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羊と亀のお遊戯会
23
奏音•*¨*•.¸¸♬︎💙
10
映え無し
1
【短歌】
肌寒い 朝に君から おはようと 声をかけられ 春より赤い
【短歌をテーマにした物語】
十月の朝は、思っていたよりも寒かった。
家を出ると、ひんやりとした風が頬をなでる。制服のカーディガンを着てきて正解だった。私は襟元を整えながら、駅へ続く道を歩いていた。
吐く息が白くなるほどではないけれど、夏の名残はもうどこにもない。
道端の木々は少しずつ色づき始め、通学路には落ち葉がちらほらと散っている。
秋だなあ。
そんなことを考えながら角を曲がった、そのときだった。
「おはよう、結衣」
聞き慣れた声が、背後から私を呼んだ。
振り返ると、そこにいたのは同じクラスの蓮だった。
少し寝癖の残った髪。肩にかけた通学バッグ。いつもと変わらない、何気ない笑顔。
ただ、それだけ。
たったそれだけなのに。
「お、おはよう!」
自分でも驚くほど大きな声が出た。
蓮は一瞬きょとんとしたあと、楽しそうに笑った。
「どうした? そんなに驚いた?」
「べ、別に驚いてないよ!」
「そう?」
「そう!」
慌てて前を向く。
顔が熱い。
朝の冷たい風が吹いているのに、頬だけがじんわりと熱を持っていた。
どうしてだろう。
昨日だって、教室で話した。
先週だって、一緒に帰った。
蓮はただ、いつもどおり挨拶をしてくれただけなのに。
私はマフラーもしていない首元を、意味もなく手で押さえた。
落ち着いて。
いつもどおりに。
そう自分に言い聞かせるほど、心臓は忙しくなる。
*
「結衣って、朝は弱い?」
隣を歩く蓮が尋ねた。
「え? どうして?」
「なんか、まだ眠そうだから」
「そんなことないよ」
「じゃあ、寒いから?」
「……それは、ちょっとあるかも」
本当は、寒さのせいだけではなかった。
好きなのだ。
蓮のことが。
いつから好きになったのか、自分でもよくわからない。
困っているときに自然に助けてくれるところ。
誰に対しても分け隔てなく接するところ。
ふざけて笑わせてくれるくせに、真剣な話は最後まで聞いてくれるところ。
知れば知るほど、目で追う時間が増えていった。
そして最近は、挨拶を交わすだけでも、こんなふうになってしまう。
「じゃあさ」
蓮がこちらを向いた。
「明日から、俺が朝に起こしてやろうか?」
「えっ?」
「朝、寒いと布団から出たくなくなるだろ。俺もそうだから、誰かに起こしてもらえたらいいなって」
「そ、それって……」
一緒に登校するということだろうか。
毎朝、蓮と。
そんなことを想像しただけで、頬がさらに熱くなった。
「……いいの?」
思わず、小さな声で尋ねていた。
「もちろん。途中まで同じ道だし」
蓮は、あっさりと答えた。
「じゃあ、明日から一緒に行こうよ」
胸の奥で、何かが弾けた気がした。
「うん!」
今度は、さっきよりも素直な声が出た。
蓮は満足そうに笑い、再び前を向いた。
私はその横顔を盗み見る。
朝の光が、彼の髪を淡く照らしていた。
春には桜の花びらが舞うこの道も、今は秋色に染まり始めている。
春の朝、蓮と初めて話したときも、こんなふうに緊張しただろうか。
いや、あのころはまだ、ただのクラスメイトだった。
挨拶を交わすだけでうれしくなったり、隣を歩くだけで頬が熱くなったりするなんて、想像もしていなかった。
季節が変わるあいだに、私の気持ちも変わっていたのだ。
*
校門が見えてきたころ、蓮がふいに立ち止まった。
「そういえば、結衣」
「な、なに?」
「今日、顔赤くない?」
心臓が跳ねた。
「えっ、そう?」
「うん。熱でもある?」
蓮が心配そうに顔をのぞき込んでくる。
近い。
いつもよりずっと近い。
「だ、大丈夫! なんでもないから!」
「ほんとに?」
「ほんと!」
私は勢いよくうなずいた。
蓮はしばらく私の顔を見ていたけれど、やがてふっと笑った。
「そっか。ならいいけど」
そして、何事もなかったように歩き始めた。
私はその場に一瞬取り残され、慌てて後を追った。
もう、どうしよう。
寒い朝なのに、顔が熱くてたまらない。
きっと、春の桜よりも赤い。
そう思うくらい、頬が熱かった。
*
教室に入ると、友達の美咲がすぐに気づいた。
「結衣、なんか今日、機嫌よくない?」
「そ、そうかな?」
「うん。ずっとにこにこしてる」
「そんなことないって」
否定したけれど、口元が緩んでしまう。
明日も、蓮と一緒に登校する。
それだけで、一日が楽しみになった。
秋の朝は寒い。
布団から出るのも、家を出るのも、少しだけ勇気がいる。
でも明日からは、きっと違う。
玄関を出たら、彼に会える。
おはよう、と声をかけてもらえるかもしれない。
そう考えるだけで、早起きだって頑張れそうだった。
窓の外では、風に吹かれた紅葉が一枚、ゆっくりと地面に落ちていく。
春には気づかなかった景色が、今はこんなにもきれいに見える。
きっと、恋をしているからだ。
私は頬にそっと触れた。
まだ、少し熱い。
肌寒い朝に、君から「おはよう」と声をかけられた。
たったそれだけで、春より赤くなってしまう。
明日もまた、君に会いたい。
そう思いながら、私は机の上に頬杖をつき、窓の向こうの秋空を見上げた。
コメント
1件
あー、これめっちゃいいっすね…! 短歌から入る構成がまずオシャレで、秋のひんやりした空気と、蓮くんから「おはよう」って声かけられただけで顔が熱くなる感じがリアルに伝わってきた。ほんのちょっとの日常のやり取りで舞い上がる主人公の心情描写が丁寧で、読んでてこっちまで照れるわ(笑) 「春より赤い」ってタイトルに込めた意味がラストでじわっとくるのも最高。連載中なら次も絶対読む!🔥