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鷹槻れん

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#極道
鷹槻れん

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月詠 涼
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相良京介は、五年生の一学期の途中という中途半端な時期に転校してきた。だから、それ以前のことを将継は知らない。
珍しい時期に突然やってきた転校生へ、最初のうちこそ興味津々で沢山のクラスメイトたちが話しかけていたが、相良はクラスに馴染む気なんて、欠片も持ち合わせていないようだった。
どんなに話しかけられても素っ気ない態度を貫く相良に、いつしか彼に話しかける人間はいなくなっていた。
将継が、さして話したこともないそんな同級生のことを気にかけてしまったのは、本当にたまたまだ。
それまで将継にとって相良京介という同級生は、いつも給食の残りを持ち帰る愛想のないヤツ、くらいの認識しかなかった。
目ばかりギョロギョロと鋭くて、身体も手足も細くて痩せっぽちな印象。あまり外観には頓着しないのか、髪の毛はボサボサで伸び放題だったし、着ているものもいつも一緒で、薄汚れていた。
初動でクラスメイトを拒絶したのがきいたのか、教室では基本誰ともつるまず孤立している印象の、得体の知れない暗い男子。それが将継の中での相良京介だった。
対して、将継は結構活発に動くタイプの社交的な性格で、一年生の頃から年に一度は学級委員を任される種類の人間だった。いわゆる陰キャ路線の相良とは真逆の立ち位置にいたということだ。
先生から請われて、学級委員として彼に話し掛けることはあっても、個人的に絡むことはない。
相良自身がそれを望んでいないのだから仕方ないと、優等生気質の将継は自分に言い聞かせていた。
だが――。
四十名足らずの集団の一人として、同じ教室内にいるのだ。全く気にしないでいるのはある意味不可能で……。話しかけても「ああ」とか「うん」しか返ってこないのが分かっていて、将継は妙に相良のことが気になって仕方がなかった。
相良の望むままに放置しておいたら、いつか死んでしまうのではないかと思えて……子供心に怖かったからかも知れない。
将継の中での相良京介は何となくの肌感覚。常に腹を空かせて……給食を命綱みたいにしている印象だった。
痩せた手足を見ても、それはあながち間違っていなかったと思うし、クラス担任が相良を見る目には困惑と同情が入り混じっているように思えたから、何かの形で食べ物をちらつかせたら案外仲良くなれるんじゃないか? と思っていたのは否めない。
そんな相良と、将継は帰る方向が一緒だった。
いつも将継の前や後ろを一人トボトボと歩いている彼を見かけていた将継は、相良のことを気にしつつも、相手が話しかけて欲しくないというオーラを漂わせていたから、声を掛けることが出来ず、無為に月日だけが過ぎて行った。
***
その日は将継たちが住む町にしては珍しくドカッと雪が降り積もって、長靴を履いていないと靴がびしょ濡れになる有様だった。クラスメイトで、運動靴を履いて来た子達が、「靴下までびしょ濡れになった!」と話しているのを横目に、優等生の将継は用意周到に長靴を履いて来て事なきを得たのだ。
服ですら毎日ほぼ変化のない相良京介だ。長靴なんてものは持ち合わせていないんだろう。
相良は他の児童らのようにずぶ濡れになった靴下を脱ぎもせず、薄汚れてサイズの合っていない上履きを足に引っかけて、教室の片隅でじっと座っていた。将継は、何故かそんな相良のことが妙に気になって仕方がない。
「相良、なんで靴下脱がねーんだろ?」
クスクス笑うクラスメイトらの声が届いていないわけでもないだろうに、相良はとにかくぼんやりと窓の外を眺めているだけなのだ。外に、何か気になるものでもあるんだろうか?
「相良くん。靴下、脱いだ方がいいんじゃない? そのままでいたら風邪ひいちゃうよ?」
なんとなくその空気に耐えかねて、相良が見つめる窓外に視線を向けつつ将継が話しかけたら、胡乱気な表情を向けられた。
「……いい」
ややしてポツンと落とされた拒絶の言葉に、将継は妙にショックを受けた。
何より、相良が告げた〝いい〟は〝気に掛けてくれなくていい〟にも聞こえたし、〝体調を崩してもいい〟にも聞こえたから。その投げやりな感じが、将継を無性に苛つかせたのだ。
(何だよ、あいつ! 人がせっかく……)
そこまで思って、(人がせっかくってなんだよ?)とハッとした。それではまるで、自分の思い通りの反応が得られなかったことを腹立たしく思っているだけみたいじゃないか。
そんな自分の幼稚な思考回路に嫌気がさしていたところへ、「長谷川くん、学級委員だからってあんなやつのこと気にしなくていいんだよ?」とお節介な女子たちが慰めてくれて……それすら妙に鬱陶しく感じてしまった将継である。
自分も大概イヤなやつだな……と自認して一人吐息を落としつつ……。
(俺は……相良くんにどう答えて欲しかったんだろう?)
ことあるごとにそんなことを悶々と考えてしまった将継は、なんだか釈然としない一日を過ごしてしまった。
そうして迎えた下校時刻――。
ふと見詰めた先。いつものように数メートル先を相良京介が一人ぼっちで歩いていた。
(ん? なんかいつもより、急いでない?)
そう考えてから、彼が今日一日やたらと窓外ばかりを気にしていたことを思い出した将継だ。
(何か気になるものでもあるのかな?)
隣で、帰る方向が一緒の友達がずっと何か話しているけれど、将継は相良のことが気になり過ぎて生返事をすることしか出来なかった。
「じゃあまた明日なー!」
分かれ道で同級生が手を振って走り去って行くのを「うん、また」と手を振りながら、半ば無意識。将継の視線は数メートル先を行く相良を追っている。
もともとそんなに雪が降るような地域ではない。十五センチばかり降り積もった雪は、水分多めの重たい雪だった。朝は町全体を覆っていた雪も、下校の頃には陽光にさらされほとんどが溶けてしまっていた。お陰で校庭がぐじゅぐじゅにぬかるんでいて、児童らは皆、足元が泥だらけになったのだ。
こうしてアスファルトで舗装された町を歩いていても、日当たりの悪い場所には汚らしく溶けた雪がわだかまって、朝より数倍歩きにくい状態になっている。
前を歩く相良の靴も、泥と路面を覆う水気でぐずぐずになっているのが、遠目でも分かった。
将継自身は長靴を履いていたから問題ないけれど、あんなに足元を濡らしたままにしていたら凍瘡とか出来るんじゃないだろうか?
そんなことを心配してしまう程度には、相良のことが気になって仕方のない将継である。
何とか前を行く相良に追いつこうと小走りになりかけたところで、相良が不意に家と家の間の路地へ入ってしまった。
(えっ?)
しょっちゅうこんな感じで相良の下校を目にする将継は、彼の家がそっち方向ではないことを知っている。
日頃寄り道なんてする相良を見たことのない将継は、妙にそれが気になって、自身も路地へと近付いた。
(あ……)
「今日は寒かっただろ。ちゃんと濡れないところに隠れてたか?」
自分自身腹を空かせているだろうに、いつも通り。給食で余って持ち帰っていたパンを、目の前の野良猫へ分け与えている相良の姿が見えて、将継は思わず息を呑んだ。
教室では人を寄せ付けない雰囲気をガンガンに醸し出しているくせに、紡がれる言葉とともに垣間見えた横顔がやたら穏やかで、将継は吸い寄せられるように相良の方へ近付いていた。
「……相良くん」
痩せ細った猫の前へしゃがみ込んでいる同級生の背後に立った将継は、朝一で相良から拒絶されたのも忘れて、つい声を掛けてしまっていた。
将継が話し掛けた途端、ビクッと肩を跳ねさせた相良が、次の瞬間には怪訝そうにこちらを振り返る。
さっきまではあんなに優しそうな顔をしていたくせに、――不機嫌さはにじみ出ているものの――ほぼ無表情。
相良のその急激な顔つきの変化は、将継には彼が努めて感情を押し殺しているように見えた。そう気付いたら、日頃の素っ気ない態度も、実は相良なりの防衛本能なんじゃないかと思えてしまう。
(あー、これはまずいかも……)
将継は、凄く嫌がられるだろうな……と分かっていながら、そんな相良の防御壁を突き崩してみたくなった。
「俺、同じクラスの長谷川だけど……分かる? 朝も君に話し掛けたんだけど……」
あえて相良の横へしゃがみ込んで、ぴったり肩をくっ付けるように並んだら、やせ細った猫がおびえたように路地奥へ走り去って行ってしまった。
その様に、将継が「ごめん」と素直に謝ったと同時、はぁっと吐息を落として立ち上がった相良に、不機嫌そうに見下ろされた。
いつも教室では全く感情を表に出さない相良の、あからさまなムスッとした顔に思わず瞳を見開いて彼を見上げたら、腹立たし気に舌打ちされた。
「なに? アンタは俺のこと、クラスメイトの顔も覚えらんねぇバカだとでも思ってんの?」
「え……?」
余りに辛辣な相良の反応に、やたら新鮮味を覚えて間の抜けた声を出したら、「長谷川、だろ? 学級委員の……」と睨まれる。
「う、うん、そう。長谷川……。長谷川将継」
「別にそんなん知ってるし……今更名乗ってもらわなくてもいいんだけど?」
こんなに饒舌な相良を見るのは初めてで、いかにもお冠といった相良を前に、将継は不謹慎にも妙に気分が高揚してしまった。
「ねぇ相良くん。良かったらうちへ遊びに来ない?」
「は?」
「実はこの前さ、親戚のおじさんがカステラくれたんだよね。良かったら一緒に食べようよ」
相良が、家に帰っても中へ入れてもらえず夜遅くまで外で蹲っているのを、将継は知っている。
「けど……」
「あー。うちさ、親、共働きで俺、鍵っ子なんだよね。一人で家にいんのって結構退屈じゃん? だから相良くんが来てくれたら嬉しいんだけど」
家には大人はいないと言外に含ませれば、相良が「迷惑じゃねぇなら」と、ボソリとつぶやいた。
その日を境に、学校が終われば二人で長谷川家に入り浸るようになって……結果、相良と自分の両親が何度か鉢合わせしたこともある。将継の母も父も、相良の様子を見て思うことはあっただろうに、深くは尋ねず、ただ将継の友達がひもじい思いをしなくて済むよう、我が子にするように菓子や夕飯を用意してくれて……。
相良は将継と一緒に風呂へ入って、将継の服に着替えて帰ることも多くなっていった。
相良が残した服は長谷川家で一緒に洗濯をして、次に彼が来た時に着て帰れるようにする。そのシステムに、最初のうちこそ恐縮していた相良だったけれど、将継の両親がとても気さくに接している内に、段々その状況を受け入れてくれるようになった。
学校でも少しずつ話す機会が増えて……二学期が終わる頃には、二人は唯一無二の親友になっていた。
自分とは正反対に思えていた相良だったけれど、話してみると妙に馬が合って、他の友人たちと一緒にいるときみたいに変な気を遣わなくてもいい。そこが将継には心地よかったのだ。
相良も、同じように感じてくれているのか、将継の前でだけはしょっちゅう軽口も叩くようになっていた。
そんな日々を何ヶ月も過ごした二人だったけれど、相良の家は将継の家のすぐ近所だったにも関わらず、ただの一度だって、相良の親が長谷川家を訪ねてくることはなくて……。
自分の両親が何度も相良家を訪問してくれたりもしたけれど、ただの一度も彼の母親に会うことは叶わなかったらしい。
それが、将継にはなんだかとても切なくて寂しかった。
***
「俺の名前、母親を捨てた父親から取ったんだってさ」
長谷川将継が、そんな告白をさもなんでもないことのように親友の相良京介から聞かされたのは、小学六年生になってすぐの頃のことだった。
「そう、なの?」
「うん。でさ、母親は俺にこの名前を付けたこと、すっげぇ後悔してるみたいなんだ」
相良の話によれば、彼の名前は母親の元恋人の名で、母親はその名を我が子につけることで、元恋人が戻ってきてくれるよう願掛けをしたらしい。
だが、そんな一方的な願いは叶うことなんてなくて……逆に息子の〝京介〟という名が呪いだと感じるようになったんだそうだ。
相良の母親は京介の父親に捨てられたあとも、男性をとっかえひっかえしては彼らに依存する形で生活してきたらしい。
そうなってくると、元恋人の名を冠した息子のことが段々邪魔になってくる。
「小さい頃はさ、俺のことを〝京介〟って呼ぶたび、母親がすっげぇ悲しそうな顔をしてたの、覚えてる」
幼い頃は京介の名を呼んでは泣いていた母親が、新しい彼氏が出来た途端、その名を憎しみを込めて呼ぶようになった。
ここ数年は「京介さえいなければ」と、「京介なんか産まなきゃよかった」が口癖になってきているらしい。
「けど……そんなの……」
コメント
2件
名前が呪いに(涙)
ああ、このエピソード……胸がぎゅっとなりました。将継くんが相良くんの防御壁をちょっとずつ崩していく感じ、すごく丁寧に描かれていて好きです。あの野良猫にパンを分けるところ、教室では絶対見せない優しい横顔……そこを見つけた将継くんの“これはまずいかも”って気持ち、すごくわかるなあ。そして名前の話……「京介」という名前に込められた母親の願いが、今は呪いになってる悲しさ。彼の抱えてきたものの重さに、ただただ切なくなりました。続きが気になります……!