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羊と亀のお遊戯会
23
奏音•*¨*•.¸¸♬︎💙
10
映え無し
1
【短歌】
焼き芋を 半分こして 笑う君 こんな時間が 宝物だよ
【短歌をテーマにした物語】
十月の終わり、放課後の風が少し冷たくなったころ。
私は駅前の小さな焼き芋屋さんの前で、足を止めた。
店先から、甘く香ばしい匂いが漂っている。焼きたての芋が並ぶ箱からは、白い湯気がふわりと立ち上っていた。
「……おいしそう」
思わずつぶやいた、そのとき。
「食べたいの?」
隣から声がした。
振り向くと、同じクラスの直人が笑っていた。
「えっ、いや、別に……」
「今、めちゃくちゃ食べたそうな顔してたけど」
「してない!」
「してたって」
直人は楽しそうに笑う。
私は少しだけむっとした。
でも、本当は食べたかった。
お昼ごはんを食べてから、もうずいぶん時間が経っている。部活のない今日は、そのまま帰るつもりだったけれど、焼き芋の匂いには勝てそうになかった。
そんな私を見て、直人は財布を取り出した。
「じゃあ、買おうぜ」
「えっ?」
「一本だけ。半分こしよう」
あまりにも自然に言うので、私は返事を忘れてしまった。
半分こ。
ただ焼き芋を分けるだけなのに、どうしてこんなに胸が騒ぐのだろう。
「……いいの?」
「もちろん。俺も食べたいし」
直人はそう言って、店のおばあさんに焼き芋を一本注文した。
*
焼き芋を受け取ると、直人は近くの公園へ向かった。
公園のベンチには、赤や黄色の落ち葉が積もっていた。少し離れた場所では、小さな子どもたちが元気に走り回っている。
「ここで食べようぜ」
「うん」
私たちは並んでベンチに座った。
紙袋の中の焼き芋は、まだ熱かった。
「熱いから気をつけろよ」
「わかってるって」
私は両手で焼き芋を受け取り、そっと息を吹きかけた。
皮をむくと、黄金色の中身が顔を出す。
ほくほくしていて、見るからに甘そうだった。
「うわ、おいしそう!」
「だろ?」
直人が満足そうに笑う。
私たちは焼き芋を半分に割った。
ぱきっと小さな音がして、湯気が立ち上る。
大きさは、ほとんど同じ。
「はい、こっちが美咲の」
「ありがとう」
名前を呼ばれただけで、心が少しだけ弾んだ。
私は焼き芋をひと口かじった。
「……おいしい!」
「な? 当たりだったな」
直人もひと口食べる。
それから、こちらを見て笑った。
その笑顔が、夕方の光に照らされていた。
私は思わず見とれてしまった。
「何?」
「えっ?」
「なんか、ずっと見てるけど」
「み、見てないよ!」
「ほんとに?」
「ほんと!」
慌てて焼き芋にかじりつく。
熱い。
「あつっ……!」
「だから気をつけろって言ったじゃん」
直人は声を立てて笑った。
私もつられて笑ってしまう。
おかしくて、恥ずかしくて、でも楽しくて。
こんなふうに笑ったのは、久しぶりだった。
学校では、毎日いろいろなことがある。
小テストの点数が悪くて落ち込む日もあるし、友達との会話がうまくいかなくて、ひとりで考え込む日もある。
進路のことだって、まだ決めきれない。
大人になるにつれて、考えなければいけないことが増えていく。
だけど今は、何も考えなくてよかった。
焼き芋がおいしくて。
隣に直人がいて。
二人で笑っている。
それだけで、十分だった。
*
「なあ、美咲」
焼き芋を食べ終えたころ、直人が言った。
「ん?」
「また来ような」
「……ここに?」
「うん。次は違う店もいいけど」
彼は空になった紙袋をたたみながら続けた。
「寒くなってきたら、肉まんとか。冬になったら、あったかいココアとかさ」
私は目を瞬いた。
次。
冬。
そんな先のことまで、直人は当たり前のように話してくれる。
「……うん。行きたい」
そう答えると、直人はうれしそうに笑った。
「約束な」
差し出された小指を見て、私は少し驚いた。
「なにそれ。子どもみたい」
「いいだろ、別に」
そう言いながらも、直人は小指を引っ込めなかった。
私はそっと、自分の小指を絡めた。
指先が触れた。
ほんの一瞬。
それなのに、焼き芋を食べたときよりも、ずっと胸が温かくなった。
約束なんて、きっと小さなことだ。
明日になれば忘れてしまうような、何気ない約束かもしれない。
それでも私は、忘れたくないと思った。
直人と交わした約束も。
今日の笑顔も。
半分こした焼き芋の甘さも。
*
駅へ向かう帰り道。
並んで歩く直人の横顔を、私はそっと見上げた。
「ねえ、直人」
「ん?」
「今日、楽しかったね」
直人は少し驚いたように私を見て、それから笑った。
「うん。楽しかった」
「焼き芋、おいしかったし」
「それもあるけどさ」
「え?」
「美咲と一緒だったから、じゃない?」
足が止まった。
直人は、私が立ち止まったことに気づかず、二、三歩進んでから振り返った。
「どうした?」
夕日に照らされた彼の顔は、いつもどおりだった。
きっと、深い意味なんてない。
友達として言っただけ。
そう思おうとしたのに、心臓はうるさいくらいに跳ねていた。
「……なんでもない」
私は急いで彼の隣に戻った。
顔が熱い。
秋の風は冷たいのに、頬だけがぽかぽかしている。
好きだな。
ふいに、そんな気持ちが胸いっぱいに広がった。
特別な場所に連れていってくれなくてもいい。
高価なプレゼントをもらわなくてもいい。
こうして隣を歩いて、くだらないことで笑って、食べ物を半分こして。
そんな時間を、これからも一緒に過ごせたらいい。
いつか今日のことを思い出したとき、きっと私は笑うだろう。
あの秋の日、駅前で焼き芋を買ったね、と。
半分こした焼き芋が、びっくりするくらい甘かったね、と。
そして、あの日から私は、君と過ごす何気ない時間を、ひとつずつ大切にするようになったのだと。
空には、秋の夕焼けが広がっていた。
私は隣を歩く直人に、そっと笑いかけた。
こんな時間が、宝物だよ。
まだ、その言葉を直接伝える勇気はない。
でも、いつかきっと。
君が隣にいてくれるこの幸せを、ちゃんと言葉にして伝えたい。
コメント
1件
うわあ、第75話、めちゃくちゃ温かい気持ちになりました…! 駅前の焼き芋屋さんの匂いで思わず足を止める美咲と、さりげなく「半分こしよう」って言える直人。その距離感の描き方が絶妙ですよね。「約束な」って小指差し出すシーン、胸がぎゅっとなりました。 「美咲と一緒だったから」って直人が何気なく言うセリフが効いてるなあ。秋の夕焼けと黄金色の焼き芋が重なるラスト、宝物っていう言葉がじんわり沁みました。日常の中の何気ない瞬間をこんなに大切に綴れるって、水曜さんの筆力だなあ。素敵な物語をありがとうございます!