図書室は、放課後の柔らかな光がカーテン越しに差し込み、静寂と紙の匂いに満ちていた。
その静けさの中、私は借りたままの資料を返しに立ち寄っていた。
ふと視線を奥へ向けると、二つの姿が見える。
――国語教師のひまなつ先生と、数学教師のこさめ先生。
普段から穏やかな調子で生徒に寄り添うひまなつ先生と、頭の回転が速く面白いこさめ先生。
この二人もまた、「仲が良すぎる教師ペア」として噂に上ることが多い。
しかし、今からその噂が“真実”だと証明されるとは、私はまだ知らない。
「こっち。探したい資料がある」
ひまなつ先生は落ち着いた声で言いながら、こさめ先生の手首をそっと取った。
反射的にぎこちなくついていくこさめ先生。
二人は図書室の奥、本棚の影へと身を滑り込ませた。
(……あれ? 資料、あの棚じゃないはず……)
私は不自然さを感じた。
だがその時、偶然にも私はその棚の反対側にいた。
気づかれることなく、二人の様子が小さく聞こえてくる。
こさめ先生が小声で問いかけようとした、その瞬間。
「ひまなつ先生……? あの、どうし――」
言葉は最後まで続かなかった。
ひまなつ先生が、こさめ先生の唇にそっと口づけたのだ。
軽い触れ合いではない。
まるで言葉を全部塞ぐような、深く甘いキス。
こさめ先生の身体がびくりと震え、ひまなつ先生の胸元を掴む。
一瞬で完全に思考を奪われているようだった。
「……っ……な、つ……」
声にならない。
まるで彼の頭の中がすべて溶けてしまったように、こさめ先生の表情が徐々に蕩け、力が抜けていく。
ひまなつ先生は、図書室の静寂に溶けるような落ち着いた息遣いで、ゆっくりとキスを深めた。
指先でこさめ先生の頬をなぞりながら。
唇が離れた頃には――
こさめ先生の目はとろんと潤み、息は少しだけ乱れている。
完全にひまなつ先生に身を預けきった状態だった。
「……なつ、くん……なんで、こんな……」
「こさめが可愛いから、かな」
ひまなつ先生は微笑み、こさめ先生の額にそっと触れる。
その親密すぎる距離感が、誰にも見せない“特別な関係”であることは一目瞭然だった。
私は思わず口を手で塞ぎ、息を止めた。
(……見ちゃった……)
図書室の空気が甘く満ちていくような錯覚さえ覚え、胸がどきどきして止まらない。
こさめ先生があんなふうに表情を崩すなんて、誰が想像できただろう。
ひまなつ先生がこんなにも大胆だなんて、誰が知るだろう。
本棚の影からそっと後ずさり、物音を立てないよう細心の注意を払いながら出口へ向かった。
扉を静かに閉めた瞬間、胸の奥がふわりと熱くなる。
(六奏学園の先生たちって……噂以上に仲良しなんだ……)
誰にも言えない秘密がまたひとつ増えた――
そんな不思議な幸福感に包まれて、私は図書室を後にした。







