過去の記憶を思い出しながら、ぼんやりと夜の海を眺める。
明日が来ないから、夜は明けない。
僕は夜に、止まった時間の中にいた。
昨日海は1日中泣いていたのに、翌日には何事もなかったかのように済ました顔をしていた。
「昨日は一日中泣きついてくる奴のせいで疲れた」
僕は海を見つめながらそう言った。
「そんなめんどくさい奴がいたのか」
海は僕から目を逸らし、肩をすくめる。
「お前だよ、海」
「…綾、まだ寝ぼけてるのか?」
「は?」
わかった。こいつ、昨日の事を無かった事にしようとしている。
「…とりあえず、 今日は家の掃除してよ」
そう言い昨日の海の真似をしてみると、
「…う」
海が顔をしかめた。
思い出してくれたようだ。
「ホコリが残らないようによろしく」
僕は勝ち誇ったように、箒と雑巾を海に押し付けた。
「…くそ」
何か聞こえたが、聞かなかった事にする。
「帰ってくるまでに終わらせておいて」
コートに袖を通し、身だしなみを整える。
「…どこに行く?」
海が玄関へ向かう僕の腕を掴んだ。
「どこって、仕事だけど」
「仕事…どこの?」
確かに海に仕事の話をした事はほとんどない。知らなくても当然だが、今更何故こんなことを聞いてくるのだろう。
「んー、教えない」
僕は海の手を振りほどき、マフラーを手に取った。
「綾、」
「何?」
海は何か言いたげな顔をしていたが、「やっぱり何でもない」と言って後ろを向いた。 そんな態度が少しだけ勘に触った。
「…海はいつも何も教えてくれないし、僕も聞くのをやめたけど。海だって僕の事を知ろうとしなかっただろ」
それだけ言い捨てて家を出た。僕だって前々からこのままではダメだと分かっていた。
沢山の時間を2人で過ごしたというのに、好きな物や好きな食べ物だって知ってるのに、僕は海の本当の名前さえ知らない。
冬の海辺を歩く。潮風は冷たく、雪が降っていた。
海はいつも夜にやって来る。夜になるとひょっこり家に顔を出しては晩御飯を食べ、しばらく僕と話した後帰っていく。
帰る、と言ってもどこに帰っているのかは分からなかった。もしかしたら他の誰かの家にでも行っているのかもしれない。
祖母はそんな海をもう1人の孫のように可愛いがっていた。だから邪険にする訳にもいかず、仕方なく祖母の前ではそれなりに、普通に接していた。
「綾ちゃん」
「…」
祖母は僕を綾ちゃんと呼んでいる。でも、海にそう呼ばれるのは気に食わない。
それがわかっているのか、いないのか、海は平然とした顔でそう言っている。
「ねえ綾ちゃん」
黙れ。言葉を飲み込む。ばあちゃんの前でそんな言葉使えない。
「…なに?」
睨みつけたくなるのを抑え、軽く笑顔で答える。
「呼んだだけ」
確信犯だった。
「…」
近くにあったリモコンを投げつけようとした時、祖母が笑い声をあげた。
「仲がいいのね。嬉しいわ」
「綾はもう弟みたいなものだよ」
「……」
和やかな雰囲気に合わせて、僕はただニコニコしていた。
それから少し経ち、祖母が部屋を後にした。
「綾は猫被りすぎじゃないか?」
海が面白いものでも見ているかのようにそう言った。
「海もでしょ」
すかさず反論すると、海は少し驚いたような顔をした。
「綾は俺が猫被ってるように見えるのか?」
「そりゃ胡散臭いし」
「ふーん」
海は何かを考えている様子だった。やっぱり怪しい。
「でも逆に考えると、綾は俺に本当の姿を見せているという事……?」
「…は?」
海が笑う。何か誤魔化されたような気がするが、それよりも本当の姿ってなんだよ。
意味もない、 くだらない話をしていたら時刻はもう12時になっていた。
「じゃんけんぽん!」
パーを出すと海はチョキだった。
「う、うそだろ…」
「よーし。じゃあ決まりな 」
「くそ……あ、まて! 」
海が僕の部屋に向かい始めるのを追いかけた。
何のじゃんだったかというと、今夜海が家に泊まるか泊まらないかの賭けだった。何故じゃんけんになったかは、もちろん僕が嫌がったからだ。もちろん、僕が勝つ予定だった。
「それ僕のベッドなんだけど」
「一緒に寝る?」
ベッドに寝転んだ海が、奥側に寄った。
「…布団出してやるから海は下で寝れば」
「俺もベッドがいい」
「わがまま言うな」
足を引っ張り、ベッドから落とそうとするが海もベッドにしがみついていた。
本当になんだこいつ。近くにあった 枕を海に投げつける。
「うお」
海はギリギリ避け、拾った枕を投げ返してきた。それを片手で受け止めまた投げ返す。
それからベッド攻防戦が始まった。
30分後。
「分かった。降参降参」
海が両手をあげてそう言った。
「やっと 」
そう言いつつ、僕と海は笑っていた。認めたくはないが、ちょっと楽しかった。
海がベッドから降りると思った瞬間、ぐっと腕を引かれた。
「え」
不意打ちにバランスを崩し、そのままベッドに倒れ込む。
僕は仰向けでベッドに寝転んだ状態で、腕を押さえつけられ動けない。
「俺の勝ち」
勝ち誇った顔で言うから、苦笑する。そんな顔が無駄に整っているところもうざい。
「卑怯」
もう疲れた。抵抗するのを辞め、海の無駄に整った顔を見つめる。深い緑色の瞳が綺麗だと思った。
「……どうした? 」
相変わらず僕のベッドはふかふかで、心地よい眠気が訪れる。
もう海なんてどうでもいいや……
「綾?…寝たフリするな。……本当に寝たのか?」
「…」
「完全に寝てる……」
綾の頬をつねっても起きる気配はない。海は大人しく電気を消して、綾の隣で寝た。
コメント
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マジで最高っすよ主さん👍