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えっえっ、マジですか…好きなんですが?
君が、嘘をつくから。
君が、本当のことを言わないから。
君を信じたから、信頼していたから、何一つ知らなかった。
君の嘘を、見抜くことができなかった。
君が僕に残してくれたものは、幸せな日々と、それを全て覆い隠すこの胸の痛みだけ。
波の音だけが響く夜、 全てを知った。
君がいる明日は、もう来ない事を。
「あぁ〜ねっむ」
隣りで海が、伸びをしながらそう言った。 先程まで寝ていた僕はその言葉で目を覚ました。
「今帰ってきたの?」
海はゆっくりとベッドに上がり僕の隣に潜り込んだ。
「うん…ふぁ…疲れた…」
「お疲れさま」
海はもう寝息をたてていた。
スマホの画面を見ると時刻は6:25と記されていた。
まだ起きる時間じゃない…寝よう。
そうと決まれば海に身をよせその腕を抱きしめる。海の優しい香りと体温を感じると、すぐに眠気に覆われた。
ぼんやりと意識が覚醒したが、1番に思ったのは …もうちょっと寝たい。だった。
寝返りを打とうとして何かにぶつかる。驚いて瞼を上げる。
「なんだ、海か…」
朝起きたとき、海が隣にいるのは滅多にない。
海はいつも朝にはどこかに行っている。
そんな海の寝顔を見ていると嬉しくて顔が緩んでしまった。
時計は6:25を指していてまだ起きる時間じゃないのに海のせいで目が覚めてしまった。
僕は海がいつもするように伸びをして、顔でも洗いに行こうとベッドから出ようとしたときだった。
「あや……」
海が僕の腕を掴んだ。
「どうしたの?」
「……」
海は何も言わず、僕の肩に頭を置いた。
「海…?」
「…綾っ……」
海は様子が変だった。
「悪夢でも見たの?」
「…うん。怖くておかしくなりそうだから、今日はずっとここに居て」
「…え?」
怖いもの知らずな海がそう言うから、驚いてしまった。それに、こんな風に震える海を、僕は見たことが無かった。
「…わかった」
「…っ」
「海…?泣いて…」
小さく嗚咽を漏らし、海は泣いていた。顔は見えないがすぐに分かった。
僕は固まる。
たぶん、怖い夢を見たなんて絶対嘘だ。
何かあったんだろう。
「……」
でも、僕は何も聞けなかった。
海が落ち着くまでずっとその背中をさすっていた。
海に出会ったのはこの街に引っ越して来た5年前。
とある事情で港町に住んでいる祖母の家で暮らすことになった。
元々の境遇からか新しい生活にはすぐに慣れた。友達も沢山できた。
そんな、ある日の夜。いつものように祖母と晩御飯を食べていたとき、1人の若い男がやってきた。
「魚、分けに来たんだけど」
男は笑顔で祖母に挨拶した。
「あら、カイくん。ありがとう。晩御飯はもう食べた? 」
「いや、まだ」
祖母は、男をカイくんと呼んでいた。
日焼けした肌を見るに、この街の人間なのは一目瞭然だった。
「あれ、そっちのは…」
パチリと、目が合う。
「ああ、私の孫よ。ほら、綾ちゃん挨拶しなさい」
自分で名前を言う前に祖母に名前を言われてしまったが「綾です。」と簡素に応えた。
「俺はカイ。海って書いて海。お前、いくつ?」
偏見だけど、きっと海が好きな両親に海と名付けられ、本人も海が好きなんだろう。
「…17」
「俺は19だから、2個下か」
「いや、もうすぐ18になるし」
「じゃあ1個下だな」
そう言って海はニッと笑った。
それから知ったのだが、海は元々この家の常連だったらしい。毎日のように何かしら手土産を持って夜にやってくる。
「はい」
「…なにこれ」
「木彫りのたい焼き」
「は?」
「俺が作った」
「…は?」
何故タイじゃないくてあえてたい焼きを選んだのか、木の彫刻なんてできるのか聞かないでおく。
手の上のにある端正なたい焼きのつぶらな瞳と目が合った。
海はだいぶ変わっている。
もちろん、何故毎晩のように家に来るのか聞いた事があった。「ん?そんなのタダで美味い飯が食えるからに決まってるからだろ」と言われどれほど呆れたことか。
「綾、おーい、あーーや」
僕を呼ぶ声で我にかえる。
「なに?」
「俺もう帰るんだけど」
「うん」
「帰るんだけど」
「だから何?」
早く帰ればいいのに。
「お前今めんどくさいとか思っただろ」
そう言って海が笑う。
その日はそのまま海は帰って行き、僕はすぐに寝ることにした。
「…綾、あやさーん」
「…んん」
うるさい。夢の中までも海はうるさいのか。
それにしても、頬をつねられる感触が妙にリアルだ。…ん?
カッと目を見開く。
「おっ」
目の前に海の顔が写った。
「…」
僕ははもう一度目を瞑った。
「おい 」
海の笑い声が聞こえ、仕方なく起き上がった。
「今何時…?何?ふざけてる?」
「6時。怒るなって。間に合わなくなる、行こう」
何に?という前に海に腕を引かれ外に連れ出された。
僕は寝起きで混乱していた。これは夢なのか。だったら悪夢だ。
海に引っ張っられるまましばらく階段やら坂道やらを登った。
「あとちょっとだ。頑張れ」
どこに向かってるのか分からないのに、というか何故こうなってるのかすら知らないと言うに頑張れというのは無神経すぎじゃないか。
「綾」
海が僕に差し伸べた手を、乱暴に掴む。海が笑って僕を引き上げた。
「……!」
目の前に広がる景色に、僕は言葉を失った。
いつのまにこんなに高い場所にいたんだろう。
チラホラと明かりがつく街、そして海から朝日が登り始めていた。それは今まで見たどんな景色よりも綺麗だった。
「…すごい」
「だろ」
得意げな顔で海が頷く。
「…はぁ」
僕はため息をついた。
「なんだよ?」
「綺麗だけど、いつでも見れるでしょ。予定もなしに、早朝から叩き起こされてめちゃくちゃ頑張って歩いてまで見に来る必要はなかったんじゃないかと」
めちゃくちゃ頑張っては少し盛りすぎたかもしれない。
「…それは、悪い。だけど今日見せたかったんだ」
「……」
悪びれもなくそう言う海に僕は苦笑する。
まあでも、文句は言ったがそれほど嫌だとは思わなかった。むしろ…
「綾、誕生日おめでとう」
「…え」
そうか、今日は僕の誕生日だ。
「…ありがと」
照れくさくなって僕は横を向いてそう返した。
朝日を前に、海が隣に居る。その日は始めて海と過ごした朝だった。
今思えば海との全ての日々は、楽しくて暖かかった。
僕は、思い出の場所で海を眺める。もう海は隣にいないし、朝日が昇ることもないだろう。