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「いや、監視カメラにタクシーが映ったから……芽生たちかな? と思って出てきただけだよ」
さらりと怖いことを言った栄蔵に、京介は小さく吐息を落とす。
(ストーカーかよ!)
まぁ、だからこそ細波母子断罪の際に、芽生を安心してここへ預けることが出来たのだが、それを自分たちの動向に発揮されたと思うと気分が良くない。
色々思うことはあった京介だったが、面倒なのであえてそれらはグッと飲み込んで、芽生の背後から「おはようございます」とだけ告げて会釈した。
「ああ、おはよう相良くん。今日は朝早くから出てきてもらって悪かったね」
「いえ」
京介は早起きが苦手じゃない。幸いにして芽生も、夜には弱いが朝には割と強かったから、今朝だってそれほど苦労はしていない。まぁ強いてあげるとすれば、この年末年始、家に飼い主二人がいることに慣れ切った愛猫殿様が、京介たちが出かけるのを察して「僕も行く!」とばかりに脱走を試みるのを阻止するのに手こずった程度。
「場所はナビに入れてあるから問題ないと思うんだが……相良くん、今日はひとつ運転手を頼まれてくれないかな?」
車にはすでにエンジンが掛けられて、車内は程よく温められていた。その車を前に、栄蔵が言う。
京介だって運転は出来ないわけじゃない。十八歳で葛西組の組長・葛西了道に運転免許証を取らせてもらってからは、運転手だってこなした。
だが、この何年かは京介だって相良組の若い衆に運転をさせてきて、少々ブランクがある。折をみてちょこちょこ自分でもハンドルを握ることはあったから運転自体は問題ないと思うのだが、芽生を乗せての遠出となるといささか不安は募る。
「あの、お言葉ですが……」
だから辞退しようとしたのだけれど、栄蔵が意味深に微笑むのを見て続きの言葉を飲み込んだ。
「一応いつも運転手をしてくれている会社の人間を呼び出すことも出来るんだがね、まだ正月休み中だからなぁ。プライベートのことではあるし、わたしとしては相良くんに運転してもらえたら助かるんだが、どうだろう? 無論、無理に……とは言わんがね。だが――」
その声音は穏やかだったが、目だけは笑っていなかった。
「孫を任せるつもりの男が、ハンドルひとつ握れんようではな」
一瞬の沈黙。
(やっぱりそう来るか……、このタヌキ爺め)
その含み笑いが、言葉以上に京介を試しているのが分かった。
「……分かりました」
京介は短く答え、運転席へ向かう。
売られた喧嘩――ではないが――は買わなければ気が済まない。
京介はスッと呼吸を整えると、運転席のドアを開けた。
「……わぁー、京ちゃんが運転手さん!? じゃあ私、助手席に乗りたい!」
運転席へ乗り込む京介を見て、芽生が瞳を輝かせる。
だが、京介は真剣な眼差しでそんな芽生を見やると、静かに首を振った。
「ダメだ。いつも言ってあんだろ? 助手席が一番危ねぇーんだよ。お前は運転席の後ろへ座れ」
「でも……」
未練がましく助手席のドアに手をかけた芽生に、京介の声音が少しだけ低くなる。
鷹槻れん

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#極道
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月詠 涼
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「言うことが聞けねぇなら俺は今日、行くのをやめるぞ?」
途端、芽生がしゅんと肩を落として後部座席へ回り込んだ。その背中が子どもみたいに小さく見えて、京介はほんの一瞬だけ息をつきたくなった。
「芽生。ダメなことをダメだと言ってくれる男はいい男だとおじいちゃんは思うぞ?」
その様子に、栄蔵がほんのわずか、感心したようにうなずきながら芽生にだけ聞える声音で囁いて助手席の後部へ座ると、芽生が京介の指示に従って運転席後ろへ座った。
内緒話のようにひそひそ声で告げられた栄蔵の言葉に「でも……」と小さく反論しながら、芽生はぷぅっと頬を膨らませたまま、不満げにシートベルトを締める。
「……真後ろの席じゃ京ちゃんの顔、見えないんだもん」
小さくつぶやくのを耳にしながら、京介はミラー越しに目を細めずにはいられない。芽生としてはせめて斜め後ろ、助手席後ろが良かったと言いたいらしい。
「……車、買ったらな。そのときは考えてやるから今日は我慢しとけ」
その一言に芽生の頬がわずかに緩んだ。
まだ相良組の面々への最後の挨拶が残っているとはいえ、組長ではなくなった京介だ。
今までは運転手付きの車での移動が当たり前だったが、堅気に戻れと了道に言い渡されてから一変。移動は基本タクシーにしている。とは言え、それでは不便だから……この年末年始はインターネットで車の選定を開始していた。そんな京介の横、芽生が画面をのぞいて「車買うの? 私、ファミリーカーがいいな?」などと口出ししたりしていた。
年が明けて落ち着いたら一緒に目星をつけたカーディーラーへ出向く予定にしている。
「約束ね♪」
当分先の話だというのに、すっかり機嫌がよくなった芽生に、京介は思わず笑みを浮かべた。
京介は芽生のこういう単純なところが嫌いではない。
そんな二人を微笑まし気に見つめる栄蔵の顔がミラー越しに見えて、京介は何となく気恥ずかしくなる。
「高速にはすぐ乗ったんで構いませんか?」
それを誤魔化すみたいにナビのルートを確認しながら栄蔵に問えば、「ああ、それで構わんよ」とうなずかれた。
栄蔵から一応に大まかな目的地については聞いているので、あちら側の高速を降りるまではまぁ、ナビはオマケみたいなものだろう。
京介の運転する車の中、芽生はどこか落ち着かない様子で窓の外を眺めている。いつもは横に京介がいるのに慣れているのにいないというのもあるだろうが、それよりも……。
「……ねぇおじいちゃん、奈央子さんって、どんな人なの?」
視線は窓の外に落としたまま、膝の上で重ねた指先をぎゅっと絡め、芽生が意を決したように問いかけた。
その声を聞きながら、京介はルームミラー越しにちらりと後席を見やった。
窓外へ視線を逸らしたままの横顔がミラーに映り込み、そのわずかな強張りを確かめて、京介はほんの一瞬だけ目を細めた。
そんな芽生に、栄蔵は腕を組んだまま柔らかく答える。
「優しい人だよ。栄一郎……、ああ……お前の父親もかなり懐いていた。とても控え目な女性でね、わたしがバカなことをしなければ、今でも近くに住んでいてくれたと思う。芽生にもずっと会わせたかったが、なかなか時間が取れなくてね。……遅くなってすまなかった」
「……それは……大丈夫。でも……何て言ったらいいんだろう? 私、おばあちゃんに会うの初めてだし、それに……その……。京ちゃんと私のこと、認めてくれるかな? とか色々考えたらすっごくすっごく緊張するの」
わずかに俯く芽生をルームミラー越しにちらりとみて、京介は短く「認めてもらえるよう頑張るしかねぇだろ」とつぶやいた。
わざとぶっきらぼうに言ったが、その声色はどこか柔らかく、ミラー越しの眼差しは確かに芽生を安心させようとしていた。
「……京ちゃん」
京介の一言に、芽生がつぶやいたと同時、栄蔵が「大丈夫だ。相良くんはわたしの後継者候補だしな」と微笑んだ。
栄蔵が芽生と京介との婚約を渋った一番の理由が、京介が極道者だったことをそれとなく示唆した栄蔵に、芽生も京介も小さく息を呑んだ。
確かにそこの部分が一番の難所だったかもしれないと思えば、二人のことを認めてもらうことは、存外簡単に思えた。
***
やがて車は目的地の高速インターを抜け、静かな郊外へと入っていく。
小高い丘の上に建つ老人養護施設は、白い外壁と大きなガラス窓が印象的で、庭には冬椿が鮮やかに咲いていた。
玄関先で出迎えた職員に案内され、三人は暖かい館内へ足を踏み入れる。
廊下にはツンとした消毒液の匂いに、煮物のようなやさしい食べ物の香りが入り混じっていた。その取り合わせは一見ちぐはぐなのに、不思議と落ち着きを覚えさせ、「ここで営まれる日常」の重みを静かに感じさせた。
「こちらです」
案内されたのは、陽当たりの良い談話室だった。
窓際の椅子に腰掛けていた一人の老女が、三人の姿を認めてゆっくりと立ち上がる。左手に寄り添うように杖を持ち、右足をかばうようにしているその動作は少しぎこちない。だが、切れ長の目元にはやわらかな笑みが浮かんでいた。――これが芽生の母方の祖母・中村奈央子だった。
「……あなたが、芽生ちゃん……?」
名前を呼ぶ声は、驚きと喜びの両方を含んで震えていた。
その視線には今は亡き娘・沙奈の面影を探すような色が宿っている。奈央子には、芽生の頬の線や目元の柔らかさに、懐かしい我が子の面影が重なって見えた。
「はい……。神田芽生です。はじめまして。……おばあちゃん」
芽生の声は緊張のためか少し掠れていた。そんな芽生に、奈央子が震える右手をそっと差し出す。力の入らないその手指を、芽生がおそるおそる握った。年相応に皺を刻んだ奈央子の手は冷たかったが、芽生が彼女の手を取ると同時に左手がそっと添えられ、芽生の手を慈しむようにしっかりと包み込む。
「芽生ちゃん、無事で……良かった……」
「おばあ、ちゃん……」
途端、芽生の声が震えてポロリと涙がこぼれ落ちる。張りつめていた胸の奥のつかえがふっとほどけたようで、止めようと思っても涙はあとからあとから溢れてきた。
目の前の老女が、娘――芽生の母・沙奈――の不可解な死とともに、娘のお腹の中にいたはずの芽生の安否をずっと気に掛けてくれていたことは栄蔵から聞いて知っている。
だからこそ、告げられた言葉と安堵の表情に、奈央子の真意に触れられた気がして、芽生は奈央子からも愛されていると実感したのだ。
コメント
2件
芽生ちゃん、おばあちゃんにもちゃんとあいされてた
第56話読みました! 今回も最高だわ〜。芽生が祖母・奈央子さんと初対面して涙するシーンでグッときた。伏線回収というか、母娘の面影を重ねる描写が丁寧でほんと泣ける。京介の「助手席が一番危ねぇ」の安心感ある強さと、車買ったら考えてやるって甘やかしのバランスが絶妙でした。来週も待ってます!🔥