放課後の校舎は、昼間の喧騒が嘘のように静まり返っていた。
私は、忘れ物を取りに職員室へ向かう途中、ふと廊下の角で誰かの気配を感じて足を止めた。
夕陽が射し込む橙色の廊下の先で、背の高い影がゆっくりと誰かを壁際へ追い詰めるように近づいている。
――いるま先生と、らん先生だ。
体育教師のいるま先生は、普段は兄貴肌。
対して生活指導のらん先生は、真面目で生徒からの信頼も厚いが、怒ると鋭い眼つきになることで有名だ。
そんな二人は正反対のようで、妙に息が合うと噂だった。
私は慌てて身を隠そうとするが、ちょうど物陰に入ったまま、視線だけが二人を捉えてしまっていた。
いるま先生は周囲に誰もいないことを、まるで野生動物のように鋭く確認した。
右、左、後ろ。
そして私の方――まさかこちらにいるとは気づかず、ひとつ肩の力を抜いた。
「……よし、誰もいねーな」
その低い声にらん先生が眉をひそめる。
「お前、本当にこういう時の嗅覚だけは鋭いよな」
「らんのためだって。学校じゃなかなか触れねぇだろ?」
そう言って、いるま先生は一歩だけ踏み込み、らん先生の顎を軽く持ち上げる。
私の息が止まる。
距離が近すぎる――と思った瞬間。
ちゅ。
驚くほど軽く、けれど確かに音を立てて、いるま先生がらん先生の唇へキスを落とした。
らん先生の身体がびくりと震えた。
「い、いっ……いるま……! ここ学校だぞ! ば、バカ……!」
叩くというより、照れ隠しの抗議のような拳が、ぽす、といるま先生の胸に当たる。
しかしその声は怒っているというより、明らかに焦っている。
そして――
らん先生の首筋まで真っ赤に染まっていく。
普段の頼れる姿しか見たことがなかった私は、そのギャップに胸がきゅうっとなった。
いるま先生は笑って、らん先生の耳に口を寄せる。
「……愛してる、らん」
その囁きは、放課後の静けさの中に溶けていくほど甘かった。
らん先生は息を吸い込み、顔を反らせ――それでも逃げずにそこに立っていた。
「……っ……学校で言うな……ばか……」
声は震え、耳の先まで赤く染まっていた。
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