君が、嘘をつくから。
君が、本当のことを言わないから。
君を信じたから、信頼していたから、何一つ知らなかった。
君の嘘を、見抜くことができなかった。
君が僕に残してくれたものは、幸せな日々と、それを全て覆い隠すこの胸の痛みだけ。
波の音だけが響く夜、 全てを知った。
君がいる明日は、もう来ない事を。
目が覚めて、 スマホの画面を見ると時刻は6:25と記されていた。
あと30分は寝られると思い、隣で寝ている海に身をよせ抱きしめる。その香りと体温を感じると、すぐに眠気に覆われた。
ぼんやりと意識が覚醒し、 寝返りを打とうとして何かにぶつかり驚いて瞼を上げる。
「なんだ、海か…」
朝起きたとき、海が隣にいるのは滅多にない。
海はいつも朝にはどこかに行っているからだ。
そんな海の寝顔を見ていると嬉しくて顔が緩んでしまった。
時計は6:25を指していて、まだ起きる時間ではないが海のせいで目が覚めてしまった。
僕は海がいつもするように伸びをして顔でも洗いに行こうとベッドから出ようとした、そのときだった。
「綾」
海が僕の腕を掴んだ。
「何?」
「……」
海は何も言わず、僕の肩に頭を置いた。
「…っ」
海の様子が何がおかしい。
「どうしたの?悪夢でも見た?」
「……今日はずっとここに居てくれ」
「…え?」
怖いもの知らずな海がそう言うから驚いてしまった。こんな風に震える海を僕は見たことが無かった。
「海…?泣いてる…?」
小さく嗚咽を漏らし、海は泣いていた。顔は見えないがすぐに分かった。
何があったのか、何故泣いているのか何一つ分からない。しかし今は何も聞いてはいけない気がして、 海が落ち着くまでずっとその背中をさすっていた。
海に出会ったのは僕がこの街に引っ越して来た5年前の事。
とある事情で港町に住んでいる祖母の家で暮らすことになった。
新しい生活にはすぐに慣れ、それなりに楽しく過ごしていた。
そんな、ある日の夜。
いつものように祖母と晩御飯を食べていたとき1人の若い男がやってきた。
「こんばんは。 魚、分けに来たんだけど」
男は笑顔で祖母に挨拶した。
「あらカイくん、ありがとう」
祖母は男をカイくんと呼んでいた。男は身長が高く明るい金髪をしていて僕は眉を寄せた。
「あれ、そっちのは…」
パチリと目が合った。その目は深い緑色をしている。外国人にも見えるが自然な日本語を話していてむしろ違和感を感じてしまう。
「私の孫よ。ほら綾ちゃん挨拶しなさい」
自分で名前を言う前に祖母に名前を言われてしまったが「綾です」と簡素に応えた。
「俺はカイ。海って書いて海。お前、いくつ?」
「…17」
「俺は19だから、2個下か」
「いや、もうすぐ18になるし」
「じゃあ1個下だな」
そう言って海はニッと笑った。
それから知ったのだが、海は元々この家の常連だったらしい。
毎日のように何かしら手土産を持って夜にやってくる。
「はい」
「…なにこれ」
「木彫りのたい焼き」
「は?」
「俺が作った」
「…は?」
何故タイじゃないくてあえてたい焼きを選んだのか、木の彫刻なんてできるのか聞かないでおく。
手の上のにある端正なたい焼きのつぶらな瞳と目が合った。
海はだいぶ変わっている。
もちろん、何故毎晩のように家に来るのか聞いた事があった。
「ん?そんなのタダで美味い飯が食えるからに決まってるからだろ」と 言われどれほど呆れたことか。
「綾、おーい、あーーや」
僕を呼ぶ声で我にかえる。
「なに?」
「俺もう帰るんだけど」
「うん」
「帰るんだけど」
「だから何?」
早く帰ればいいのに。
「お前今めんどくさいとか思っただろ」
そう言って海が笑う。
その日はそのまま海は帰って行き、僕はすぐに寝ることにした。
「…綾、あや」
「…んん」
うるさい。夢の中までも海はうるさいのか。
それにしても、頬をつねられる感触が妙にリアルだ。…ん?
カッと目を見開く。
「おっ」
目の前に海の顔が写った。
「…」
僕ははもう一度目を瞑った。
「おい 」
海の笑い声が聞こえ、仕方なく起き上がった。
「今何時…?何?ふざけてる?」
「6時。怒るなって。間に合わなくなる、行こう」
何に?という前に海に腕を引かれ外に連れ出された。
僕は寝起きで混乱していた。これは夢なのか。だったら悪夢だ。
海に引っ張っられるまましばらく階段やら坂道やらを登った。
「あとちょっとだ。頑張れ」
どこに向かってるのか分からないのに、というか何故こうなってるのかすら知らないと言うのに頑張れというのは無神経すぎじゃないか。
「綾」
海が僕に差し伸べた手を、乱暴に掴む。海が笑って僕を引き上げた。
「……!」
目の前に広がる景色に、僕は言葉を失った。
いつのまにこんなに高い場所にいたんだろう。
チラホラと明かりがつく街、そして海から朝日が登り始めていた。それは今まで見たどんな景色よりも綺麗だった。
「…すごい」
「だろ」
得意げな顔で海が頷く。
「…はぁ」
ため息が零れた。
「なんだよ?」
「綺麗だけど、いつでも見れるでしょ。予定もなしに、早朝から叩き起こされてめちゃくちゃ頑張って歩いてまで見に来る必要はなかったんじゃないかと」
めちゃくちゃ頑張っては少し盛りすぎたかもしれない。
「…それは悪いかった。だけど今日見せたかったんだ」
「……」
悪びれもなくそう言う海に僕は苦笑する。
まあでも、文句は言ったがそれほど嫌だとは思わなかった。むしろ…
「綾、誕生日おめでとう」
「…え」
そうか、今日は僕の誕生日だ。
「…ありがと」
照れくさくなって僕は横を向いてそう返した。
朝日を前に、海が隣に居る。
その日は始めて海と過ごした朝だった。
今思えば海との全ての日々は、楽しくて暖かかった。
僕は、思い出の場所で海を眺める。もう海は隣にいないし、朝日が昇ることもないだろう。
コメント
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えっえっ、マジですか…好きなんですが?