚的に分からんでもない。
「こんなに豪勢なフルーツを前に、贅沢な注文だが……。肉類か、せめて腹持ちのいい穀物類があればな」
「品揃えの不備は、宴会主のワイの責任や。肉屋はもう閉まっとる時間やから……。パンでも買ってきたろか? 売れ残りぐらいはあるかもしれん」
「気持ちはありがたいが、パンはむしろすぐに消化される方だろ。俺が言っているのは、そう……あれだ。えっと、ダンゾ? とかいうやつだ」
「ダンゾ……?」
ワイは首を傾げる。そんなモン、あったか? 流れ的に言えば、腹持ちの良い食べ物っちゅうことやろうけど……。